閃光秘録
夢主はたぶんマスター



 からりと乾いた夏風のような、穏やかな昼下がりに聞こえる遠雷、その一瞬の明滅のような。そんな人だなぁ、とすっかり目に馴染んだブロンドベージュを横目に思う。すっと通った鼻筋の整った横顔をぼんやり眺めて、ほう、と溜息が溢れた。

 彼の横顔は美しい。彼に限らず、英霊というのは不思議に美男美女の揃い踏みなのだけれど……だから、彼の目鼻立ちの美しさやバランスの良さというものはわざわざ特筆すべきことでもないのだけれど、それでもどうしてか、こうして記しておかなければならないような衝動に駆られる。それにはきっと、彼の持ちうる一種の儚さ――まさしく『閃光』のごとき、儚さが影響しているのであろう。

 すっ、と視線を下へ移動させる。
 幾つものベルトで装飾された、いかにも丈夫そうなブーツに包まれた小さな足の下には、しっかりと青味を帯びた影がある。彼はちゃんとこの世界に在る。過去の影たる彼も、いまこの時ばかりは現代に生きている。その証左が足の下にあるはずだというのに、何故だか、瞬きの間に影も形も残さず消えてしまうように思われて。
 それでなんとなく、彼の姿かたち一挙手一投足、その柔くかすれた声の一音一音まで、つぶさに書き記して残しておかねばならない気がするのだろう。きっとそうに違いない、と一人頷いた瞬間、不意に彼が此方を振り返る。

「さっきからどうしたんだい?じっと僕を見ていたみたいだけど……」
「あ、ううん、何でもない。ごめん、あんまり気分良くないよね」

 いくら何でも不躾だったと謝る私に、彼は例のごとく綺麗な可愛らしい笑顔を浮かべて、「平気だよ」と口にする。笑顔のお手本かと思うようなそれに、心臓がことんと跳ねたような気がして内心かぶりを振った。
 多分、気のせいだろう。だってこれは、恋ではないのだから。
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