きみとぼくとは
違うんだってね
「マーリンは綺麗すぎてちょっと怖い」

 つい漏れてしまった言葉に、テーブルを挟んで向かい側に腰を下ろしたマーリンが少し驚いたように目を瞠った。「怖い?」心底から不思議だというような声色で返ってきた短い言葉に、まずいことを言った、という後悔が今更襲ってくる。後悔はことが済んだ後にしか出来ないものだけど、熟慮はそうではない。うっかりこんなことを口にしてしまうだなんてと自分の浅慮に呆れながら「ごめん」と謝ると、彼はふるふると首を左右に振って、
「謝らなくても良いのに。私はただ、不思議に思って聞いてみただけだよ」
 怖いと言われるのは初めてだったから、とマーリンはティーカップを口につける。淹れたてのダージリンを一口滑らせた彼は「熱っ」と小さな悲鳴をあげて、ちろりと薄桃色の舌を覗かせた。「大丈夫?」と心配する言葉を投げかけながら、私はうっすりとした恐怖に襲われた。こんなお茶目なワンシーンですら、マーリンの所作だと思うと美しさが可愛さに勝る。彼の造形は人並み外れて整い、おおよそこの世のものとは思えない美を湛えているけれど――そういう人間もごく稀に存在するにも関わらず――、私にはそれが美しいというよりも恐ろしく見えた。

「何だか飲み込まれちゃいそうで……ちょっと何か囁かれたら全部投げ出しちゃいそうな魅力があるというか。……それが逆に怖い。こんなこと失礼だって分かってるんだけど」
「ふぅん。君にとって私はそんなに魅力的なのかい?」
「うん、まあ」

 魅力的すぎて怖いだなんて不思議なことを言うんだね、とマーリンは笑った。悪戯好きそうな可愛げのある笑顔。これもやっぱり怖い。

「もしかすると君は、私を本能的に恐れているのかもしれない。私みたいな男に惹きつかれるのはまずいって、体の奥が警告を出していて、それで怖いと思ってるのかもだ」
「……それって私がマーリンのことが好きで好きで仕方ないみたい」
「おや、違うのかい。囁かれたら全部投げ出してしまいそう、だなんて熱烈に私を口説いたのに」

 口説いてなんか、と視線を上げると、マーリンはくすくすと笑って「なんてね」と戯けて見せた。
「冗談さ。君に魅力的だと思われてるならそれはとても嬉しいことだけど」
 でも私は私をお勧めしない、と彼は静かに口にする。どこまでも凪いだ表情に凪いだ声だった。それが彼の美貌を尚更引き立てるようで、私はぶわりと背筋を粟立てながら「うん」と頷くことしかできなかったのだった。




title:ユリ柩
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