いちばんにあいされたい
現パロ



「彼氏と別れた」と言って駆け込んだのはビリーの家だった。都市郊外の1Kのアパートに転がり込んで、コンビニで買ってきた缶チューハイを開ける私を、ビリーは追い返すこともなく、戸棚の中から取り出したバーボンをグラスに注いでいる。お互いそこそこ酔いが回って気分が良くなりだした頃――つまり少し気が大きくなって、饒舌になりだす頃に、ビリーはふと今思い出したと言った顔で「それで、今回はどっちから切り出したの?」と尋ねてきた。

「向こう。他に好きな子ができたから別れようって」
「へえ」
「でも何となく気付いてたの。だいぶ前からおかしいって思ってた」

 彼氏が他に誰か好きな女の子を作ったのだということは薄々察していた。それを確認する勇気も、切り出すだけの蛮勇もなく、かと言って嫌いにもなれずずるずると引きずってしまったのは多分私の落ち度だろう。別れたからと言ってあっさり気持ちを捨てられるわけでもない。物悲しさや寂しさを抱えたまま、何となく家を出て、ここへ足を向けていた。
 ビリーには今までにも何度か私の別れ話を聞いてもらっている。毎度申し訳ない……とは思うものの、恋人と別れると自然に彼の家へ足が進んでいるという始末で、何というかもはやこれは習慣のようなものだった。恋人と別れる、ビリーの家へ行って飲む、話を聞いてもらう、そして雑魚寝。それが私が誰かと破局した時のお決まりの流れなのだ。
 ビリーは今日も私の話をうんうんと聞いていたが、一通りぶちまけて満足した私がふっと黙った隙をついて、
「こう言っちゃ何だけど馬鹿だね、そいつ」
 と口にした。

「馬鹿」
「馬鹿だよ。君にそんなに想われてるのに気付かないで他の女の子のところに行くなんて」

 彼は君をもっと大事にしなきゃいけなかった、とつまみに買ってきていたスナック菓子をつまむ彼に「そうだよね?」と返す。
 私はもっと大事にされたかったのだ。大事にされるべきだったと言うと何だかひどく傲慢な感じがするから、そんな風には言わないけれども、彼氏に――否、元彼に、もう少し大事な女の子だと思われたかったのだ。そのためにやれるだけの努力をしたし、私なりに彼を大切にしていた。だがそれでも彼が他の人のところへ行ってしまったというのは、私よりずっと大事にできる女の子を見つけて、あるいは彼女の方が自分を大事にしてくれると感じたということだろう。
 ぐずぐずと鼻をすする私の頭を、ビリーが軽くわしゃわしゃと撫でる。髪が乱れるのも気にせず、その優しい手の温度を享受していると「でも君も馬鹿だなって思う」と唐突に毒を投げられた。
「わ、私も馬鹿なの」
 テーブルに置いた空っぽのチューハイがかこんと音を立てて倒れる。私を馬鹿だと言い切ったビリーは「うん」と頷いて、
「僕が君を好きだっていつまで経っても気付かないんだから、馬鹿だよ」
「えっ、そうなの?……待って」
「もう十分待ったと思うんだけどな」
「だって知らなかった」
 冗談を言っているのだろうか、と彼の顔を窺ってみるもブルーグレーの双眸は真摯的に煌めいて私をまっすぐ見つめている。冗談で言っているにしては硬い表情で、けれどどこか余裕を滲ませたまま「知らないのも当然だよ」と彼は言う。
「君は他の男に惚れ込んでたんだから。……でも、僕の方がそんな奴らよりも前から君を好きだったんだぜ」
 きっと君を一番大事に思ってる。
 そう口にしたビリーとの距離は、知らないうちに詰められていた。斜向かいに座っていたはずの彼が気づくとすぐ隣、肩が触れ合う距離で私に言葉を投げている。先程までスナック菓子をつまんでいた手は、知らない間に彼の手に囚われていた。




title:天文学
top