触れたら
すべてが変わってしまう
現パロ



 外は身を切るような寒さだった。暖房によって暖められた部屋に出迎えられながら、青紫色の斑点が浮かぶほど冷えた手をルームシェアをしている友人の頬にぴたりと当てる。うわ、と彼の細い肩がびくりと跳ねて「何するのさ!」とぶすくれた声があがった。
「外超寒い」
「今日はすごく冷えたもんね。僕もそれはよく知ってるよ」
 だからって今のは理解できないけど、と頬に手の甲を添える彼――ビリーに「ちょっとあっためてよ」とわがままを言う。これが無茶なお願いだということは、私も当然よく分かっている。私がどれだけ寒さに凍えていようと、指が千切れそうなほど手が冷えていようと、彼はこの頼みをすげなく断ってしまうだろう。ビリーに頼むくらいなら、素直にカイロを握っていた方がマシ――なのだけれど、今日は少し無茶な頼みをしてみたい気分だった。幸か不幸か、他の同居人たちはまだ帰ってきていないようだし。
 ビリーは私のおねだりを聞いて「は?」とでも言いたげに眉宇を寄せた。同じ家で暮らしている私でもなかなか見られない顰めっ面が、どことなくセクシーに見えてとくんと胸が高鳴る。普段怒らない人の怒った顔というのは大体恐ろしいものだけど、彼の場合は別だ。ちょっとした恐怖も一種のスパイスという訳だろうか、ひどく魅力的に映る。

「そんなの、ポケットの中のカイロを握ったら良いじゃないか」
「そうかもしれないけど」
「かもしれないんじゃなくて実際にそうなんだよ」
「どうしてもビリーくんがいいんだもん。本当にだめなの?」
「だめだよ。大体何で僕がそんなこと……」

 つん、と唇を尖らせて拗ねたような顔を作る。ちょっとあざとかっただろうか。柄でもないことをしてしまったかもしれない、と作った瞬間から後悔が襲ってくるが、その後悔は胸の内に留めて今は拗ねたふりを貫く。
「――OK、あっためたらいいんだろ。分かったからそんな顔するなよ」
 ほら、手出して。ぶっきらぼうな彼の言葉ににやりと口角があがったのが自分でも分かる。「何その顔」とやはりつっけんどんな台詞に「んーん。ありがと」と素直に手を差し出すと、グロテスクな色に染まった両手があっという間に彼の手に覆われる。意外にも私より一回り大きな彼の手は少しかさついていて、私のそれより少し硬く、そしてとても温かだった。心がほっとほぐれるような温もりに、ふにゃふにゃと頬が緩んでしまう。ビリーはそんな私を見て「だらしない顔になってるよ」と棘のある言葉を投げかけた。

「だらしないとは失礼な」
「事実だろ。……にしても本当に冷たいね。氷みたい」
「手袋忘れちゃって。そのせいかも」
「……こんな寒い日に手袋を忘れるなんて君って――」
「待って、違うの、いや違わないけど、違うの」

 深い事情があるんだってば、と二度寝をして寝坊したこと、服がなかなか決まらなかったこと、そのせいで遅刻が危ぶまれたことを、これ以上はないほど痛切な面持ちを作って滔々と語った。話が終盤に差し掛かるにつれ、ビリーの顔は渋くなっていき、私の声も弱々しくなった。彼が言いかけた言葉を真っ向から否定できるほど強い主張をできそうもないことに、服が決まらなかった、と言ったあたりで気づいてしまったからだ。ビリーは「まあ、うん、あるよね、そういうことも……」と目を伏せて、そっと私の手を口元に寄せた。瞬間、どくりと鼓動が跳ねて「何を……⁉」とうわずった声を漏らしてしまう。悲鳴とも似つかぬそれに、彼はふんと鼻を鳴らして、はーっと息を吹きかけた。
「何されると思ったの」
「な、何だろう」
「何か期待したんじゃないの?」
 えっち、と彼の声が耳を震わせるのと、指先に彼のくちびるが触れるのと、それは同時の出来事であった。




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