あの子はずるい子かわいい子
誕生日ボイスバレ



 マスターが何だかそわそわしているな、とは思っていた。カルデアの中の空気がいつもより明るく澄んでいて、そして賑やかだな、とも。今日は何かのお祭りの日だっただろうかとカレンダーを頭に思い浮かべて、あれやこれやと思考を巡らせてみるもパッと思い当たる祭日はない。故国のものではないということは、マスターの国のお祭りなのだろうか、と考えつつ、皆が分かっているものをまさか分からないとは言い出せず、「ビリーくん」と今日何度目かの雑談の誘いを持ちかけてきたマスターに微笑みかける。
 上手く笑えていると良いけれど、と思いながらにこりと頬を緩めて、最近マリーさんとマシュとお茶会をしたのだとか、今度シミュレーターでキャンプでもしようかと思っているのだけれど一緒にどうかとか、そんなことを話している彼女にうんうんと相槌を打つ。

「キャンプはね、そんなに人数を集めない予定なの。みんなでやりたいなーって思いもなくはないんだけど、……ソロキャンプみたいな……?でもやっぱり誰かいてほしいなあと思って」

 どうかな、次の休日にでも。
 そう伺いを立てる彼女の顔は、今から待ちきれないとでも言わんばかりに煌めいている。ほんのり赤く染まった頬や、きらきらと輝く瞳が可愛らしい。じんわりと胸の内が暖かくなっていくのを、こそばゆい思いで見届けながら、「いいね」と返した。
「ほんと?」
「ほんと。僕もキャンプはしばらくやってなかったしね。やろうよ」
「嬉しい!ありがとう!」
 ビリーくんとキャンプだ、と小さくガッツポーズをするマスター。
 憎からず思っている女の子に、自分との約束をここまで純粋に喜ばれると、まあ、悪い気はしない。YESと返して良かったな、と小さな充足感を覚えながら、やはりそわそわと浮き立っているマスターを前に再びカレンダーを脳裏に広げる。

 僕とキャンプの約束を取り付けたからテンションが上がっている、という理由以外の何かが、彼女を落ち着かせなくしている。昨日「おやすみ」と部屋の前で別れた時は至って普通のテンションだったはずだ。何か変わった様子は見られなかったように思われる。それが今日になっていきなり浮き立った。彼女だけではない、カルデア中がいつもよりも眩くカラフルな色を纏っているように感ぜられる。新年のお祝いムードはもうとっくに薄れているし、クリスマスは一ヶ月前に終わっている。マスターの国ではこの時期もう既にバレンタインの特設催事場がデパートに出るというけれど、カルデアのバレンタインは二月に入ってから賑わい出すのが定番だった。一月と二月の間の時期。この期間には皆が皆浮き立つようなイベントは何も――と一頻り考えて「あっ!」と声が漏れた。
「『あっ』?」
 頬を紅色に染めたマスターが、突然あがった小さな叫び声に不思議そうな顔をして僕の瞳を覗き込む。
「どうしたの、ビリーくん、……」
「誕生日か!」
 クリスマスとバレンタインの間のこの時候にある、祭日。マスターがそわそわと浮き立って、カルデアがなんだか色めき立つささやかな祭日。そうなのだ。今日は僕らのマスターの誕生日なのだ。
 僕の言葉にマスターはますます頬を赤く染めて、ぱぁっと表情を明るくした。そしてふわりと優しく笑って、うんと頷く。続く言葉を待ち侘びていることを一切隠さない表情で僕をじいっと見つめるマスターに、「おめでとう」と笑って、後でメッセージカードを贈ると言うと、彼女は一層笑みを深くして「ありがとう、ビリーくん!」と朗らかに告げた。カード待ってる、とはにかむマスターに、楽しみにしててと言うと、彼女はまたこくりと頷いて。
「待ってる。……ところでビリーくん、もしかして忘れてた?」
「……あー、ごめん、その……ちょっと忘れてた」
「やっぱり……。でもいいや、思い出してくれたからいいよ、怒ってない」
「ほんとかい?」
「うん。本当に忘れられてたらちょっと悲しかったけど……」
 でもいいよ、ありがとね、と笑うマスターの表情は突き抜けるように明るく朗らかだ。本当に怒っていないらしいな、と安堵しつつ脳内のカレンダーにしっかりとチェックを入れる。
 マスターの誕生日。
 よし。もう忘れない。




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