あなたは
あの頃の面影のまま
カルデアマスター→魔術師の家に転生(記憶なし)して聖杯戦争でビリー・ザ・キッドを召喚する話



 厄介なことに巻き込まれてしまった。
 一体どこから間違っていたのか、――魔術師の家に産まれたところ?それとも、半端に魔術回路が存在しているのが分かったあたり?こうなってしまったそもそもの原因は、今やはっきり分からなくなっているけれど、何にせよ生まれた家が魔術師の家系だったのが根本的な要因であることに間違いない。
 私がちっとも回路のない役立たず、穀潰しの不出来な子供であれば、こんなことに……聖杯戦争なんかに巻き込まれなかっただろうか、と顔をしかめる。

 よりにもよって私が選ばれてしまうだなんてと歯噛みしながら、どうにか召喚陣を書き上げた。遠くから激しい剣戟の音が聞こえてくる。何だって一族で一番出来の悪い私が、とか、おかげで一族郎党揃いも揃って冴えた期待――というよりも「勝て」という命令だろうか――を押し付けてくる、とか、非難がましいことを考えている間にも、鋭く高い争いの音色は着実にこちらへ向かってきていて。

「あぁ、」と小さく声を漏らす。
 右手の甲に赤々と刻まれた令呪を睨め付けて、腹を括れと己を叱咤した。ここまで来ては引き下がれない。私の魔術回路が弱々しいものであれ、魔力が乏しいものであれ、棄権するだなんてことは出来ないし、許されていないのだから。
 すぅっと深く息を吸い込んで、吐き出す。
 サーヴァントの召喚詠唱を口にする日が来るとは思ってもみなかった。一言一句、違えることのないよう気を巡らせて、狭苦しい小屋の中に呼び声を落としていく。
 まともな触媒のひとつもなしに、一体どんなサーヴァントが召喚されるのか……せめて意思疎通が可能であれば良いけれど。
 情けなく掠れる喉に、ごくんと唾液を飲み込む。弱々しく及び腰になって聞こえる声の震えを、ぐっと無理やり押しとどめて。


「――……告げる」


「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。…聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 かちん、と歯が鳴った。喉がヒュッと奇妙な音を立てる。荒々しい闘争の騒音がいよいよ近い。早く此処から去らなければ、…………。
 時間がない。焦れば焦るほど舌が回らなくなっていく。声の震えを殺したとて、こんな呂律ではまともな詠唱とは呼べないのではなかろうか。
 きっと他の誰か――それこそ父だとか――なら、召喚の際に焦って呂律が回らなくなったり、まして聖杯に選ばれたことを憎く思ったりはしないのだろう。と、こんなことを考えてかぶりを振った。考えたところでどうにもならない。せめて今は、召喚の儀式に集中しなければ。そうでなければ、来る者も来てくれない。
 再び肺の奥まで新鮮な酸素を入れて、ふっと強張った肩の力を抜いて、なるべくゆったりと落ち着いて、しかし忙しなく詠唱を終える。

 刹那、目映いまでの閃光。反射的に閉じたまぶたの裏に、チカチカと残光が点滅している。目を伏せてなお眩しかった光が収まったのを、視界の昏さで認めておそるおそる目を開いてみる。
 この戦いを共にする、まぁ、いわばパートナー、戦友となりうる相手は、一体どんなだろう、と顔をあげた瞬間、『彼』の両眼がわずかに見開かれたのに気付いた。
 ……驚愕、だろうか。失望とか殺意ではない、と思うのだけれど。何だろう、と私が考えている隙に、彼はぱっと花の綻ぶような愛らしい笑みを浮かべた。

「はじめまして、マイマスター」

 すっ、と革手袋に包まれた手が差し出される。それを反射的に握り、「は、はじめまして、」と声を絞り出した。まだ緊張が残っているのだろうか、上手いこと発声できないのがもどかしい。
「えぇっと、貴方は……」
 と腰に下げられた拳銃を見て、ガンナーだろうか、とあたりをつける。柔い色の金髪と碧眼に、まだあどけなさの残る顔立ち、いかにも西部劇の世界から飛び出してきたような風貌からして、何となく真名は予想がつくが……。
 そんなことを考えた私に「あぁ、」と彼はかぶりを振った。

「考えていることはなんとなく分かるよ。半分当たりで半分ハズレ。……今回はアーチャーなんだ、僕」

 そうなのか、まぁそういうこともあるのかもな、とふんわり納得する私へ、アーチャーは変わらずにこにこと笑いながら「きっと君の役に立つと思うよ」と告げる。
 ……その笑顔も、少し高い声も、何もかも初めて向けられるものであるはずなのに、どうしてかひどく懐かしかった。




title:Regret
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