04 用事があるとは口実で、
「こんにちは。」
ブラックホークの執務室の扉を開けて、我が家のごとく勝手に入るなり皆に挨拶をしながら、いつもの定位置であるカツラギさんの机のところまで一人用のソファを引きずって、またも我が物顔で座った。
最近、こうしてソファを引きずっているからか、ところどころ痛んできているとアヤナミさんに怒られるが、こればかりは仕方がない。
だってこの執務室に椅子はこの1人掛けソファと3人掛けソファのみ。
別に私はカツラギさんの膝の上でもいいんだけれど、それだとカツラギさんの息が頭や耳に掛かって、正常ではいられないだろう
錯乱する。
ドキドキしすぎて、恥ずかしくてきっと錯乱する。
だから私は自分のためにも、こうしてソファを引きずってカツラギさんの机まで運んでいるのだ。
ちなみに通学バックの置き場は3人掛け用のソファだったりする。
「名前、それを引きずるなといつも言っているだろう。」
「うん、ごめんなさい。」
靴を脱ぎ、ソファに足を乗せて縮まる。
そんな私に皆が目を点にした。
アヤナミさんも僅かながら瞠目している。
「あだ名たん…どうしたの??」
ヒュウガが私に尋ねてきたが、私は何にもないよ、と首を横に振るだけ。
きっとあれだ。
うん、あれ。
いつもだったら『じゃぁ私専用の椅子を用意してください!カツラギさんの隣に!!』なんて事を言うから、素直に謝ったことにびっくりしているんだろう。
失礼な。
しかし事実、昨日は『じゃぁアヤナミさんの椅子を貸してください』と言ったのだ。
もちろん、その後アヤナミさんに頭を引っ叩かれたが。
「学校で何かあったの??」
クロユリくんも首を傾げる始末。
そんなにいつもと違って見えるのか。
どうやら私は女優にはなれそうにない模様。
「何もな、」
何もないよ、と言おうとした私のおでこにカツラギさんの手がピタリと押し当てられた。
「熱もないようですね…。」
「カツラギさんまで…」
そんなに元気ないように見えますか??私。
「言っておきますけど!!私ちょーちょーちょー元気ですから!!熱もないですし、学校でも何もないです!!問題ナッシングでエンジョイしまくりですから!!ボーっとしてただけ!で、今日のおやつは何ですか、カツラギさん。」
話を逸らせば、カツラギさんは少しだけ私の頭を撫でておやつを取りにいってくれた。
無理に聞こうとはしないカツラギさんに、少なからず罪悪感を覚えてしまう。
事の発端は昨日、友人が私を訪ねてきたことから始まっていた。
『名前、お願いがあるの』
そう言って懇願する友人は昔の悪友、ハル。
いわば不良時代のお友達だ。
すっぱりきっぱり不良をやめた私だが、不良をやめたからといっても友人なのは変わらない。
友人は友人だ。
だから煙草もお酒も深夜徘徊も止めたが、友人と話すことくらいは未だにしていた。
不良をやめてからは新しい友達もできたけれど、新しい友達ができたからといって、昔の友達をぞんざいに扱うことは私にはできない。
たとえそれが、私にとって迷う選択だったとしても、だ。
『え?』
私はつい、聞き返した。
『お願い!!』
目をギュッと瞑って懇願してくるハル。
『何、あんたも不良やめるの??』
『うん。』
どうやらハルも不良をやめたいらしいのだ。
だが、今トップをはっているヤツが抜けさせてくれないらしい。
私がいた時と違うトップで、簡単にはいかないようだ。
『名前だったら助けてくれると思って。一生のお願い!ね?ね??』
ハルは今生で一生のお願いを一体何十回、何百回使うつもりなのだろうか。
少なくとも私には20回以上は使っているだろう。
『私だったらって言うけど……、私もう喧嘩しないって約束したし…、』
『穏便に話つけたらいいじゃん!』
『……』
あのさ、穏便に話つけたけどどうにもならなかったから私のところに来たんじゃないの??
そうなったら力ずくしかないじゃん。
『お願い、私も彼氏のためにやめたいの!!』
あ、ヤバイ。
心が動いた。
『…ハルも、恋人のためにやめたいの??』
『うん。その人真面目で優しくって…、だからつり合う様になりたくて。』
何だかカツラギさんと出会った時の私とダブって、私は気付いたら頷いていた。
『わかった。明日話つけてあげる。』
何だかんだ、見捨てられないんだ、私って。
昨日の出来事を思い出しながら小さくため息を吐きだし、カツラギさんのおやつをもふもふと頬張った。
「おいひい…」
今日のおやつは羊羹だ。
これがまたおいしくって。
甘すぎず、もう一切れ…と手を伸ばしたくなる感じ。
「今日は緑茶です。新茶なんですよ。」
「あ、いいですねー。」
羊羹には緑茶だよね、やっぱ。
何だか甘いもの食べてお腹いっぱいになったし、温かい緑茶でホッとできた私は気合を入れて思い切りソファから立ち上がった。
「今日はもう帰ります!」
「え?!もう??!!」
ヒュウガが反応を見せる。
いつもは絶対『そろそろ帰ったほうがいいですよ』と言われるまで居座るからなのだろう。
まだ外は明るいし。
でもそろそろ時間なのだ。
ハルが待ってる。
「今日は用事があるんです。ではカツラギさん、お仕事頑張ってくださいね。」
私はソファを定位置に戻して執務室を出た。
制服のスカートの裾を翻して通路を歩く。
中庭へ出て、穴の開いた壁を潜り抜けて茂みをそのまままっすぐ歩き抜けると、そこにはハルがいた。
「おまたせ、いこっか。」
***
「あれ?これは名前さんのじゃないでしょうか??」
ハルセが3人掛け用のソファにある名前のバックを見下ろしていた。
「うん、名前のだね。バック忘れるって…学生としてどうなの。」
「明日も学校のはずですよね…?」
「私が届けましょう。」
カツラギが椅子から立ち上がる。
「今追いかけたら間に合うと思いますし。」
「そうですね、カツラギさんが届けられたほうが名前さんも喜ぶと思います。」
「目に浮かぶよね、ハルセ。」
クロユリの言葉に、この場に居たカツラギを除く全員が内心頷いた。
「では少し抜けますね。」
カツラギが名前のバックを持って執務室を出るのを、ヒュウガは何となく眺め見ながら小さく呟いた。
バック忘れちゃうくらい、何考えてたのかなぁ…。
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