07 下心と青春
「今日も送ってくれてありがとうございました。」
痴漢騒動から数日が経ったが、それ以来よく送ってもらうようになった。
もちろんカツラギさんの都合が合う日だけだけれど、私はそれで十分嬉しい。
この前のお泊りの日は、なんて図太いことをしてしまったんだと起きた瞬間思った。
実のところ、痴漢でビックリしたところにカツラギさんの温もりをいただいたので眠かったのだ、あの時は。
別れ際になると、毎回無性に寂しくなってしまう私は、今日も今日とて少しの間口をもごもごとさせてから口を開いた。
「あの、えっと、抱きついてもいいですか??」
玄関先で誰かに見られたら嫌ではないけれど多少小っ恥ずかしい気がする。
だけどそろそろ季節は秋を迎えようとしているせいか、何だか人肌が恋しかった。
もう少し一緒に居たいという気持ちだけが先走る。
それなのに、先走った私の気持ちをカツラギさんはいつもちゃんと汲んでくれるから、私は「どうぞ。」と言ってくれたカツラギさんに思い切り飛びつき抱きしめた。
そうすると、カツラギさんも優しく、だけれどしっかりと抱きしめてくれる。
「今日も会えてよかったです。」
「私も。」
名残を惜しむようにどちらからともなく離れる。
「おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
私が家に入るのを確認するまでカツラギさんはいつもそこにいる。
いつも通り家に入り玄関を閉めて、カツラギさんが去っていく足音だけを聞きながら部屋への階段を駆け登り、部屋の窓からカツラギさんが見えなくなるまで見つめていた。
そんな私達を見ている者がいるなんて知らずに、ただ幸せな気分で。
***
「名前、数学の宿題見せて〜!」
「残念、私も誰かに見せて欲しいくらいだよ。」
次の瞬間、ハルが私の机にうな垂れた。
何の縁があってか、ハルは私の隣の席。
どうやら彼氏のために不良を止めてから、すっかり真面目になったようだ。
その彼氏とも上手くいっているようで、授業中にニヤけるのを堪えるような不気味な笑い声が隣から聞こえる。
それはものすごく止めてほしいけど、幸せいっぱいなのなら『まぁいいかな』なんて思ってしまう。
「じゃぁここは委員長に。」
委員長なら絶対宿題してきているだろうと、私が話している途中で後ろの席のユキがノートを私に投げ渡してきた。
「俺の見せてやるよ。」
「えー。ユキの…答え合ってるの?」
ぶっちゃけ不安がてんこ盛りだ。
「ひでぇ。ちゃんとチェックしたから大丈夫に決まってるだろ。」
う〜ん、それでも信用ならない。
が、貸してくれるというならありがたく借りておこう。
「ん〜じゃぁ借りるね。ハル、先に写しなよ。私はできるだけ自力で頑張るからさ。」
「わかったー。ユキくん、借りるね〜」
ハルが必死にユキがしてきた宿題を写している間、私も自力で解こうと頑張っている。
そんな中、ユキが私の背中を叩いた。
「痛いんですけど。」
女の子の扱い、知ってます??
カツラギさんは叩いたりしませんよ?
それはそれは優しく……って、いかんいかん。
ニヤけるところだった。
「お前、昨日一緒にいたの誰だ?」
「昨日の?」
「家の前で抱き合ってたヤツだよ。」
シャーペンの芯がボキっと折れた。
「ななななんの事?!」
ユキなんか写しているフリをしながらダンボにした耳をこちらに傾けている。
「見たんだよ。」
「ユキ、あんた目悪いんじゃないの??」
「視力めっちゃいいんだけど。」
「じゃぁ頭が、」
「関係ないだろ。あれ誰だよ。父親…じゃねぇよな。…彼氏、とか?」
うん!といいたいけれど、さすがに言えないだろう。
私は歳の差なんて気にしていないけど、社会人のカツラギさんには未成年の私と付き合うことで迷惑になることばかりなのはちゃんと理解しているつもり。
しかしいくらカツラギさんがこの場にいないからといって、違うとも言いたくはない。
「…黙秘権発動。」
「お前、何歳差だよ。」
「……ユキには関係ないじゃん。」
「やっぱいるんだな。」
あぁあぁぁ!誘導尋問された!!
ユキごときに誘導尋問されたぁあぁぁぁ!!
鬱だ、鬱になりそうだ。
「恋に年齢は関係ありません!大体私から好きって告白したんだからいいの!」
「でもむしろ犯罪の域だろ、あの年齢差。」
「うっさい!」
「お前遊ばれてるんじゃねーのか?」
「そんなことないもん。好きだっていってくれるもん。」
「そんなのいくらでも言えるだろ。」
「言えない!!少なくとも今のユキは嫌い。」
私がそういうと、ユキは少しムッとしたように顔を顰めた。
***
それから、ユキはずっとうるさかった。
休み時間、授業中、昼休み、そして今に至る放課後まで、ずっと。
「ちょっと、離れて歩いてよ!」
「別にいいだろ。俺も家こっちの方向なんだから。」
「よくない!」
「浮気って思われるからか?」
「カツラギさんは大人だからそんな小さなことで怒りませ〜ん。」
こんな口喧嘩を何故私は今日一日ずっと、ずっと、ず〜っとしているんだろうか。
その答えは至って簡単、ユキが突っかかってくるからだ。
私もカツラギさんを見習って大人になろうと何度も思い、シカトというものを実行したが、それでも言われ続けるから反撃したくなるというもの。
というかシカトは大人のすることではないが。
「大体お前今の角曲がんないと家に着かないんじゃねーのか?」
「私がどこに行こうと勝手です。」
「ふ〜ん……そのカツラギって男のところってわけか。」
「無駄にいいその鋭い勘、勉強に少しでもあてたら?」
私はギリギリ自分の実力で宿題を終わらせられたからいいけど、ユキのノートを丸写ししたハルは散々な目に合っていた。
「うるさいな〜。たまたまだろ。」
たまたまで全問間違えるなんてすごいな。
「お前不良やめたんだろ?大人しく家帰れよ。」
「やめたけど嫌。言っておくけど、私を不良の道から救い出したのはカツラギさんなんだからね!」
ものすっごく偉大なんだから!
「それがなんだってんだよ!俺だって…、」
「は?何??聞こえないんだけど。」
「うるさい馬鹿女!」
「はぁ?!ユキの方が馬鹿のくせに!」
「お前の方が馬鹿だろ!だから男にも騙されてんだ!キスもセックスもして、お前らむしろ援交だろ?!」
ヒートアップしてきていた言い争いの中、『援交』という言葉にさすがに私の堪忍袋もプチッと切れた。
次の瞬間、私は持っていた鞄をユキに向かって投げつけていた。
「ユキ…、あんた一回タンスの角に小指ぶつけて悶え苦しんでくれば??」
地を這うような静かな声で言えば、さすがのユキもヤバイと思ったらしく、投げつけられた私の鞄を拾って渡してきた。
それを無言で受け取り、そのまま思い切りユキの右頬を平手で殴った。
「大体、カツラギさんはキスだってしてくれないんだからー!!!!!」
目をパチクリとしているユキにそう叫びながら、目に涙を溜めて睨む私。
そんな私の目元に、大きな手がふんわりと覆いかぶさった。
「迎えにきましたよ。」
カツラギさんの声がした。
「な、なんで…、ここに…」
ビックリして涙も引っ込んだ。
そうすると、カツラギさんは私の目から手を退かし、頭を撫でてくれた。
「士官学校に少し用事がありましてね。その帰りに名前さんを拾って軍に戻ろうかと思ってこの道を通っていたんです。携帯にメールを入れていたんですが…、」
「ご、ごめんなさい…」
まだ携帯を見る癖がない上に、喧嘩に夢中で携帯見てませんでした。
「いいんですよ、こうして会えましたし。さて、…」
「ここここれは不良に戻ったわけじゃなくてですね!」
私には忘れられない前科もあることだし、何か言われる前に弁解する。
「わかっています。先程の名前さんの叫び声で察しましたから。」
…すごい、頭いい……。
っていうか、恥ずかしい。
「君、女性の扱いを覚えて出直してきてください。」
キョトンとしているユキにそれだけ言うと、カツラギさんは私をホークザイルに乗せて軍の方へと向かった。
後日、『昨日は悪かった。でも俺諦めねーから』とユキに言われて『何を??』と首を傾げるハメになるのだが。
「カツラギさん…、私の事、好き?」
妙にユキの言葉が胸に響いていて、軍に向かっている途中で恐る恐る聞くと、カツラギさんは間を置くことなく頷いた。
「もちろん、好きですよ。」
その言葉に、私はえぐえぐと泣き始めた。
かき乱された心は、まだ落ち着かない。
- 7 -
back next
index