07



ふかふかのベッドはとても寝心地がいい。
柔らかすぎず、ちょうどいいその硬さは高級感さえ出ている。
そんな幸せな眠りから覚めた私は、ふと瞳を開けた。

目の前にはこの世のものとは思えないほど整った端正な顔。
思わず叫びそうになるのを必死で堪えた私は深く深呼吸をする。
やはり人間、落ち着くためにはこれが一番だと思う。

胸いっぱいに新しい空気を吸い込んで、私は昨晩の事を思い出した。
お風呂に入って来いと言われて、お風呂から上がるとヒュウガさんがいて…。
それからアヤナミさんがお風呂に入っている間カステラを食べて…。
あぁ、それからすぐに寝たんだったっけ。

もちろん居候の身でベッドがいいなんていうつもりも(むしろ言える勇気も)なく、私はソファで寝ようとしていたのだが、「ベッドで寝ろ」と言われたのを思い出す。

なんだ、女の扱いは心得てくれているんだ、と思ってベッドに入った私に続くようにしてアヤナミさんも入ってきたのだ。
アヤナミさんはソファで寝るんだろうと勝手に思っていた私は呆気に取られたが、ヘタレな私が「ソファで寝ます」なんて今更言えるはずもない。

言ったら最期、「何??オレの言うことが聞けないのか?なら死ね」とか最悪な結末が待っていそうで…。

だから私は眠る前にアヤナミさんからものすごく距離を開けた上、背中を向けて寝たはずなのだが、起きた時には寝相があまり良くないせいかアヤナミさんの方を向いていた。

眠るだけなのに勇気を振り絞った私は一体何なんだろう…。

横で眠るアヤナミさんが恐ろしくてなかなか寝付けなかったせいで寝不足で辛いが、ここでまた二度寝を決め込めるほど私の心臓は強くない。
強かったら寝不足なはずがないのだから。

寝てる間に「へっへっへ、隙ありまくりだなぁ、馬鹿が」とか言われて殺されでもしたらと、気が気ではなかった。
蚤の心臓だ、私の心臓は。

自嘲してため息を吐いた瞬間、パチリとアヤナミさんの瞳が開いた。


「う、ぎゃぁ!」


今度ばかりはビックリして、叫び声をあげながらベッドから落ちた。
魔王のお目覚めに体が自然と逃げようとしたのだ。
冷たい床に落ちてすぐに立ち上がると、とても冷たい目線を浴びせられた。


「朝から何をしている。」

「…いえ…ちょっと……実はこれが私の世界流の目覚め方なんです。」

「変わっているな。」

「…はい。」


嘘だって分かっているくせに普通に返されてしまった。
これでは私のこれからの起き方はこれで決定になってしまう。


「…嘘です。」

「わかっている。朝から元気だな。」


寝起き特有の低い声を出しながらアヤナミさんが上半身を起こした。
それと同時に掛け布がハラリと落ちる。

その瞬間、早朝の帝国に私の叫び声が響いた。


「うるさい。」


思い切り睨まれたが、私はそれどころではなく、金魚よろしく口をぱくぱくとさせた。


「ななななんで裸、裸なんですかっ!!」


私の叫び声にも似た言葉にアヤナミさんは煩わしそうに眉間に皺を寄せた。


「名前、」

「いゃー!ごめんなさい!もう文句はいいません!!」


生かされてる分際で出すぎたことをいいました!!
殺さないで下さい!!


「…名前、朝はもう少し静かにしろ。うるさい。」

「ごめんなさい!!」

「それと、慣れろ。」


慣れろ?!?!
見たこともない他人の男の裸に慣れろと?!?!
見たことがあるといえば小学生の時、お風呂場で父親の体を見たきりだ。


「寝る時までは普通にバスローブ着てましたよね?!?!」

「あれは寝る時には邪魔だ。」


お願いだから着てくださいー!!
しかしそんな文句を言えるはずもなく、私はお口にチャックをした。
頑張って慣れよう。
それしか私の道は残されていない。


「あの、お仕事の時間…大丈夫なんですか??」

「あぁ。」


アヤナミさんは着替えるらしく、水分を吸ってごわごわのバスローブを羽織ると着替え始めた。


乙女のように恥らえとはいいませんがね…
でも少しくらいは恥じらいというものをですね…。
なんで私が目線を外してるのかさっぱりわかんないんですけど。


「昨日は勝手に部屋を出てごめんなさい…。その、今日は大人しくしておきます。」


怒られるのは勘弁だ。
もうホント怖くて怖くて。
私が一人でそう頷いていると、軍服に着替え終わったアヤナミさんは部屋の扉を開けた。


「約束を変える。部屋からは出てもいい。執務室に来ることも許そう。その代わり執務室では大人しく文字の練習でもしていろ。」


……え??
なんだかこれでは私にばかり都合がいいような…。


「不満か?」

「そ、そんなまさか!!」


アヤナミさんは私の方をしばらく見やった後、部屋を出て行った。
恐らく仕事に行ったのだろう。

アヤナミさんの姿が見えなくなると、少し緊張が解れた。
あの人はただそこにいるだけで威圧感があるから…。
この広い部屋に一人では寂しいので、私は着替えてから執務室に向かうことにした。







執務室に赴くと、ヒュウガさんが真っ先に飛びついてきた。


「おはよ、あだ名たん♪部屋から出してもらえるようになったんだねー。」

「はい、私も何が何だかわからないんですけれど、今朝急に…。」

「ふぅん♪」


アヤナミさんは簡単に自分の言ったことを取り消したりしなさそうなのに、そうしたということは何か考えを改めたということだろうか。
まぁ、色々考えたところできっと私にはアヤナミさんの考えはわからないんだろう。
とりあえず自由は確保できたので大して気にならないけれど。


「アヤナミさんは?」

「会議中♪」


私はあからさまにホッとしてしまった。


「おはようございます、名前さん。」

「おはようございます。あの、カステラとても美味しかったです。」


挨拶をしてくれたカツラギさんに昨日のお礼を言うと、微笑まれた。
優しい微笑で、何だか心が癒されていく気分だ。


「それは良かった。おや??その手に持っているものは何ですか??」

「これですか??これはこちらの文字表です。昨日アヤナミさんが書いてくださって。執務室にいる間は文字を覚えろって言われて。」


私の世界の文字とこちらの文字は違うんです。と言って、目を点にした皆に私が異世界から来たということを言うのを忘れていたことを思い出した。
が、皆は「そうなんですか」「へー」と大して驚きはしていない。


「えっと…私異世界からきて…それで、」


知能が低いとか教養がないとかではないんですよ??
これでも花の大学生なんです。


「知ってるよ。ヒュウガに聞いたから。」


おはようございます、クロユリくん、今日も今日とて可愛らしいですね。


「そうなんですね。」

「後で休憩中でいいから異世界のこと教えてよ。」

「いいですよ。まだこの世界のことがわからないので、何処がどう違うのかわからないですけれど、それでよければ。」

「いいよ。なんだか名前と話すの面白いから。」


ニコっと笑ったクロユリくんが可愛くて可愛くて、いつも一緒に仕事をしているハルセさんは癒されっぱなしだろう、と思いながらハルセさんを見ると更にニコリと微笑まれた。
何ですかこのコンビ、ものすごく癒しです。

一人のほほんとしていると、カツラギさんが顎に手をやりながら考え込んでいた。


「文字を読み書きできないのは不便ですね。……私でよければ教えて差し上げましょうか??文字だけでなくこちらの世界のことなども。」

「い、いいんですか?!?!」

「オレも教えたげる♪」

「少佐は仕事なさってください!!書類溜まってるんですから!!」

「コナツのケチ。」


拗ねたヒュウガさんは大きな子供みたいだ。
ここはコナツさんのためにもカツラギさんに教えてもらうことにしよう。


「カツラギさん、私頑張って覚えますので、ご指導よろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いします。」


この日からカツラギさんは私の先生になった。
むしろ先生と呼ぶのもいいかもしれない。

文字の読み書きを教えてもらうなんて小学生のような気分で、少し面白い。
テンションが少し上がったところにアヤナミさんが会議から帰ってきて、私の上がってきていたテンションは地の底へと落ちた。
同じ空間にいるだけで怖い。

ものすごく頑張れば裸にはいつかは慣れるかもしれないけれど、この人に慣れることはないかもしれないと思う今日この頃…。

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