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思い出というものはとても大切な宝物だ。
何者にも触れることのできない自分の中の記憶。

時折、振り返れば切なさや甘酸っぱさや悲しみや照れくささなどが、今の私に手を振っているようにも感じられて。
懐かしむことができる思い出があるということに、また幸せさえも感じるのだ。

しかし後ろばかりは向いていられないのも事実で。
いい加減昔の甘酸っぱい代表である記憶の『初恋』というものを忘れなければいけないのかもしれないと思っている、今日この頃の新しい出会い…。



「…は、ぁ。」


たった今自己紹介をされた私はぎこちなく頷いた。
今の私の心の中は疑心暗鬼でいっぱいだ。

そんな私から疑いの眼差しで見られている自己紹介をした彼は先程『フラウ』と名乗った。
長身のその身に真っ白な司教服が映えている。
が、如何せん目つきの悪さに加え金髪、更に十字架から火を出して煙草をふかし始めたのだからもう疑わずに何をする。
本当に彼は司教なのだろうか…。

というか十字架をライターにしてる司教って、きっとどの教会を探しても絶対一人しかいないだろう。

そんな私の心境を読み取ったのか、『フラウ』と名乗った彼は片眉を若干上げて人差し指でおでこを突いてきた。


「『コレ』が今日から教会で働くっていう新しい癒し系ザイフォンの使い手ねぇ…」


コレとはなんだコレとは。

痛くはないがうざったいので右手でそれを払うと彼は両隣にいる司教2人に声をかけた。


「偽物じゃね?」


失礼な。


「いえ、彼女はれっきとした癒し系ザイフォンの使い手ですよ。」


眼鏡をかけた男性が手元の紙と私の顔を交互に見ながら小さく頷く。
ほわほわ〜としたこれまた男か女かわからないような人物はにこにこ〜と笑ってこちらを見てくるのみ。

あぁ、なんて居心地の悪い。

癒し系ザイフォンの使い手として今日からこの教会で働くのかと思えば、上手くやっていけるのか不安になる。


「名前です。よろしくお願いします。」


挨拶は基本だ、基本。
お辞儀をすると、ほわほわな彼が一輪の花をくれた。


「よろしくね。」


残念ながら私は花にはあまり詳しくないので名前などわからないけれど、花を貰って嫌がる女性はいないはずだ。
私もその例外ではなく、その花を受け取った。


「はい。ありがとうございます。」

「フラウ、貴方今暇でしょう?彼女を部屋へ案内してあげてください。」


眼鏡をかけた彼がそう言うと、フラウは面倒臭そうながらも頷いて私の荷物を持って歩き始めた。


2人に小さくお辞儀をして、前を歩くフラウの隣に並べば「意外だった」と呟かれた。

脈絡のない言葉に小さく首を傾げる。


「瀕死状態の人間もあっという間に治してしまうほどの大きな力の持ち主で、癒し系ザイフォンの代表と言っても過言じゃないくらいの女、って聞いてたからてっきり達観しまくったヨボヨボのババァでも来るのかと思っててな。」


あ、なるほど。

先程まで訝しげだった視線はすっかり変わっていて、彼の持つ親しみやすい雰囲気に私は噴出すように笑った。


「よく言われる。」


彼は私の笑顔につられるようにして口の端を吊り上げた。


「よろしくな。」

「こちらこそ。」


これが、私とフラウの出会いである。


「何度見てもすげぇな。」


あの出会いから半年が経った。
目の前の彼は半年前と変わらず金髪に司教服。
目つきの悪さもガラの悪さも何一つ変わっていないけれど、自他共に認めるくらいには仲良くなった。


「そう??」


私の癒し系のザイフォンで傷が癒えていく様を興味深げにジッと見るところも、半年前とあまり変わらないように思える。

私の力をすごいと言う人が多いけれど、私は攻撃系を使えないから、逆に攻撃系のザイフォンを使える人が羨ましくもある。

私が攻撃系のザイフォンだったら…あの馬鹿の横に立てたかもしれないのに。


「名前?」

「…あ、ごめん。遠くに行ってた。」


急にだんまりと考え込んでしまっていた私の顔を覗きこんできたフラウに苦笑いを返して、彼の腕から手を離した。

教会に遊びに来ていた子どもからやられたらしい傷は、そんなに大したことではなかったけれど念のためだ。
小さな傷も大きな傷も傷は傷。
痛いものは痛い。
それを少しでも早く治してあげるのが私の仕事であり人生においての役目だとも思っている。
…なんて、大げさすぎるか。


「私がどうせ治すからってあんまり傷作っちゃダメだからね。」

「そういうのはオレにじゃなくガキ共に言え、ガキ共に。」

「フラウがちょっかい出さなければ済む話だと思うけど?」


椅子から立ち上がって先程まで怪我人だったフラウを見下ろせば、フラウも椅子から立ち上がり、今度は私を見下ろしてきた。
こんなに近い距離で彼を見上げるとなると結構首が痛い。


「まーあれだな。名前に治して欲しくてわざと来てるのかもしれないぜ?」

「はいはーい。そりゃどうも。」


軽く流しておくけれど、自惚れなんかじゃなくフラウはきっと私のことをそれなりに好いていてくれているとは思う。
どれくらい好きかなんてそんなのは本人にしかわからないけれど、少なくとも友情を越えていると見て間違いはないだろう。

たまに感じるフラウの視線とか、乱暴なようで優しい態度や言動。
それらを与えられたら嫌いにはなれない。
むしろ…、


そう考える時、いつも頭の中に『あいつ』を思い出す。
黒髪の、彼を。
もうここ数年会っていないけれど、最後に会った時の記憶によれば私より背が若干低めで、まだ高い声色で、いつも馬鹿みたいなことしてたけどどこか真っ直ぐで。

家が近かったんだ。
同じ歳だったということもあり、所謂幼なじみというやつでよく一緒に遊んだ。
学校も一緒だった。
…彼が、士官学校に行くと言い出すまではの話だけれど。

それからは彼に会っていない。

ずっと一緒だと思っていた。
だからだろうか、寂しさとか裏切られた感とか、色んなものがごちゃ交ぜになって、連絡も取らなくなって私は今を生きている。
彼は今どうしているだろうか。

風の噂で軍に入ったとまでは聞いたけれど…


元気でやっているのだろうか。
やっているならいい。
彼らしく生きているのならそれでいい。

だってよく言うじゃないか。
『初恋は叶わない』って。


だからさ、そろそろ彼への気持ちなんか忘れて新しい恋を見つけようじゃない。


「フラウー。今から子ども達連れて遊びに行くんでしょ?私もついて行っていい?」


一纏めにしていた髪を解けば、フラウは「当たり前だろ」と言って私の頭を撫でた。


近くなるフラウと私の距離と、遠くなる私と『彼』の距離に何故か胸がチクリと痛んだけれど、私はその痛みにそっと気付かないフリをしてフラウと部屋を出た。

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