02
「ハッピーバースデー。」
ここ、帝国軍のブラックホークの執務室ではちみつ色をした髪の青年は上司が呟いた言葉に首を傾げた。
「少佐、誰も誕生日の方などいませんよ?」
ぐるりと執務室を見回すが、確か記憶に間違いがなければ誕生日の人間なんてここにはいないはずだ。
ついに頭でもおかしくなったのかと上司に訝しげな視線を送ると、上司が「んーまぁ、なんとなくね。」と言うものだから余計に心配になってきた。
「あの、具合でも悪いんですか?」
ヘンな言動は元から多い人だとは思っていたけれどここまでとは。
これは医務室にでも連れて行ったほうがいいのだろうか。
「ん?全然平気だよ☆今から遠征だっていうのに具合悪くなんてなってられないよ〜。」
それもそうか。
ディスクワーク嫌いの上司に机に齧りついて仕事をしろと言ったなら、それはもう脱兎の如く逃げ出すか具合が悪いフリをすることもあるが、今から遠征なのだ。
結局いつもの他愛もない話しだったのだろうと結論を出して腰をあげた。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたーい!」
「はいはいはいはいはいはいはいはーい。」
こけて擦りむいたという少年の膝に手をかざしてザイフォンを発動させれば、あっという間に傷が治っていく。
先程まで「痛い」と叫んでいた少年は痛みが引いたのか、安堵した顔で笑っている。
「痛くない?」
「うん!ありがとう!」
子どもというものは忙しい生き物だな。
泣いたり笑ったり喜んだり、少しの間で表情をコロコロと変える。
またそんなところが可愛いのだけれど、なんて内心微笑みながら傷一つ見当たらない膝に先程まで出ていた血を拭ってやれば終了だ。
「はい、お終い。たくさん遊んでおいで。」
また遊びに外へ行く少年を医務室から見送って小さく笑った。
幼なじみの彼もよく転んで泣いてたっけ。
あの頃はまだ私のザイフォンが目覚めてなかったから、私のポケットの中にはいつもカットバンが入ってた。
「おー名前、悪いがちょっと来てくれねぇか?」
思い出に浸っていたところで医務室を覗いたフラウが手招きをした。
「何?仕事?」
「門の所でばぁちゃんが蹲っててよ。」
「わかった。」
思い出そうとしているわけではないけれど、幼かった私の世界は少なくとも『彼』と『私』でできていたから無性に切なくなるわけで。
「はーよく働いたー!!」
今日もよく頑張りました、と自分で自分を褒める。
多分きっと、何気に大切な事だ。
縛っていた髪を解いて手櫛で軽く整えながら、暇なのか何なのかわからないが医務室に居座っていたフラウに声をかける。
「もう陽も暮れ始めてるけど、」
いつまでそこにいるの、と言うつもりだったのだが、フラウはいつの間にか椅子に座ったままコクリコクリと船を漕ぎながら眠っていた。
朝早くからミサ、それから教会での仕事もして、昼間は教会の子ども達の遊び相手をして、夜も教会のお仕事をしたりどこかへ出かけていったりしているようだし疲れているのだろう。
私は羽織っていたカーディガンを彼の肩にかけて、ふぅ。と一日の疲れと共にため息を吐き出した。
その時だ。
コンコンと丁寧なノック音が聞こえて扉を開けると、カストル司教とラブ司教が立っていた。
「おや、フラウはまたここに居たんですか。」
カストル司教が眠っているフラウに気遣って小声で問いかけてきた。
私が苦笑しながらも小さく頷くと、小さな花束が差し出され、何事かと顔を上げる。
「お誕生日おめでとうございます。」
「これはボクとカストルからだよ。」
「わぁ〜ありがとうございます!」
ミニ花束を受け取りながらお茶でも飲んで行かれませんか?と誘ったがまだ仕事があるらしく丁寧に断られてしまった。
「フラウが起きたら私が呼んでいたと伝えてもらってもいいですか?」
「はい。」
そういって広場の方へ向かっていった二人の背中を見送ってから扉を閉め、軽く腕を擦った。
扉を開けたせいか、夕暮れの冷たい風が部屋の中に入ってきて少しだけ肌寒い。
そう思っていたら肩にカーディガンが掛けられた。
先程フラウに掛けてあげたあのカーディガンだ。
「起こしちゃった?」
カーディガンに腕を通しながら踵を返して見上げると、フラウは大口を開けて欠伸をしていた。
「どっちみち起きねぇといけなかったからな。」
「聞いてたと思うけどカストルさんが呼んでたよ。」
貰った花束をテーブルの上に置いて少しだけ開けていた窓を閉めていると「今日、」とフラウがその花束を掴んだ。
「誕生日なのか?」
「あ、うん、そう。」
誰にも教えてなんていないのに何故あの2人が知っていたのだろうかと思っていたが、きっと履歴書でも見たのだろう。
フラウはまだ眠たいのかボーっと手元の花束を見下ろしている。
何を考えているのだろうか。
まさか花を欲しいわけでもあるまい。
「フラウ?どうしたの?」
「オレだけ知らなかった、とか?」
若干拗ねたようなフラウに私は噴出した。
私より背も体も大きい男が拗ねている様は可笑らしい。
「テメーなんで笑ってやがる。」
「だって、フラウかわいくって、」
散々笑い飛ばした後に目尻に溜まった涙を拭ってフラウを見れば、今度は完璧に彼は拗ねていた。
「拗ねない拗ねない。」
「拗ねてねー。」
「拗ねてるでしょ。」
それにね、と続ける。
「私誰にも教えてなかったのよ。多分履歴書でも見たんじゃない??」
そう言うと、フラウは頬を人差し指で掻いてから私の頭にポンッと手を乗せた。
「外にでも食べに行くか。」
「フラウの奢りで??」
「誕生日なんだろ。食べたいもの考えておけよ。」
仕事を終わらせて迎えくっから。とだけ残して部屋を出て行ったフラウ。
私は『やったー!』と内心はしゃぎながら、何を着ていこうかとクローゼットの中を引っ張り出し始めた。
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