03
私の誕生日に外食に出かけて以来、2人で食事をしにいくことが増えたように思える。
今日は私から誘って食事をしに来ていた。
街は夜だというのにも関わらず酔っている人やカップルなどで賑やかだ。
きっと傍から見たら私とフラウもそのカップルとやらに認識されるのだろう。
不思議と悪い気はしなかった。
[D:32363]いでいる、この左手も。
今日は偶然高いヒールを履いていたから躓いたのがきっかけだ。
いや、あれはヒールのせいではなく道端で酔っ払って眠っていたオヤジの足のせいだ。
暗くて見えなかったのだ。
躓いた私の手を取られた時から心臓がいつもより早く鳴っている。
このまま教会に帰るつもりなのだろうか。
誰かに見られたらきっと勘違いされる。
絶対勘違いされる。
教会の門も見え始めた頃、ふとフラウを見上げると目が合った。
何となく恥ずかしくてすぐに視線を地面へとやってしまったけれど、握られている手はさらにギュッとしっかりと握られて、私もぎこちなく握り返す。
教会への岐路をゆっくりと歩きながら他愛もない話をしたりして。
途中無言になったりもしたけれど、気まずいとかだなんて思ったりしなかった。
不思議とその雰囲気も心地よかったり。
「そういえばずっと聞きたかったんだけどよ、その力は昔から強かったのか?」
その力とは恐らくザイフォンのことだろう。
私は首を振って「違うよ」と答えた。
「幼い頃はそんな力持ってなかったもの。ある日ふと使えるようになったんだ。」
『あの人』と離れ離れになって一年後ぐらいだっただろうか。
その時はまだかすり傷を治す程度でしかなかったのに、いつの間にか瀕死状態の人だって治せるようになった。
あまりにたくさん、そして強い力を使いすぎると体に掛かる負担は大きい。
瀕死状態の人を治した後の数日間は倦怠感に見舞われる。
「やっぱり嬉しかったか?」
今度のフラウの質問には首を横にも盾にも振れなかった。
「嬉しいよ、人を癒してあげられるのはとても。私、人が死ぬのって嫌いなの。」
「そりゃ好きなやつの方が少ないだろ?」
「だね。でもね、私の場合は小さい頃にお遣いに出た先で強盗にあって、目の前で人が殺されて。それから死を身近に感じるっていうか、怖いって言うか。でもね、たまにふと思うんだ。どうして癒し系ザイフォンだったんだろうって。私、本当は攻撃系のザイフォンを使いたかったから。」
『あの人』は知らないだろう。
私が攻撃系じゃなく癒し系のザイフォンを使えるとわかった時の絶望感を。
何故あの人と一緒の攻撃系じゃなかったのかと悔やんだ日々を。
日に日に強くなっていく自分の力は嫌味のようにさえ感じるのだからどうしようもない。
「人が死ぬのが怖いのに攻撃系ザイフォンを使いたいのか?」
「まぁ、いろいろあってね。」
攻撃系のザイフォンだったら、きっと私は『あの人』と同じ道を進んでいたかもしれない。
この場所にいなかったかもしれない。
そう思うとフラウとの出会いがとても貴重なように思えた。
「自分にないものを欲しいと思うのは自然だけどな、お前にはちゃんと人に誇れるものを持ってるだろう?」
「…そうね。」
この力を好きにはなれないけれど、フラウの言葉がスッと胸に染み込んで、私は微笑んでから「ありがとう」と呟いた。
フラウの顔を見上げればゆっくりと彼の顔が近づいてくる。
急でビックリしたけれど、私はそのまま雰囲気に任せて瞳を閉じた。
微かにフラウの吐息が唇に掛かったと思った瞬間、
「あ、名前さん!」
「おかえりなさい!」
「フラウ司教もご一緒なんですね。」
シスター達の声がして私達は目を開いて互いに距離を取った。
「たったたただいまかえりました!」
わらわらと駆け寄ってくるシスター達は気づいていないようだ。
暗くて助かった。
いやしかし場所が悪かった。
教会の門の前って、そりゃ下手したらバレるわ。
フラウをちらりと横目で見るとチッと舌打ちをしている最中だった。
それに苦笑しながらシスター達から差し出された手紙を受け取る。
「急ぎの手紙が届いておりましてね。早くお渡ししないといけないと思って探していたんです。」
「急ぎの?」
急ぎの手紙はたまに来る。
教会という限られた区間の中で隠れたように働いているというのに、どこからか私の噂を聞きつけて『助けて欲しい』という手紙が。
行ける範囲であればすぐにでも飛んでいくのだけれど、そうでなければただただ悔やむしかない。
だからこっそりと教会で働いているのだ。
今日はどこから嗅ぎつけたのかはわからないが、噂なんてあっという間に広まるもの。
手紙を引っくり返して差出人のところを見て、私は息を飲んだ。
ヤダな、暗くて見えないや。
視力悪くなっちゃったかなぁ〜。
あはは〜と現実逃避をしつつももう一度その差出人のところを見ればどう見ても、何回見ても、
「帝国軍?」
横から覗き込んできたフラウの言葉に、私はやはり見間違いではないのだと諦める他なかった。
「では、お渡しいたしましたので。」
「おやすみなさい。」
「もう眠らないとお肌の大敵ですからね。」
仕事は終わったとばかりに建物の中へ入っていくシスター3人を見送る。
さて、どうしようかな。
先程の雰囲気はすっかりどこかへ行っているわけだし、私は手紙を読むためにも部屋に帰ることにした。
「もう遅いし部屋に戻るね。」
「…あぁ、」
「おやすみフラウ。」
おやすみ、と返してくれたフラウに背中を向けて自室に戻り、手紙をテーブルの上に置いて開けっ放しだったカーテンを閉めた。
それからもう一度手紙を見る。
明るい中でもやはり帝国軍の印が押してあるようにしか見えない。
「…なんか、したっけ?」
悪いことはしていないはずだ。
そういう風に両親に躾けられたわけだし、後ろめたいことなんて何一つない。…多分。
なら何だろうか。
もしかしてお偉いさんか誰かでも怪我したのか??
しかし軍にはお抱えの私と同じ癒し系ザイフォンの使い手もいるはずだし…、と首を捻る。
うだうだ考えていても仕方がない。
見ないことには何も始まらないわけで。
「よしっ!」
気合を入れて机の引き出しからペーパーナイフを取り出し封を開け、上等そうな紙質のそれをそっと開いた。
- 3 -
back next
index