04



「で?」

「『で?』って聞かれても…」


広場の芝生の上に座ってため息を吐く。
空はこんなにも眩しく快晴だというのに、どうして私の心は曇っているのか。

答えは簡単だ。


「帝国軍からの援助要請が来るなんて思いもしなかったし…」


そう、昨日来たあの手紙は軍から私宛の援助要請だった。
軍お抱えの癒し系ザイフォンの使い手がいるじゃないかとも思うのだが…。


「こればっかりは名前が決めねぇと意味がないだろ。」

「だよねぇ…」


もう一つため息。

帝国軍から援助要請だなんてドキッとした。

もしかしたら『あの人』に会えるかもしれないなんて思っている私がいて。
でももう初恋の彼のことは忘れようと思ってもいて。


「でもやっぱり、ここはフラウのご意見をお聞かせ願いたく存じます。」


考えが纏まらなくて寝転がっているフラウに半分匙を投げれば「なんだその口調」と笑われた。


「大体お前なー、昨日のあの雰囲気で、オレが引き止めるってことくらい少し考えればわかんだろ?」


昨日の雰囲気…か。

きっとシスター達が来なかったらあのままキスしていたんだろうと思えば頬が熱くなった。


「す、すみません…。いや、でもちゃんと言葉で示して貰ったわけじゃないし…、その、」


ごにょごにょと口ごもれば、フラウが起き上がった。


「好きだ、名前。」

「…何か、言わせたみたいでゴメン。」

「そのタイミングで謝んな馬鹿。オレがフラれたみたいだろ。」

「いや、フッてはない。ごめん。」

「だから謝るなって。」

「うん、ごめ…、」

「…」

「…。」


あぁ、ヤダな。
フラウの事好きなのに。
なのに別の人の顔が頭を過ぎる。

初恋は大きいや。


「ま、いいけどな。とりあえず軍に行って話だけでも聞いてきたらいいんじゃねーか?」

「…行きたそうな顔してた?」

「鏡見てこい鏡。」


そっか。
行きたそうな顔してたんだ…。


「私、行ってくるね。」


フラウは「あぁ、いってこい」と片方の口の端だけを吊り上げて笑った。
ふと、爽やかな風が吹いた。





「待たせてしまったようだな。」

「い、いえ…」


今までにこれほど緊張した事があっただろうか。
いや、ない。


私の目の前のソファに座ったのはあのブラックホークの参謀長官。

何でこうなった、何でこうなった。
逃げたい。
ちょー逃げたい。

軍に話だけでもと聞きに来たまではいい。
その後だ。

客室に通されたと思ったら「参謀長官をお呼びしてきますので、しばらくお待ちください」とコーヒーを置いて出て行ったあの軍人さんが憎い!

だってあの『ブラックホーク』の『参謀長官』ですよ?!?!
一般人の私でも噂には聞いたことある。
冷酷で、無慈悲で、血も涙もないのがブラックホークだって。

あぁもう、10分待たされようと1時間待たされようと文句は言いません!!
むしろ言えません!!
言った瞬間首と胴体が繋がってるかさえ怪しいじゃないか。


「参謀長官を勤めているアヤナミだ。」

「名前=名字です。」

「本来なら足を運ぶべきだったのは私のほうだったのだが、呼び立ててすまなかった。」

「いえ…私も教会に居たので…。」


そりゃ軍人が教会に足は運べんでしょうよ。

といいますか、何故貴方みたいな偉い方が私なんかと会っているのだろうか。
こりゃ本格的に逃げたくなってきたぞ。


「あ、あの、それで…援助要請とは一体どういうことでしょうか…。」

「あぁ、先日の遠征で部下が怪我を負ってな。今まで遠征にも癒し系ザイフォンの使い手を同行させていたのだが力が弱く使い物にならない。そう思っていたときに名前嬢の噂を耳にしたのでな、手紙を送らせた。」


遠征で怪我…。
『あの人』も軍人なのだから怪我をしたりするのだろうか…。

だとしたら…、


胸が締め付けられるように痛い。


「で、でも軍にも力の強いお抱えの癒し系の使い手がいらっしゃると思うのですが。」


そう言うと、アヤナミ参謀は小さく息を吐いてから膝に肘を置き、手を組んだ。


「その質問の前に。名前嬢はブラックホークと聞いて何を連想する?」

「え゛。」


連想するったって、そりゃ物騒なことを連想するに決まっているじゃないか。
血生臭いことだってたくさんしていると聞いているし。


素で呟いたたった一文字に参謀は薄っすらと微笑みながら「正直だな」と呟いた。


「す、すみません…」

「いや、いい。下手な嘘を吐かれるよりは余程気持ちがいいというものだ。本気でいい人の集団だと思われていても感受性と洞察力を疑う。」


これは一応褒められているのだろうか…。
無表情の参謀からはイマイチ感情が読み取れない。


「名前嬢が思っているように、軍所属の癒し系の使い手も論外ではなくてな。」


なるほど。
皆怖がってブラックホークの遠征について行きたくないと言っているというわけですか。

それに癒し系ザイフォンの使い手は物静かな人が多い。
きっとブラックホークなんて人一倍怖いのだろう。

そりゃー怖いだろうよ。
私だって今ちょー怖いわー。
ガタブルですよ。
見てよ手震えちゃってるんだけど。


「失礼ながら名前嬢のことは調べさせてもらった。フリーランスで各地を転々としているようだが、あと1ヶ月もせずに教会との契約も切れるそうだな。」

「えぇ。」

「なら話しが早い。教会との契約が切れたすぐにでも軍で働いてみないか?」

「それは…遠征の時だけでしょうか?」


通常の医療なら他の使い手でも良い訳だし、要は遠征時に付き添う使い手が欲しいというわけだ。


「その予定で呼んだつもりだったのだが、都合が悪ければそちらに合わせよう。通常時でも軍で働いても構わないし、遠征時のみでも構わない。」


雇い主が私に合わせてくれるだなんて…、


「余程私の実力をかっていただけていると見ても?」

「そういうことになるな。」


あの参謀長官にここまで褒めてもらえるとは思ってもみなかった。
残酷非道とはいえど、実力が十二分にあるであろうこの人から…。
それは少し誇らしい気持ちになる。


「給料などはこの用紙に書いてあるから目を通してほしい。」


受け取った用紙に目を通せば、私の才能をかっているだけのことはあるほどのお給料の額。
別にお金が大好きというわけでもないけれど、あればあるだけいいとは思っているわけで。


「通常時もこちらで働くというのなら給料の額は上がるが、どうする。」

「今のところ教会側からも契約延長のお話が来ておりまして。できれば通常は教会で働き、遠征時のみこちらで、と遠征時のみの契約を結びたいと思っているのですが。」

「一旦話を持ち帰ってもいいが。」

「いえ、可能ならそれが一番私にとってはいいので。」


それに、軍に居たらもしかしたら『あの人』に会えるかもしれないじゃないか。


「そうか。」


話しが纏まりそうなところで一つ。

大事な事なのだ。
これはハッキリさせておかないと困る。


「身の保障はしていただけたり…します?」


遠征に行って、負けて、纏めて殺されちゃいましたーなんて笑えない。


「あぁ。保障しよう。」


まぁ、精鋭揃いのブラックホークがついていればどうってことないか。


「わかりました。では、よろしくお願いします。」



ちょっぴりの好奇心と、ちょっぴりの『あの人』に会えるかもしれないという期待感が膨らんだ今日という日の出来事。

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