05
「『ブラックホーク』。バルスブルグ皇帝の一存で設けられた直属のヴァルスファイル(黒法術師)部隊。目的達成のためなら手段は問わない冷酷さを持つ。か。」
ふかふか芝生の上に座っている私はパタン、と本を閉じてため息を一つ溢した。
…ろくな部署じゃないな、オイ。
私の上にある空に負けないくらい青い私の顔。
もう少し考えて返事するべきだったかな?
んーでも条件すごく良かったし、実力のある人にあれほど必要としてもらえて嬉しかったっていうか、それに何より『あの人』がいるかもしれないなーなんて…なんて…なーんて……
なんて未練がましいんだ私。
いやもういっそのこと清々しいか!?
多分きっと、いや、絶対。
軍の要請があった段階で私はこの話を受けるつもりだったのかもしれないと、今なら思える。
まだ『あの人』が軍にいるのかも、陸軍にいるのかもわからないのに会えるかもしれないと期待してるなんて…
「私の馬鹿。」
「今更気づくなんて自覚症状遅かったな」
「うるさいですよーフラウさん」
独り言に入ってきた来た上に、隣に座ってきたフラウに私は軽くパンチをいれておいた。
しかしお返しとばかりに髪を撫で回されて髪の毛がグシャグシャになったけれど。
「軍でも教会でも働くんだってな。」
爆発した髪の毛を手で均しながら頷くと爽やかな風がそんなに長くもない髪を靡かせた。
「まぁこれからもよろしくってことで。」
いいとこ取りしてるなー私。とも思うけれど、それは私が頑張っていてその実力を買ってもらっているということで目を瞑ろう。
人が傷つく事が嫌いな私なのに軍にも所属して傷を癒すだなんていろいろと矛盾しているような気もする。
遠征とは遠方へ敵を討伐しに行く事。
つまりは人を殺しにいくということではないか。
傷つき、癒して、きっとそこに終わりなんてないのだろう。
いかんいかん。
気分が落ちてきたぞ。
もう自分で決めた事だ。
後は前を向いて歩いていくしか道はない。
出来るだけ後悔しない道を歩もうじゃないか。
一人でも多くの人の傷を癒してあげる事、それが私の仕事なのだから。
「ねーねーせっかくいい天気なんだからさお散歩行こうよ。教会の子ども達連れてさ。」
「いいけどお前疲れてんじゃねぇのか?」
「んー少しねー」
ゴロリと仰向けになって太陽の光に目を細める。
肌に芝生がチクチクと地味に痛いけれど、土や草木の匂いは何だかとても穏やかな気分になれる。
「おつかれさん。」
「フラウもね。」
私の頭を軽く持ち上げたと思ったらそこに足が差し込まれて膝枕の形になった。
成人男性の太もも…というかフラウの太ももは筋肉質で少し硬い。
けれど嫌じゃなかった。
フラウは片膝を立て、煙草をふかしながらどこか遠くを眺めている。
私もチラリとそこを見たけれど何もなくて、襲ってきた睡魔に抗わずにそっと瞳を閉じた。
草木と煙草とフラウの香りがして『あぁ、この人のこんな優しさ好きだな』と心の中で呟きながら心地よい眠りに身を任せた。
「いざ、出陣。」
今までにないくらい気合を入れて呟いた言葉だったのに何だか気が抜けてしまった。
今日から2週間の遠征について行くことになった今、私にできることは勇気とやる気を兼ね備えるのみだ。
心の準備など急遽決まった遠征のせいで出来やしなかった。
荷物も適当に詰めてきただけだから色々と心もとないが仕方ないだろう。
きっとこれからもこんなふうに急に呼び出されて遠征に行くハメになりそうだ。
今回の遠征から帰ったら、いつ呼び出されてもいいように荷物はまとめておこう。
いやしかし何だ。
軍に来て通された客室のソファに座ってはいるものの如何せん落ち着かない。
なにせ今日が始めて軍でのお仕事で、今から遠征に行くのだから。
『準備が出来次第、後ほど部下を呼びに来させる。』とアヤナミ参謀が部屋から出て行く寸前に言ってから20分近くが経つが、一向にその部下とやらの姿はない。
アヤナミ参謀も遠征前で忙しいのはわかるが、ぜひとも20分も一人にさせないで欲しかった。
心もとないというかなんというか。
不安とでも言うべきか。
もう緊張で吐きそうだ。
いっそのこと開き直ってやろうか。
緊張のため半ばヤケになり始めた頃、やっとこの部屋の扉をノックする音が2回響いた。
「あ、ど、どうぞ。」
そう声を掛ければ開かれた扉。
その扉からははちみつ色の髪をした青年が入っていた。
「ブラックホークのコナツです。えっと、名前さんですか?」
「はい、名前=名字です。」
よろしくお願いします。と頭を下げれば、より丁寧に下げ返された。
上司ができれば部下もできるって感じだな。
一体いくつだろうか。
少なくとも私よりは年下なのだろうけれど、とても幼い顔立ちが可愛らしい印象を受ける。
声もゴツイとは言えずに爽やか青年ボイス。
アヤナミ参謀が異例なだけで、軍なんてゴツイ人間の集団だろうと思っていたのだけれど、どうやら偏見だったようで心の中で小さく謝っておく。
「遠征の準備が整いましたのでお迎えにあがりました。こちらへどうぞ。」
数日分の着替えが入った荷物を軽々と持ってくれたコナツくんの後ろについて歩き始める。
一歩一歩歩みを進めるごとに緊張が増していく。
気を抜けば今にでも右手と右足が同時に出てしまいそうなくらいには。
そんな心境が顔に表れてしまっていたのか、コナツくんが微笑むなり「あまり緊張なさらなくても平気ですよ。」と言ってくれたので少し気分が軽くなる。
いつもなら『緊張しないわけないですよー』と心の中で弱音ぐらい吐いていたかも知れないけれど、その微笑みがあまりにも朗らかで和やかな雰囲気にさえするものだから、私の警戒心や緊張を糸を解くようにするすると解けていった。
「ありがとうございます。」
そう微笑み返したところで「あれ?コナツ?こんなとこで何してるの?」と背後から声が聞こえた。
男の人の声だ。
コナツくんが振り向くものだから私もつられるようにして振り向き、息を止めた。
まるで世界が時間を止めてしまったかのような錯角さえしてしまう中、コナツくんを呼んだ『彼』と目が合う。
ふと、彼が息を飲んだのがわかった。
瞠目して見つめている彼は背丈や声色こそ変わっているものの、知り合いだと気付くぐらいには変わらない。
私達が見つめ合っている事にコナツくんは「どうかしましたか少佐。」と首を傾げている。
少佐?!
少佐って言った?!?!
なに出世してんの!
なにそのふざけたサングラス!
あぁあぁぁぁぁもう!!
再会できて嬉しいのとビックリしたので涙でてきたじゃんか!!
ぼやける視界に映っているのは驚いている表情の男2人。
そりゃ女が独りでに泣き始めたら誰だってビックリするだろう。
久しぶりの彼をもっとちゃんと見たいのに、視界が滲んで仕方がない。
「なによーそのサングラスはー。」
口をついて出てきた言葉は的外れな言葉で、また会えて嬉しいとか、連絡くらい寄越しやがれとか、色んな感情が混じっていたけれど目の前の彼は果たして気付いてくれただろうか。
未だに泣きじゃくる私の言葉に含み笑いをした彼は一歩、また一歩と近づいてから軍服の袖でグシグシと涙を拭ってくれた上に、更には思い切り抱きしめられた。
「久しぶり、名前。」
名前を呼ばれただけで、ぽっかりと空いていた穴が埋まったような感覚。
ずっとずっとこの日が来るのを待っていたかのような。
昔は同じくらいの背丈だったのに今は首が痛くなるくらい見上げなくちゃいけないし、同じくらいの体格だったのにすっぽりと抱きすくめられてしまっているし、声だってもう『誰だよ』ってくらい低く声変わりしてるし、あぁあぁもうとにかく!
なんでそんな良い男になってんのよ!!
「馬鹿ヒュウガ。」
そう言ってヒュウガの背中に両手を回せば、服越しにもわかるくらい体つきがガッシリとしていた。
何だか嬉しいような、切ないような、それでいて気恥ずかしいような気持ちになって、私は力任せにギュウッと抱きしめたけれど、彼は私の背中を優しく撫でるだけで何も言わなかった。
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