06



所変わって遠征に向かう『リビドザイル』という空挺の中。

抱きしめあう私達にコナツくんが『あの…そろそろ行かないとアヤナミ様に怒られますよ?』と助言してくれたおかげで置いていかれることもなく、アヤナミ参謀に怒られることもなくここに居る。

ブラックホークのメンバーに紹介すると言われてリビドザイルの一室に来てみれば,
なんとそこには美形が並んでいるではないか。


ぐずん、と鼻を啜ればヒュウガにティッシュを差し出された。

涙はすっかり引いたものの、鼻水は涙の名残で出てくるものだからそれを受け取り鼻を噛む。
こんな美形揃いの前で堂々と鼻を噛むのは少し躊躇われたが、鼻水を垂らしているよりはきっとマシだろう。


「…何があった。」


私の目が赤く腫れていることに疑問を持ったらしいアヤナミ参謀の目線は私からヒュウガへ。
ヒュウガは「オレ何もしてないよ!!」と誤解を必死に解こうとしているけれど、この声にまだ慣れないせいか別人のようにも感じる。
けれど紛うこと無き彼は私の幼なじみで初恋の人だ。


「違うんです、私が勝手に泣いただけで…。」


ヒュウガに助け舟を出してあげたけれど、どうも納得の行かない表情のアヤナミ参謀。


「数年ぶりに幼なじみに会ったからビックリしてしまって。」


そう言えば、ヒュウガ以外の皆さんが「えー!」と声を上げたり目を大きく開けて驚いたりした。


「ビックリしただけ?会えて嬉しーの涙じゃなかったの?」

「久しぶりに会ってもその図々しいところは変わってないのね馬鹿ヒュウガ。」


成長してるような成長していないような。
少しはその外見と同じように中身も成長したと思っていたけれどそうでもなさそうで、何故かホッとしてしまった。

しかしそのせいか見た目と中身のギャップが激しいようにも思えてしまったけれど。


「昔と変わらない?よく見てよ、そんな訳ないでしょ?イイ男になったね、とかさ♪」

「…かるっ。」

「そういう名前もあんまり変わってないように見えるけど。」


それは子どもっぽいということかしら。
それとも若々しいということかしら。
いやまだまだ全然若いんですけどね。
この際だからいい方にとっておくことにしよう。


「大体名前なんでこんなところにいるわけ?」


今更な質問に私はガクリとうな垂れた。

多分それ出会ってすぐに聞く質問だったと思うわ。


「少佐サボりに行って聞かされてなかったですもんね。」


コナツくんがため息混じりに呟いた言葉に私がジト目でヒュウガを見ればサッと逸らされた。
後ろめたいならサボるなっての。


「改めて紹介しておこう。名前=名字嬢で癒し系ザイフォンの使い手だ。今日の遠征から参加してもらうことになった。」


アヤナミ参謀の紹介に「はじめまして」と皆々様方に笑顔を向けていれば、思い切り肩を掴まれた。
ヒュウガに。


「痛いんですけど。」


人が挨拶してる時に何邪魔してるんですかー。と非難めいた眼差しを向けるも効いちゃいない。


「いつからザイフォン使えたの?!?!」


そうですよねー。ヒュウガと会わなくなってから目覚めた力だから知らないですよね。
あとでちゃんと説明してあげるから今は静かにしててくれないかなぁ。


とりあえずは挨拶の方が最優先だと、私は各々に紹介し終えて名前を教えてもらった。

軍って…不思議。
ブラックホークだからなのかな?

厳つい男の集団はアヤナミ参謀という美形代表に始まり、癒し担当コナツくん、爽やか青年ハルセさん、ダンディ??担当カツラギさん、可愛い担当クロユリくん。
ヒュウガは……ボケ担当でいいか。

なんだこのメンバーは。
目が、目がチカチカする!
美形揃いでチカチカする!!


うぉおぉぉぉ、と目を塞ぎたい勢いだったけれど、それをしてしまえばきっと私は『ヘンな人』認定されるだろうから堪えておく。


「ヒュウガ、2階西側一番端の部屋が空いていただろう、そこに案内してやれ。」

「りょーかいアヤたん♪」


いこ。とヒュウガに手を引かれて部屋を出れば廊下は少しだけひんやりと肌寒かったが、空調設備が充実しているようで、腕を擦れば『後で温度上げるように言っておくね』と気付いてくれたヒュウガが言ってくれた。


「ねぇヒュウガ、貴方アヤナミ参謀のこと『アヤたん』だなんて呼んでたけど平気なの?」


ヒュウガが少佐でアヤナミ様が参謀なら明らかにアヤナミ参謀が上司な訳で、普通だったらそんな呼び方はできないだろう。
だけどヒュウガは『士官学校時代からの同期だから♪』と笑って済ませた。


「…そう、なんだ……」


そうか。
士官学校からの知り合いなんだ…。

つまりは私と離れ離れになってからはあの人がヒュウガの側にいたということになる訳だ。
私の知らないヒュウガの時間をアヤナミ参謀は知っている。

男の人に嫉妬してもどうしようもないから表面上は笑っているけれど、モヤモヤとしている心の中はとても素直だ。

それほどまだヒュウガのことが好きだということで、初恋なんて忘れようと思っていた矢先の私には皮肉な再会にも思えてきた。

でも、それでもやっぱり嬉しくて。
隣を歩く彼を見上げる。


「ねぇ、さっきも言ったけどそのサングラス、何。」

「似合うでしょ?♪」

「似合うけど……慣れない。それに何でいつの間にかそんな馬鹿みたいに大きくなって私を見下ろしてるんですかー。」


昔は私と大差ない身長だったのにさ。と文句にもならない文句を呟けば頭の上にヒュウガの手が乗っかった。


「名前が縮んだんでしょ?」

「喧嘩売ってんのかこの野郎め。声だって違うー成長期の数年は思っていたよりも大きいー。」

「はいはい。名前は女っぽくなったね。あ、ここが名前の部屋ね。」


ヒュウガは何気ない顔して扉を開けているけれど、私はこの赤くなった顔をどうしようと必死に頭を働かせていた。

今の卑怯だ。

女っぽくなったって、なったって、なったってー!!!

声を大にして叫びたい。
あぁでも恥ずかしい!
でもでも嬉しいぞー!!


「何か不便があったら何でも言って。聞ける範囲だったら聞くから。それと冷蔵庫の中とか家具とか好きに使って良いから。」

「ど、ども。」


ヒュウガに顔を見られないように先に部屋に入って深く深呼吸を繰り返す。

部屋の中は意外にも広くて居心地が良さそうだ。
ソファもあるし窓も大きい。
さすがに開けることはできないだろうけど十分だ。
ベッドだってふかふか。

もしかしたら客室か何かだろうか。
そう思っていると背後でパタリとドアが閉められる音がした。

何も言わずに出てってしまったのだろうかと思いながら振り向けば、ドアに背を預けて立っているヒュウガの姿。
改めてマジマジと彼を見るがやはり…好みだ。

初恋の男の子が会っていない間にこんなにもかっこよくなっているなんて、どこのラブコメ小説だ。


「どうかした?」


ヒュウガがこちらを見てくるだけで何も言わないから声を掛ければ「何でもないよ♪」と笑われた。

その笑顔には見覚えがある。
彼の悪い癖だ。


私はヒュウガの方へ歩みを進めるなり、両手を彼の頬っぺたに伸ばしてそのまま両頬をひぱってやった。


「笑いたくない時には笑わなくていいって昔も言ったでしょー。」


頬を膨らませてしまうところだったけれど、彼が私の手を取って目を細めたからそれどころではなくなった。

何だ、この切ない瞳は。


「ヒュ、…ガ?」

「会えて嬉しいなって噛みしめてただけだよ。」


嬉しいという言葉とは裏腹な切ない表情にドキッとする。

多分今の私は動揺している。

変わらないね、なんてさっきはよく言ったものだ。
全然変わってるじゃないか。
声も、背も、顔も、体格も、全然違う。
女と男の違いがありありと見て取れる。

それだけじゃない。
中身だって、私の知らない彼の時間がたっぷりと彼の中に存在していて、今の彼を作っている。
それは私だって例外じゃない。

嬉しさの中には切なさや喜びや、きっと私が思っている以上の感情が交じっているのだろう。

あぁ、私達は嬉しいから目一杯笑うというだけの子どもではなくなったのだ。

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