07
あの後ヒュウガはコナツくんにブラックホークの会議があるからと呼ばれて部屋を出て行った。
私はというとあまりの暇さに機内をウロウロとしていたのだが、立ち入り禁止区域が多くて多くて。
大して探検はできずに部屋へ戻る途中だ。
壁の所々に嵌っている窓から外を眺めれば夕暮れの街はミニチュアのようで、まるで子どものおもちゃのようにも見える。
だけれど確かにあそこには人がたくさん住んでいて日々毎日生きているわけで。
ちっぽけにも見える街だけれど、きっと街から空を見上げている人はこの空挺の方がちっぽけに見えるのだろう。
だけれどこの空挺はあの『ブラックホーク』の空挺だけあって、きっと人々は恐ろしげにこの空挺を見上げているに違いない。
リビドザイルが動く時。
それは遠征という人を殺しにいく時なのだから。
小さくため息を漏らす。
私は加勢しているのだろうか。
人殺しに。
人殺しといったら聞こえは悪いかもしれないが、彼らにとってそれがお仕事で、生きるために必要な仕事なわけだから全力で否定はできないのだけれど複雑なのだ。
それも、特にヒュウガが居るから。
彼は昔から達観していたところがあった。
けれど子どもながらによく売られた喧嘩は買っていたっけ。
思い出せば傷をよく負っていた。
それを手当てしていたのは私。
下手だった包帯の巻き方も、消毒の仕方も、彼のおかげで上手になった。
今はもうザイフォンがあるから必要のない行為だけれど、昔があってこその今だと思うから。
思い耽っていると、カツンカツンと靴音が機内に響き始めた。
それは遠く微かなものだったのが次第に近くなってくる。
音のする方へ目線を向けると、銀色の髪をしたアヤナミ参謀がこちらへと一人歩いてきていた。
「こんなところで何をしている。」
「いえ、少し暇だなと思って。会議は終わられたんですか?」
「あぁ。」
頷いたアヤナミ参謀は初めて出会った時より雰囲気が穏やかになったように思える。
それは私が『得体の知れない癒し系ザイフォンの使い手の女』ではなく、『ヒュウガの幼なじみ』と認識されたからかもしれない。
それは少なからずとも彼はヒュウガを信頼していて、またヒュウガも彼を信頼しているということだ。
私の知らない間にそんな信頼関係が築かれていたなんて、と少し感傷に浸る。
目の前の彼に焼きもちを妬いているのだ。
ズルイ、とさえ思ってしまう。
幼い感情ながらも恋する上には付き物なのだろうけれど、その対象が男の人なのだから少しは安堵している。
「暇なら部屋で大人しくしておけ。」
暇なのに大人しくしておけなんて手厳しいことを言う。
勝手にウロウロしてしまったことに怒っているのだろうかと思ったけれど、次に聞こえた言葉に苦笑してしまった。
「どうせ暇な幼なじみが遊びに行くだろう。」
あぁ、ヒュウガなら暇だからと遊びに来そうだ。
昔からそうだった。
「そうですね。そうします。」
それでは、と小さく頭を下げてアヤナミ参謀の隣を通り過ぎてからふと足を止めて振り返れば、気配で悟ったのか彼もこちらを振り向いた。
「私は、貴方に嫉妬しているようです。困った事に。」
苦笑いをしてもう一度踵を返して歩みを進めると、背後でもカツンカツンと足音が鳴り出した。
部屋へ戻れば閑散とした広さがまず目に付いた。
もう少し狭い部屋でもいいかもしれないと思うけれど贅沢な悩みだと笑みを溢す。
何だか歩き回ったら喉が渇いて、備え付けの冷蔵庫の中からアイスコーヒーを取り出してグラスに注いでいる時だった。
「名前、いる?」
ノックもなしに入ってきたヒュウガは「いつの間に戻ってきてたの?」と部屋に入ってくる。
いつの間に、ということは私が部屋に戻ってくる前に訪ねて来ていたということなのだろう。
つまりは会議が終わってすぐ足を運んでくれたというわけで、小さく笑ってしまった。
「ついさっきね。お告げで戻った方がいいよーって言われたから。ヒュウガもアイスコーヒー飲む?」
お告げ??とヒュウガは首を傾げていたけれど、「飲むー」とソファに座りながら返事を返してくれた。
もう一つのグラスにアイスコーヒーを注いで彼の待つソファの向かい側に座り、それを差し出す。
私は喉を潤すためにコーヒーを一口飲んでホッと息を吐き出した。
「何か用事?」
「暇だから遊びに来た♪」
ヒュウガが遊びに来てくれたことに嬉しさを感じると同時に複雑にもなる。
アヤナミ参謀に言われなくても部屋に戻るつもりだったとはいえ、彼の言う通りヒュウガは暇だからと遊びに来た。
ヒュウガ、貴方行動パターン読まれてるよ。
「遊びにっていっても何もないよ?急いで来たから何も持ってきてないし。」
「いいよ。オレ名前のこと聞きたいから。」
私の事?と今度は私が首を傾げる番だった。
何が聞きたいのかはわからないが、聞かれてマズイようなことはやってきていないのだから「どうぞ?」と先を促す。
「ザイフォンのことなんだけど、」
「あぁ、そうだったね。」
さっきも食いついて来てたし、余程聞きたいのだろう。
私からしたら、ヒュウガがブラックホークにいて少佐をしてるということについての方がよっぽど謎ですごく聞きたいのだけれど。
「特になんてことないよ?この子の傷、癒してあげられたらいいのになぁって思ったら勝手に。」
あの日助けたあの子は黒髪で、雰囲気がどこかヒュウガに似ていたような気もする。
だからかもしれない。
強い力が私の中で生まれたのは。
「『この子』って?」
「崖から落ちて怪我してた男の子にお遣いの帰りに出くわしてね。まだ5、6歳くらいの子で、」
どこかヒュウガに似てたんだ。とまでは言わなかった。
「子どもは蹲ってて、でも周りに人がいなくて。どうしようってパニックになっちゃって。助けてあげたい。って思ったら手からザイフォンが出てその子の傷が癒えたの。」
あの時はザイフォンを使った私も、傷が癒えた少年もお互いに目をパチクリさせていたっけ。
今思い出せば面白い光景だ。
「ね、なんてことないでしょ?」
「んー名前が相変わらず優しいってことだねぇ♪」
真正面に座っている私に微笑むヒュウガから視線を外す。
褒められると気恥ずかしくて仕方がない。
しかも相手はヒュウガだし、真っ直ぐに私を見つめているものだから視線をどこへさ迷わせようか迷う。
結果的に持っているアイスコーヒーのグラスに落ち着いたのだけれど。
胸の中に擽っている何かを誤魔化すようにそれを飲み干して、グラスをテーブルの上に置いた。
「仕事はフリーランスなんだって?」
「うん、そう。あちこち転々としてる。今は教会に落ち着いてるけど。」
あそこは居心地がいいから。
お肉を食べられないのは少し悲しいものがあるけれど、特に信者なわけじゃないし外食に行ったときには食べているから特に気にはならない。
「皆優しいし、早起きさせられるのは辛いけど充実してるの。」
仕事の合間にフラウとしゃべったり、フラウや教会の子ども達と遊んだり、お散歩に行ったり。
フラウってば暇なの??ってくらい私の所に顔出してくれるから退屈になんてならない。
そういえば昨日、急に遠征に行くといえば不器用な彼なりに心配されたっけ。
思い出して含み笑いをしていると、ヒュウガは何だか面白くなさそうに「ふぅん…」と呟いた。
「ヒュウガは?ブラックホークって…あまり、その、いい噂聞かないけど、楽しい?危なくない?」
「ん、オレ強いから♪楽しいよ。」
強い、かぁ。
ふとヒュウガが帯刀している本差に目を向ける。
刀なんて見慣れないからジッと見ているとヒュウガが刀を鞘ごと差し出してくれた。
「持ってみる?」
「え、いいよ!」
きっとヒュウガにとって大切なものなのだろうし、それに何か怖いし。
だってそれは人を殺す道具。
怖いと思わないで何と思えばいいのか。
何だか珍しい、だけでは触ってはいけないような気がして気がひけていたそんな私の手にヒュウガは刀を乗せた。
ズシリと重たくて前のめりになってつい落としそうになってしまえば、ヒュウガの手が私の手を支えてくれた。
「…重い、ね。」
この刀で一体どれだけの命を奪ったのか。
今私の手に触れている彼の手は大きくてとても頼り甲斐があるというのに。
あまり考えたくなくて早々に刀を返した。
「名前はやっぱり優しいね。」
ヒュウガがそう言うものだから私は小さく首を横に振る。
「そんなことないよ。」
「ねぇ名前。オレさ、名前が変わらないでいてくれたことが嬉しいよ。」
「変わったよ?大人になった。2人ともね。」
苦いコーヒーを飲めるようになった。
お金の使い方だって覚えた。
感情のコントロールだってできるようになったんだ。
「うん。でも根は変わってないでしょ??オレが…、」
会話の途中でヒュウガが口を閉じるものだから「オレが??」と先を促したけれど、彼は何も言わなかった。
「もうそろそろ夕食の時間だねー。食堂に行かないといけないから、一緒に行こうか。」
最初は不安でしょ?と立ち上がったヒュウガに習って私も立ち上がる。
ヒュウガとまだ話したりない気分だったけれどまだまだ2週間、時間はたっぷりあるわけで。
食事しながらでも話そう。
まだまだ話したいことはたくさんあるんだから。
でもそうか。
そんなに急がなくてもいいんだよね。
明日も会えるんだ。
その事に気づいたら今日はなかなか寝付く事ができなさそうだった。
(オレが、守りたいと思った名前のまま。)
- 7 -
back next
index