08



「おはようございます、名前さん。」

「あ、おはようございます。」


朝、食堂に行くとカツラギさんに会った。
2人並んで何を食べようかな、とたくさん料理が並んでいる中好きなものを好きな量だけお皿へと入れていく。


「今日は少し眠たそうですね。」

「持ってきた小説を遅くまで読んでしまって。」


朝でも爽やかなカツラギさんはもっぱら和食派のようでご飯に味噌汁にお漬物や出し巻き卵などと純和食に対し、私はスクランブルエッグやソーセージを乗せていく。
夜は肉、肉、肉!!なメニューだが、朝は卵、卵、卵!なメニューばかりで、今日も今日とて少し苦笑いしてしまう。
横を通り過ぎる兵士達のお皿は朝からてんこ盛りに盛ってあり、見ているこちらが胃もたれしてきそうなほどだ。


「本を読まれるのですか。」

「はい、たまにですけど。カツラギさんも読まれたりするんですか?」

「そうですね、主に『主夫の友』などを愛読しています。」

「……まさに主夫の鑑ですね。」


確か私の記憶しているところによるとあれはレシピ集ではなかったか。


「さて、どこに座りましょうかね。」


兵士達で犇めき合っている食堂は、乗っている人数に対して椅子が少ない分時間帯によってこうして困る事がある。

カツラギさんは大佐なだけあって兵士達は席を譲ったりしてくれるが、今日はそれ以上にごった返している。


「名前ー!こっちこっちー!!」

「大佐もこちら空いてますよー。」


どこに座ろうかなと人ごみの中をキョロキョロとしていた時だった。
名前を呼ばれて振り向けばクロユリくんとハルセさんが手招きしている。

クロユリくんの右隣にハルセさん、その前にコナツくんが座っているので、カツラギさんはコナツくんの左隣に、私はクロユリくんの左隣に座った。


「おはようございます。助かりました。今日は人が多いんですね。」


いただきます、と手を合わせて朝食を胃袋の中に詰め込んでいく。


「朝から全体訓練があったからね。」


クロユリくんはタコさんウインナーに何やら怪しい青い液体を掛けてそれを頬張った。
聞きたい。
それが何か聞きたい。

しかし昨日「それなんですか?」と不思議な飴を食べているところに声を掛けて「食べる??」と貰ったそれに昇天してしまうところだったので迂闊には聞けない。
むしろ聞いてはいけないとカツラギさんの目が告げているような気がする。

視線を逸らすために会話に意識を向けることにした。


「全体訓練ですか?」


なるほど、だから今日は食堂が余計にムサイのか。
しかし訓練をしてきたようにはイマイチ見えない。
兵士達は少し疲れきった顔をしているけれど、ここのテーブルについている私を除く人達4名。

クロユリくんなんて今起きましたといった顔だ。
ハルセさんは朝も夜も爽やかだけれど。


「ボクたちはしないよー。しなくても強いからね。」


もきゅもきゅ、と口を動かすクロユリくんはとても可愛らしい。
これで中佐なのだから驚きだ。


「全体訓練にはあまり出ませんが、各々トレーニングはしてますよ。」


コナツくんは「僕はこれからする予定です。」とハルセさんの言葉に続いた。


トレーニングかぁ。
コナツくんもクロユリくんも可愛い顔してるけどブラックホークなんだよなぁ、と改めて実感していると、カツラギさんが訪ねてきた。


「名前さんは初めての遠征ですが、何か不便はありませんか?」

「はい。皆さんが仲良くしてくださっているおかげで楽しいですし。」


リビドザイルに乗って、つまりは遠征に向かい始めて3日が経った。
慣れないことに四苦八苦しながらも、大抵のことは普通の生活と何ら変わらない上にカツラギさんやヒュウガが教えてくれるから眉を顰めるほど困ったことはない。

いやしかし、皆さんなかなかにお暇なようで。
ヒュウガなんか日がな一日私の部屋にいますよ。
今日はまだ見かけないけど。


「名前はヒュウガの幼なじみなんだよね?ヒュウガって昔からあんな感じ?」

「まぁ…、あんな感じかなぁ。」


あんなに女の扱いが上手くて軽くはなかったけど。

…遊んで、たりするのだろうか…。
彼女がいたり…とか。

そこらへんをはっきりとさせたいけれど『彼女?いるよ?』なんて言われた日には、逃げ出す事もできないリビドザイルの中でも無理矢理逃げ出したくなりそうで。
あのヒュウガのことだからヘラヘラ笑いながら言いそうだし、報われないにも程がある。って、別にまだ彼に彼女がいると決まったわけではないのだけれど。


「ボク一つ不思議に思ってたんだけど、なんで名前はその時ヒュウガと一緒に軍人になろうって思わなかったの?」


一人でドギマギしていると、クロユリくんからとてつもない質問をされて言葉に詰まる。
それを答えるためには私の過去から話さないといけないわけで。

昔、お遣いの途中で強盗に出くわして人が死んだのを私達は幼いながらにその残酷さを目にした。
それがいかに非道で悲しく、辛いものだったか。
私は今でも鮮明に思い出すことができる。
それを一緒にお遣いに出かけていたヒュウガだって目の当たりにしているはずなのだ。

それなのに彼がその道を…、軍人への道を歩んだのが理解できなくて逃げた。
理解しようともせず、ただ追うことさえしなかったし、もちろん彼も何も言わなかった。

それに、


「怖かった…かな。少し。今までずっと一緒に同じ道を歩んでいたのに、急にヒュウガが逸れて私に背中を向けてしまったから、置いていかれたことに、一人ぼっちになったことが怖かった。友達もちゃんといたけど、ヒュウガは別で…。だってヒュウガってば何にも言わないのよ?!」

「名前も何も言わなかったんでしょ?ならどっちもどっちだよー。」


またまた鋭い一言にグサリと朝から棘が胸に突き刺さる。
今までにこれほどまで苦しい食卓があっただろうか。
カツラギさんとハルセさんの笑顔に癒されてはいるけれど、居た堪れなくて、噂の彼の姿が見えないと話を変えてみた。


「そういえばヒュウガはどこに?」


ごちそうさまでした、と手を合わせて言えばコナツが遠い目をした。


「まだ起きていらっしゃいませんよ。今から起こしにいかないと…。」

「寝起き悪いんです?」

「なかなか起きてくれなくて…。遠征の時でなくても寝坊してくるんですよ!」


どうやら苦労しているようだ。
ヒュウガのべグライターらしいからさぞかし大変だろう。


「じゃぁ今日くらいは私が起こしに行きましょうか?今からトレーニングしに行くんでしたよね?」

「でも、」

「私どうせ暇なので。」


あははーと笑えば「ではよろしくお願いします。」と言われ、「お願いされます♪」と話しが一段落したのを切欠に皆が席を立った。


食堂のお姉さん(『おばちゃん』と呼んだら『お姉さん』と呼べと言われた)に食べた食器を返して食堂を出る。

確かヒュウガの部屋は3階の中央だったはずだ。
部屋の前にネームプレートが張っているわけでもないのでイマイチ不安だ。
ヒュウガが私の部屋を訪れることがほとんどで、私がヒュウガを訪ねた事は正直ない。

コナツくんに部屋の番号くらい聞いておくんだった、とキョロキョロしながら歩いていると一人の軍人に声を掛けられた。


「何かありましたか?」


軍人さんは基本的に親切丁寧だ。
それは私がヒュウガとよく一緒に居て、ブラックホークの皆と仲が良いというのもあるのだろうけれど、とても助かっている。


「あの、ヒュウガの部屋知ってますか?」

「あぁ。そこの角を左に曲がって奥から2番目の部屋ですよ。」

「ありがとうございます!」


軍人さんにお礼を言って言われた通りに進み、「奥から2番目の部屋…」と呟きながら歩き、その部屋の前で立ち止まった。

控えめにノックをするものの、物音一つ聞こえてこない。
もしかしたらすれ違いになったのかもしれないと思ったけれど、もう一度、今度は少し強めにノックをしてみた。


「コナツ〜あと10分んん……」


寝ぼけたような声が微かに聞こえてつい噴出してしまった。

私は仕方ない、と部屋を開いた。
ちょっとした悪戯心だった。

このままコナツくんのフリをして部屋の中まで入り、揺さぶり起こした彼は私を見てどんな驚いた顔をするのか。
想像しただけで何だか楽しくなってくる。

含み笑いをしながら扉を閉めてベッドへと近寄る。
あと10歩、あと5歩、あと1歩、といったところでシーツの中から急に出てきた手に腕を取られてベッドの中に引きずり込まれた。

驚きすぎて声も出なかった。

あっという間にベッドに押し倒されており、引きずり込んだ張本人は私に跨っている。


「夜這いしにきたのかな?」


部屋だけじゃなくシーツからもヒュウガの香りがしてくる上にこの体勢。
彼はにんまりと笑っており私の顔の横に肘をついているせいか顔が近い。


「あああ朝!朝だから!もう夜じゃないって!起きて!おーきーてぇぇえぇ!」


寝ぼけるなぁぁぁあぁ!と彼の胸板を押しながらベッドから這い出ようとすると、うるさいとばかりに口をその大きな手で塞がれて抱きすくめられた。

彼は私の口を塞いだまま横になり、私は不本意ながらも腕枕され、足が絡み合い、身動き一つ取れない。


「んぐっ!んー!!んんー!!!!」

「はいはい、静かにしようねぇ。オレまだ寝たりないから。」


ヒュウガは完璧寝る体勢に入っている。
私は一体いつまでこの体勢のままでいたらいいのだろうか。
こんな、人に見られたら如何わしい体勢、恥ずかしすぎる。

人が羞恥に悶えている中、隣からは気持ち良さそうな寝息が聞こえ始めてきた。

私はせめて口を塞いでいる手だけは取り、新鮮な空気を目一杯肺に吸い込む。
次いで彼を見れば、それはもう起こすのも躊躇われるくらい幸せそうに眠っていた。


「…私は抱き枕ですか。」


嬉しいような恥ずかしいような。
そんな感情を混ぜて吐き出した言葉は虚しくも夢の中の彼には届かない。

彼と共存しあう温もりのせいか、読書をして夜更かしした瞼は次第に重たくなってきて、ベッドから這い出す事も忘れてそのまま彼の腕に身を任せた。

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