心の棘に触れずに




夜、透のバイトが終わる時間に合わせて家を出た夾と漣音は会話もなく黙々と透のバイト先へ向かっていた。

特に会話もなく、漣音と夾は透のバイト先であるビルの前で立ち止まる。


「(……そういえばココ、紅葉の父親のビルだっけか)」

「…………なぁ、」


漣音が物の怪憑きを受け入れられず壊れた母親のことを思い出していると、不意に夾が口を開いた。
何かと思い、振り返ると。


「漣音……俺、」

「夾」

「、っ……」

「私はあの日のことを怒ってなんかないわ。だからそんなに気にしなくていいのよ?」

「それでも、俺は……っ!」

「夾……」


夾は思い詰めた表情で拳を強く握り締めているせいで爪が食い込んで微かに血の匂いが漣音の元に届いた。


「俺はっ!」

「夾くん?」

「!」


ようやくバイトが終わり、透がビルから出てきた。


「またお迎えに来てくれたのですね!ありがとうございます」

「……別に」

「本田透さんね?初めまして。私は草摩 漣音といいます。今日から紫呉の所に居候することになったから挨拶したくて、夾に無理言って連れて来てもらったの」

「あっ、申し遅れました!本田透と申します!私なんかのためにわざわざありがとうございます!これから、よろしくお願い致しますっ」


勢いよく頭を下げた透。


「こちらこそ、よろしくね?」

「はい!」


漣音の笑顔に少しだけ頬を赤くしながら透は元気よく返事をした。




「透さんの作るご飯は美味しいね」

「でっしょーーー!さすがボクの新妻!だよね!」


漣音の褒め言葉に本人より先に反応した紫呉は由希と夾から冷めた目で見られているにも関わらず自慢を続ける。

透は紫呉の冗談に顔を真っ赤にしながら謙遜の言葉をもじもじと吐き出していた。


「これならはとりとご飯行く必要ないよね!」

「いやご飯は行くけど」

「なんで?!」

「はとりと?」

「うん。暇な時はいつでも連絡しろって。多分慊人への報告もあると思う」

「ちょっとー漣音さーん?また無視?無視なの?」

「紫呉うるせぇ」

「透さん、出かける時はなるべく事前に言うようにはするから。直近では今週末一度本家に戻らなきゃいけないから、泊まりになると思うから私の分は作らなくて大丈夫よ」

「はいっ、分かりましたです!」


紫呉の面倒な冗談を流しつつ平和に食事時を過ごす紫呉宅。
時折、紫呉のからかいに怒鳴る夾の声が響いていた。