その壱
少女がまだ幼い頃、不意に自分が『何者』であるかを思い出した。
(そうか、ここは『あの』世界なんだ……)
魔法の世界が少女の目の前に広がっていた。
自分の手を見つめると、ゆらゆらと波のように揺らめくものが溢れている。
漠然とそれが魔力なんだ、と理解した。
魔法があって、何よりも自分の名前が、今のこの世界が、今まで自分がいた世界とは違うという明確な証拠になっていた。
(今ならまだ間に合う……、私は、あの人に幸せになってほしい。だから、そのために何を犠牲にしても躊躇わない。私は私の幸せのために、あの人に生きていてほしい。見返りは求めない。彼が愛しい花に捧げたように、私もまた愛しい蝙蝠にすべてを捧げよう)
少女は自分を理解する以前から、自分が”普通の人間”とは違うことを知っていた。
一を聞けば十を理解し、他人の些細な仕草や言葉の端から意図を察することが出来た。
それゆえに少女は”ヒト”に失望した。
結局のところ、真の意味で”ヒト”が”ヒト”を愛することはないのだと知ってしまったからだ。
だからこそ、彼女は物語という虚構に傾倒した。
剣と魔法の世界、空想ともいえる、現実ではない世界に。
そして見つけてしまった。
愛する人のためにすべてを投げ出し、命すら賭けてみせた人を。
物語には存在しなかった”自分”がこれからの物語にどういう影響を及ぼすかわからないけれど、それでも、と少女は決意する。
(”私”はそんな結末赦さない。絶対に、覆してみせる)
不器用で、優しすぎる彼は、私の望む結末を良しとはしないだろうけど。
あの日、彼の心は彼女と共に死んでしまったのだ。ならば私は彼の心ごと、彼の想い人も守ろう。
私はひどい選択をするだろう。
彼女の子供は『生き残った男の子』にならなければいけない。
だから彼女には眠ってもらおう。
誰にも知られず、誰にも悟られず、決して見つからないあの場所で、来るべき日まで。
最低だと罵られても、蔑まされても、嫌われたとしても、例え何を……自分の唯一の肉親を犠牲にしても。
私は、私の望みのために。
『―――初めまして、トム。私の可愛い弟』
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