その参




それからというもの、あの女……姉は度々僕のいる孤児院にやって来ては僕を孤児院から連れ出し、あの家で一緒に過ごした。



特に何をするわけでもなく、段々と増えていく家具や快適になっていく家を見て、姉が一体いつどうやって“何”をしているのかがとても気になった。

けれど姉は僕にそれを悟らせまいと巧みに誤魔化す。……いや、恐らくだが僕が本当に知りたいと思えば教えてくれるのだろう。姉は、きっとそういう人間だと漠然と感じた。

無理に聞き出すつもりは無かった。きっとまだ僕が知っても持て余してしまうだろうと思ったからだ。





僕と三つしか違わない姉は、驚くほどに勤勉だった。

家にある蔵書はこの年齢の子供が読むのか疑問に思うくらい難解なものも多く、本当に理解できているのか不思議だった。

僕も目を通しては見たが、書かれている内容は変わらないはずなのに何度か読み直さないと理解できないことも少なくなかった。



また、暇つぶしと称してチェスやトランプといった娯楽を二人でやったりもした。

これでもかと言うほど、嫌な手を打ってくる姉にいつだか『心が読めるのか』と思わず聞くが答えは返ってこず、ただ綺麗な笑みだけを見せた。



二人で過ごすにつれ、次第に『家』に行く頻度が増えた。

その頃にはもう、孤児院のシスターも僕と姉がどこへ行っているのか、何をしているのか聞くこともなくなって、むしろ問題を起こす子供がいなくてどことなく嬉しそうな表情さえ浮かべていたようにも思う。もういっそのこと僕だけでもこの『家』に移りたいくらいだ。



「ねぇ、」



「孤児院を出たい、というのならそれはダメよ」



本題を告げる前に姉は本から目を離さずにそう言った。



「何故」



「言わなくても賢い貴方なら分るでしょう?」



確かに、孤児院にいる子供が一人で住むなんて許されないだろう。抜け出しても連れ戻されるのがオチだ。

それに、いつだか姉は言っていた。『いつか学校に行く』と。

つまり、姉はここから離れるということだ。

それに『好きに来てもいい』とも言っていたのは、僕がこうして言い出すこともすでに予想していたからなのだろうか。



姉のようにまだ、他人を思いのままに動かす術を持たない僕は、この『家』で生活するにしても食事代や生活費を出してくれる人間がいないからどちらにせよ一人で暮らすのは不可能だった。

そのことに思い至り、苦虫を噛み潰したような気持ちになって顔を歪めた。



「私がここに来れるのは来年から夏季休暇の間だけになりますからその間、この家は今まで通り使っても大丈夫です。けれど寝食は院で取りなさい。一度でも破れば私が戻るまで此処は立ち入り禁止にしますからね」



まるで厳格な教師のように告げる姉は本から目を離して僕の目をじっと見つめていた。

自分と同じ赤い瞳には初めて、冷たい色が孕んでいた様にも思える。

まるで氷のような鋭さで僕を見つめる。



この目には、見覚えがあった。



時折、窓の外を眺めて物思いにふける姉は、ふとした瞬間に驚くほど怖い顔をする時があった。

親の敵を見るような憎しみに満ちた目をしている時もあれば、道端に転がる小石を見下ろす無機物のような目をしていたり。

でもそれは一瞬のことで、僕が姉へと視線を向けると姉はいつもの優しい微笑を浮かべるのだ。



「…………」



「約束ですよ?」



刹那、鋭さを消した姉はいつもの笑顔で僕に笑いかける。

僅かに感じた恐怖に、僕は姉の言葉に首を縦に振るしかなかった。





そうしてふと、初めて会った時のことを振り返った。



僕と姉は似てないようで、とても似ていた。



子供らしからぬ表情や言動で他人との隔たりを明確にし、誰一人として自身の心内に踏み込ませない。

自分がそうであると理解したのはもっとずっと後ではあったが。少なくとも、僕は……姉という存在に救われていたのだから。



孤児院での生活はとても退屈なものだった。

恐怖の宿った瞳で見てくる大人も、低俗な嫌がらせしかしてこない子供も。

あまりにもしつこい嫌がらせに仕返しをしたこともあったが、気が晴れるわけでもなく。

一時的には無くなるものの時間が経てばまた嫌がらせは始まった。

そんな面倒な応酬にも飽き始めて、鬱陶しいやつらを根こそぎ排除でもしようかと考え始めていた頃にやって来たのが姉だ。



最初は胡散臭くて、何より僕自身に姉弟がいるなんて思いもしなかったから本当に血縁なのか疑っていたくらいだ。

僕のおぼろげな記憶の中に『姉』の存在は無かった。でも実際に目の前にいて、しかも自分に、『トム・マールヴォロ・リドル』という存在に酷似していたことが何よりの証拠になった。

この場合、姉の方が先に生まれているのだから僕が姉に似ていると言うべきなんだろうが、生憎まだ両親がいた頃に『姉』と仲良く過ごした記憶は無く親愛も感じてはいなかったから。



その後、姉が用意した家へと連れて行かれたが繋がれた手に何故か嫌悪感は沸かなかった。



「トム?」



「……何?」



「いえ、ぼーっとしてたからどうしたのかと思って」



「なんでもないよ」



「……そう。今日はもう戻りましょうか」



姉の言葉に、窓の外へ目を向けるとすでに陽は沈んでおり、夜が訪れようとしていた。

帰る支度を済ませて、姉は僕を院へと送ると姉は此処から少し離れた場所にある自分の院へ帰っていった。






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