たったひとつの赤色


愛しい人。たった一人の、私だけの人。
私の唯一の……。

赤が良く似合うあの人だから。
真っ赤な紅をひいて、あの人の色を身に纏う。

嗚呼、颯爽と槍を振り敵を屠る雄雄しい姿。色香を振り撒き幾多の女人を惑わすその罪さえ。
私が貴方を憎むには未だ足りなくて。私には見向きもしない、そんな貴方が一層愛おしい。

―――もうすぐ、貴方が来てくれる。
ほら、貴方が駆ける音が聞こえる。


「―――いたぞッ!」

「捕らえろ!!」

壬生狼、幕府の狗、人斬り集団。
そう蔑まれても尚、誇り高く気高いその生き様。

貴方に逢いたくて逢いたくてここまで来た私に最後の御褒美があったって。
少しくらいの幸福を望んだって、罰は当たらないでしょう?

「……連続人斬り事件の犯人はお前だな?」


―――嗚呼、神様!!生まれて初めてあなたに最大の感謝を!!!

愛しい人。私の、この世で最も尊い唯一無二の方。


「新選組の方ですか?」

素知らぬ振りをする私に顔を顰めた貴方。
ああ、これくらい児戯ではございませんか。許してくださいな。


「―――お前を捕まえる」

貴方の真剣な眼差しに体が熱を持つ。
ああ、そんなに見つめないでください。照れてしまうではないですか。

「無理なら殺せ、とも言われている」

「そうですか」

赤を纏った私、赤が良く似合う貴方。
そして空に浮かぶまんまるお月様。
なんて美しく幻想的な場面なのでしょうか。

月明かりの下で見る貴方はいつもより凛と研ぎ澄まされた刃のように美しく、赤い髪を靡かせて私の心を縛り付ける。
愛しい人、最愛の人、私が唯一何よりも優先し尊ぶたった一人の御方。

「俺は……出来るだけ女は殺したくねぇ。アイツと関わりがありそうな奴なら、尚更……」

「あいつ……?ああ、もしかして雪村 千鶴さんですか?」

「! 知ってるのか?」

「ヒトに全てを奪われ、憎まれ貶められ、それでも全てを忘却の彼方に葬り去って生きる健気で可哀想で……けれどとても幸福な子」

「それはどういう意味だ……?!」

「そのままの意味ですよ。それで、貴方はどちら様ですか?」

「……新選組十一番組組長、原田左之助」

あぁ!ようやくその口から愛しい御方の名前を聞けた!!
身を震わす狂喜が全身を駆け巡る。

「ああ……愛しい御方、炎の様に苛烈で獅子の様に猛々しい麗しの君。幾年もの間生き恥を晒し続けてきたかいがありました!さぁ、これで私の未練はございませんわ!!殺してくださいませ!」

「は?何を」

「殺してくださらないのですか?ならば仕方ありません、殺してくれるまで共に殺し合いましょう!私にはもう貴方しかいないのですから!!」

勢いのまま力のままに飛び掛る。
虚を突かれた愛しい御方は反射で避けると一閃、その手に持った槍で私の体を袈裟斬りする。

痛みと熱さが全身に広がり、目の前が暗転した。

―――嗚呼、これで終われる。
愛しい方の手にかかりこの罪に塗れた生を終えられるなら本望。
たった一つ、気がかりがあるならば、あの子を私が知っていることを知ってしまったこの御方の心情。
私を斬ってしまった、命を奪ってしまったと言う自責の念に駆られることがないよう、祈るしかない。

深く深く落ちていく闇の中で、慣れ親しんだ赤が私を抱きしめた様な気がした。