波紋1



俺が駆けつけた時に剣を交わしていたのは今回の被害者の京の街に道場を構える師範代の男だったらしい。
怪我はしたが、俺が手配した医者の手当によって大した後遺症も残らないらしい。

そして新選組による一晩の捜索を経て、得たものは数人の怪我人と俺が見た女の情報だけだった。
……つまり、川に落ちた女の行方は分からずじまいである。

「おい、左之!元気出せよ!」

「そうだぜ、左之さん。そんな辛気臭い顔してると女も逃げちまうぞ」

三馬鹿と不名誉なあだ名をつけられて久しいが、そんな気のいい二人が励ましに来る。

「まぁまぁ、大丈夫だって!たとえ目の前に犯人がいたのに逃がしたとしても!」

「このくそ寒い中、川に飛び込んだくせに風邪ひとつ引かない馬鹿でも!」

「「問題ねーさ(よ)!!」」

「てめぇら……馬鹿にしてんじゃねぇ!!!」

やり方はどうあれ、沈んでいた気持ちが浮上し始めたのは事実だ。……やり方はどうあれ。

「ったく……」

「あ、そうだ!せっかくだしこのまま遊びに行こうぜ!」

「何がせっかくだ、お前は飲む口実が欲しいだけだろうが」

「しんぱっつぁんはほんと酒好きだよなー」

「いいじゃねぇか、酒は心の水っつーだろ!!」

「言わねぇ」
「言わないな」

そんなアホな会話をしながら俺達は街へと繰り出す。
さすがに昼間から花街に行く訳には行かないから酒も出してる茶屋へと向かう。

「そういや、その左之さんが見たって女はどんなだったんだよ?」

「土方さんはあれから機嫌悪くて話聞ける状態じゃねーし」

「つったって、この前襲われたおっさんから聞いたのと同じようなもんだよ。白に近い金色の髪に、雪みたいに白い肌。それから……―――」

思い出しながら女の容姿について口にする。
ふと、女が小さく言った言葉が何だったのか疑問が浮かぶ。

無表情だったはずなのに、その赤い瞳はまるで迷子のように揺れて……。

「左之?」

「左之さん、どうしたの?」

「いや、何でもねぇ!お前らがあの女と会わなくて良かったわ。絶対見惚れてただろうしな」

「何だと!?そんなことはねぇぞ!!」

「そうだよ、失礼だな左之さんは!」

そんな話をしながら歩いていればあっという間に店に着き、二人はすぐに酒を注文する。
すきっ腹に酒は酔いが回りやすいし、といくつか料理も頼むと酒飲みが多いこの店ではすぐにつまみが出された。

「ここの酒、美味いな」

「ああ、こりゃ今度斎藤たちも連れてくるか」

「土方さんはどうする?その人下戸だもしなぁ……」

「まぁいいんじゃねーの?近藤さんも連れてくりゃ文句言いながらもついてくるだろうよ」

「それもそうだな」

酒を飲みながらどうでもいい話をして、また盛り上がって。
そんな楽しい日々がずっと続けばいい。

命のやり取りが身近なこの世で。
命の価値が軽いこの世で。
浮世の憂さを晴らして一時の享楽にふけよう。

後悔をしている暇など、俺たちにはありはしないのだから―――。