「厳島預言者襲撃事件」(命名は藤)から、はや十日といったところ。
やはり名のある者が関わると、少なからず情報は出回るらしい。

「視線が煩わしい…言葉が煩わしい……気配が煩わしい呼吸が煩わしい鼓動が煩わしい……!!」
「お前、最近ずっとそうねぇ」
「………………いっそ、斬滅して」
「駄目よ」
「ぐうううう……ッ!」

−−−安芸に神を名乗る女が現れ、巫と謀将を手中におさめた。
これが今現在、藤の機嫌を最高潮に悪くしている原因なのは言わずもがな、である。
しかし、まあ……分からなくもない。
供を連れた見知らぬ女が国主の城に、それも毎日、頻繁に出入りしているとなれば流石に怪しみもするだろう。
当事者でもある元就は斯様な瑣末捨て置けば良い、とどうでも良さげで、鶴姫に至っては綾瀬様がどんどん有名になって私とっても嬉しいです☆…………といった具合だ。
愛いので許す。
−−−−話を戻すが、藤を苛つかせている原因。
噂も原因には相違ないが、今吐き下された怨嗟に値するのは、恐らくもう一つ。

−−−−−−−−−−、−−−−
「……嗚呼、やっと消えたのね」
「綾瀬ッ!」

そうっと呟いた刹那、藤は我慢ならないといった様子で被っていたフードを引っ掴んで上着ごと投げ出し、その勢いのまま、わたしを背後から抱きすくめた。
……数日前から感じるようになった忍の気配。
お陰で自室ですら顔を隠さねばならない現状に、藤のストレスは針を振り切ってしまいそうなほど溜まりに溜まっていた。
意外に繊細なのだ、これは。

「よしよし、良い子、我慢が出来てえらいえらい」
「何故私が忍如きに苛まれなくてはならない……くっ、綾瀬、綾瀬様……あの者を屠る許可を……ッ」
「…………ううむ」

下から腕を伸ばし、頭を撫でてやると心底辟易したと言わんばかりの疲れきった顔でふっと息を吐き、頬を滑って登ったわたしの手を大人しく受け入れている。
大分参っているこの子を見て、流石にこれ以上の我慢を強いるのはあんまりにも可哀想になってきた。
元々、他人のそばでぐっすり眠れるような質ではないのだ。
わたしの元へ来たばかりの頃だって、様子を見に行く度に必ず身体を起こして此方を窺っていたのだから。

「ねえ、藤、わたしの可愛いひと」
「…………綾瀬様……?」
「お前、鼠捕りは得意かしら」
「……、−−−−!!え、あっ、当たり前だ!」

わたしの問い掛けに、見上げた先の美しい月色が輝きを増す。
にんまりと唇を吊り上げて、藤の耳元でわたしはそっと囁いた。
たまには、少しくらいならば、元就だって怒りはしないだろう。
わたし達の小さな行動一つがあれの策を乱す程のものにならなければ良いのだ。
投げ捨てられた上着を引き寄せ、藤に纏わせる。
すでに刀を手にした藤はまた驚くほどの素直さでフードを被り直して、眼光鋭く、天井を睨みあげた。

「行っておいで」

そして瞬きの刹那、藤は目の前から姿を消した。
……暫くして聞こえてきた誰かの悲鳴に、わたしは静かに、笑う。
これでまた、新しい噂が増えてしまいそうだ。

−−"神の傍には月色の目の鬼がいる"、なんて。


花骸