−−嗚呼懐かしや、戦国乱世よ。
いくらか距離のあるこの崖上に立ってすら、乾ききらぬ血や火薬の匂いが鼻先をかすめる。
「嫌な匂いね」
「敵方を屠らねばならぬ以上、仕方のない事だろう」
「……ねえ、お前、大丈夫?」
刹那、彼は動きを止めた。
そしてなんでもないようにまた崖下の惨状を見下ろす。
「それは、何に対しての言葉だ」
「分かるでしょう」
隣に立つ藤の顔をちらりと仰ぎ見た。
風にそよがれながら表情穏やかに、黄と赤の旗印がぶつかる戦場を見下ろしている。
あの赤の中には、かつての彼がいると昔に聞いた事があった。
「ひでよしさま」
だからこそ、尋ねずにはいられなかった。
しかし再び同じ言葉を口にして見上げたわたしを、藤は凪いだ月色に映して優しく笑んだ。
「戦場を主君の為に駆け、血水を浴びてなお足を止められぬあの男は……最早私ではない」
「でも、それでも、あれはお前に相違ないわ」
「違うと言っている!」
激情に急かされるでもなく、藤はただきっぱりと否定してみせた。
過去を追慕する気持ちはあれど、取り戻そうとは思わない、そうっと、彼はまるで子供に言い聞かせるように囁く。
「私が貴女を置いていく筈がない」
「お前、お、お止めなさい!わたしはそんな、別に……」
「未来永劫、共に在れと言ったのは綾瀬……貴女だろう。ならば裏切るな」
「それはわたしの台詞だわ!」
「ならば良い」
思わず眉を顰めたわたしを宥めながら藤は短くそう言って口を閉ざした。
何時もこうだ。
このやり取りを、嫌だと思った事はないけれど。
今度こそ何を思うでもなく、戦場に向けられた視線に習って、わたしもただ眼下を見下ろし続ける。
−−直後、この戦で豊臣秀吉は命を落とし、徳川家康が反旗を翻したのだと、藤は小さく呟いた。
僅かな懐かしさを、目に映しながら。