生い茂る緑の中を飛ぶように駆け、腰から下げた武器をゆらゆらと揺らす。こうして自由に空の下を走り回ることが出来るから危険の多い見回りも嫌になることはない。

前を走る彼らの笑い声が風に乗って聞こえてくる。追い付こうと足を早めたが隣を走っていたモルガナイトがあっと思い出したように止まって後ろを振り返るものだから、置いていく訳にもいかずにクンツはもどかしげにその場に立ち止まった。小さくなった皆の後ろ姿に溜め息をつく。

「フォス!いるんだろ!」

あの落ちこぼれがどこにいるのか、と目を凝らして見るとモルガが呼び掛ける草原の草の中に紛れて眠る薄荷色……フォスフォフィライトをなんとか見つけることが出来た。足を折り畳み小さく丸まって寝息を立てるその姿に顔を顰める。呑気なものだ、弱いくせに。脆いくせに。今月人が襲ってきたら、間違いなく良い標的。丸ごと月に持ち帰られて装飾品や矢先にされるだろう。徐に手袋を抜き取り、白粉に包まれた真っ白の腕を伸ばすクンツにうわっとこぼした驚き顔のモルガが視界の端に見えた。

「起きろバカ」
「ぐおっ」

丸まるフォスの側に膝を着いて、襟元を引っ張る。慌てて伸ばされたモルガの指が俺の手首の表面を掠めピキリと罅が入る、その小さな音にクンツはルチルのお説教フルコースを確信する。幸いなことに、モルガはまだ気付いていない。黙っていれば、もしかしたら、バレないかも?よし頑張れ、俺のインクルージョン。無理矢理に身体を起こされた薄荷色……フォスフォフィライトの肩が盛大に揺れるのは当然、と言えば当然。まあ、これで起きるだろ。小さな亀裂の見える腕を隠すようにさっと手袋を直すと呆れたモルガに名前を呼ばれた。

「クンツ!開いたらどうするんだよ!」
「開かなかったから問題ナシ」
「お前な……」

「うげっ、苦し……何!」

フォスが身動ぎと共にやっと目を開いた。とろりとこぼれ落ちそうな大きな瞳とクンツの薄菫色の目とがかち合う。相変わらず美しい目だ。この色を好む月人の気持ちが少しだけ分かる気がする。彼らは殊更、中も外もフォスのように無垢で清らかなものが好きなのだ。

「クンツ……とモルガ」
「ついでか」
「こんな所で寝るな、月人に襲われても知らねえぞ」
「ああ、うん」

状況が掴めていないようでふにゃふにゃの声を上げたフォスにモルガがもう一度名前を呼ぶ。そして先生が呼んでたと思い出したばかりの用事を伝えた。……たった一言で終わった用事に眉を吊り上げる。

「そんなことかよ」
「そんなことって」

クンツにしてみれば、つまらない伝言で他の見回り組に遅れをとったのだ。学校に戻るのが遅くなって文句を言われるのは自分だというのに。これだからモルガは、心の内で悪態をつき首をかしげるフォスを見下ろす。

「なんだろう」「さあな」
「どうせまたやらかしたんだろ」
「あーフォスだし」
「フォスだしな」

「失礼ね!」勢いよく起き上がって立ち上がったフォスに悪い悪いと言うと、誠意が感じられないだとかで跳ね除けられてしまった。頭に綿毛ついてんの教えてやんね。

「もしかして戦争に連れてってくれるとか」
「んなわけあるか」「調子乗るなバカ」

「ハハッ、優秀な君達も僕の中に渦巻く秘められた可能性には焦るとみえる」
「……腐れ落ちこぼれに可能性?」
「クンツ口悪い!」
「というよりお前まだ仕事してないのか」

「モルガ!」

残念だなと有り触れた感想が思わず口をついて形になりそうな時、第三者の声が隣のピンクを呼んだ。大分昔に先を走り去ったはずのゴーシェがわざわざ駆け戻って、下がり眉をますます顰めてそこに立っていた。当然だ、モルガの相方なのだから。今日はそこにたまたまクンツが組み込まれて三人組になっている。着いてこない二人に気付いたんだろう。「クンツも!」溜め息と一緒に吐き出された名前は前者よりも呆れを含んでいる気がした。どうせクンツがフォスを見つけてモルガを呼び止めた、とか思われてる。全くもって解せないと舌打ちした。

「なにやってんの!」
「言っとくが俺はモルガ待ちだかんな」
「……クンツが声かけたんじゃないんだ」
「ンなことしてみろ、ボルツに砕かれる」
「確かに」「確かに」「確かに」
「フォスは黙っとけ!」

口の端を少しだけ上げる嫌な笑い方をして声を揃えた三人(フォスは特に嫌な笑い方だ)に声を大きくすると、ゴーシェがあっと声を上げた。細い指が指す方角には、虚の岬。あそこは特に月人が現れやすい、つい最近もヘリオドールが襲われ連れていかれたばかりの場所。そこまで考えて身震いした。嫌な覚え方をした。

「予兆の黒点でたよ。まだ小さいけど」
「あそこは本当に多いな」
「好きなんじゃねえか、あそこが」
「良いから!先生に報告いくぞ」

ここから戻るのも面倒で気乗りしないがこのまま月人と戦うのも。複雑な表情を浮かべたクンツとは対照的にモルガが言った。とても嫌な予感がする笑顔で。

「三人で追い払おうぜ」

ほら見ろ、嫌なことだった。下がった眉がまたきゅっと吊り上がった。最悪なのは本当に?とかなんとか、乗り気じゃないふうのゴーシェも止めようとかそういった言葉を口にしないことだ。これは、間違いなく行く。「おごるな!」フォスの言葉に今だけは頷ける。むしろそれはクンツのセリフだ。驕るな!調子乗るな!そんな心中虚しくモルガに腕を掴まれた。

「やっぱり見回り止めてレッドの着せ替え人形になっとけば良かった……」
「今更だな、ほら行くぞ」

引かれて一歩二歩と歩いたところで思い出したように後ろを振り向いたモルガはフォスに意地悪な顔を見せて「さっさといけよ」と言った。つられて振り向いたクンツの目にはもはや見慣れたフォスの膨れっ面が映る。

「先生に怒られんなよ三半」

「うるせー靱性8級!」モルガとゴーシェが長い足で軽やかに走り出した所為でフォスの返事がよく聞こえなかったのが残念だと同じように地を蹴り上げながらクンツはほくそ笑んだ。

「クンツ何笑ってんの」
「アイツ頭に綿毛ついたまんまだと思って」
「言ってやれよ」
「タイミング逃した結果」

これから月人の前に飛び出すのだと考えると身体が震えてしまうから無理矢理にでも笑った。……クンツにはモルガのような自信も先生のような強さもボルツのような強度もイエローダイヤのような俊足も、何もないのに。

花骸