一見神々しさすら感じさせる光の奥で、空には見合わない深い黒がちかちかと覗いている。どんどん大きくなっていくそれをモルガは強く睨み付けた。「来た」ゴーシェの呟きにぶら下げていた武器の柄を掴んで、鞘を後ろに放った。黒光りする刃はクンツの薄紫色の輝きを反射して静かに熱を持つ。
「いけそうだな」
「せめて先生に知らせるべきだった」
「まだ言ってんのかよ」
「雷落とされんのはごめんだっつってんだ」
「ご愁傷さま」「くそっ」
鞘を落とした二人は姿を確認出来るまでに近付いた奴らから決して目を離さずに軽口を叩く。クンツも、いつでも手に握った長い獲物を振るえるように身構える。色の薄い花びらの舞うなか、ギリッと弓弦のしなる音が、鈍く光る矢先が三人に集中する。
そして張り詰めた弓から矢が放たれた。
「クンツ開くなよ」
「お前らもな」「フォスじゃあるまいし!」
軽々と振り払った剣で第一波を叩き落とす。ひっきりなしに射たれる矢はまるで雨のように刃の上で砕けて散らばり、辺りの草の上に落ちる。振りかぶったゴーシェが放たれた第二波を全てへし折る。矢に紛れてゴーシェを狙った槍を斬り払ってちっとも収まらない猛攻にふう、と息をついた。
「ありがとクンツ、助かった」
「貸し一つな」「……最悪」
「俺は最高の気分だぜ」
飛び交う矢が収まった一瞬。いやらしい笑顔を崩さない奴らに隙が出来た。矢を躱して着地したばかりのモルガを振り向いてクンツは叫んだ。思わず声も大きくなる。彼は今まさに助走をつけて走り始めたところ。再び飛んできた矢を斬り伏せ、ゴーシェの剣が月人目掛けて真っ直ぐに伸びた。
「モルガ!行け!」
モルガが地を蹴る。切っ先を強く足掛かりにして飛び上がった、彼のピンクの髪が風に浮く。袈裟懸けに振り下ろされた剣は滑らかに月人の顔を斬り落とした。これで奴らは霧散して散り散りに消え失せる……筈だった。
「えっ」「えっ」
「バカな」
月人は今だそこにいる。
「どうして、霧散しない」
「……気持ち悪い」
蕩けて滴る傷口はまるで腐っているみたいに穴だらけで僅かに覗く口元は笑ってる。何が可笑しいのか、クンツはやはり気味が悪い奴らだと背筋が冷たくなった。そして気付く。たくさんの穴の中から伸びてきたのは幾本もの矢。その矢先には美しく澄んだ金色の、
「ヘリオドールだ」
「あんなことに使われて」
「丁度良い」
モルガの歪んだ唇が、我先にとつがえられたヘリオドールの矢先の前に飛び出した。続いてゴーシェ、クンツ。
「一片残らず取り戻す」
矢だけをへし折って無防備な欠片に戻ったそれに、クンツが手を伸ばした瞬間。
「クンツ!!」
ゴーシェの声も遅かった。また飛んできた矢が、煌めくヘリオドールが、クンツの弱った片手首を砕いた。
「なんで」
罅からどんどん開いて最終的に手袋から零れた輝く破片が草の上に落ちる……力無く転がる腕。砕けた衝撃で開いたところから罅が大きく広がる。クンツの動きが止まり、またすぐにその場から後方に飛ぶ。一拍遅れて矢が地に突き刺さった。どうして手を貫かれるまでに叩き落とすことが出来なかったのか。不覚をとった。
注意をクンツに向けたモルガとゴーシェにも矢は迫り、そして容易くぶつかった。
「くそっ」「二人ともまだ大丈夫そうか?」
「さっきの矢より早くて強い」
「ヘリオドール相手じゃ俺なんか簡単に開く。ただでさえフォスの時にはもう罅が入ってたってのに」
「先に言え!」「クンツのバカ!」
「なんとでも言えっ、これで矢はこっちのモンだ!」
幸いにも片手があれば剣は振るえる。モルガは肩から腕が開いて綺麗に落ちた程度だったが、ゴーシェは太腿からぱっきりと細かく開いていた。無理に動かすと他の場所にまで罅が入る。これでは戦えない。
「ゴーシェはそこで矢を防いでろよ」
「ヘリオドール持ってて」
「そんな!二人だって片腕じゃうまく力入らないでしょ!」
「まあそのうち誰かが気付くはずだし」
もうじき念願の原石が手に入ると確信しているのか、弓を持たない月人は手を取り合いにこにこと嬉しそうに開いたところから覗く色とりどりの輝きを眺めていた。たまにモルガやクンツを指差してはまるであの色が良いと品定めしているかのよう。酷く目を吊り上げたクンツの怒りが辺りに滲む。それは他の二人も同じこと。
「誰がテメーらの装飾品になんぞなるか」
「おとといきやがれー!」「なにそれ」
「とんでもねえ悪口だって落ちこぼれが」
「まじか」
「落ちこぼれ、恐ろしい子」
こんな状況にも関わらず二人は月人相手に軽口を叩いている。粉々にされるんじゃとおろおろしながらゴーシェは気が気じゃなかった。足がなくなった今、彼には祈ることしか出来ない。頼むから余計なことはしてくれるなよ、と。
「消し飛ばしてやる」
「クンツには負けないからな」
「どうだか」
そんなことを言っている間にも奴らはまた武器を構えて攻撃の手を休めない。やたらと好戦的なことばかりのたまっていた二人も、やはり片腕が欠けた状態で一人を庇いながらというのはあまりにも無謀であったとすぐに後悔することとなる。
気付けば剣は離れた場所に突き刺さり手も足も砕かれた三人の身体は草原の上に無造作に投げ出されていた。月人達が砕けたクンツの手やモルガの腕やゴーシェの足を持ち上げたり光を反射させている。まるでどの輝きが一番美しい首飾りや頭飾りになるか話し合っているかのようだ。
「くそっ……」
「折角ヘリオドールが取り戻せたのに」
モルガの悔しそうな声を聞きながらごろん、と身体の向きをうつ伏せにする。閉じていた目を開くと……あ、うそっ、やば。指を鳴らしただけで意図もたやすく霧散していった月人。がしゃがしゃと支えを失った破片達が乱暴に地面に落ちた。もっと粉々になっただろうが、今はそんなことどうでもいい。
「先生」「先生」
「ボ、ボルツ……!!」
月人からダイヤを庇うように立つボルツの眼光が剣のようにクンツを真っ直ぐに射抜いていて思わず声が震える。ピキッと罅が広がった幻聴が聞こえるようだ。いや、聞こえた。
「粉にされる……絶対に……!」
「その前にもっとヤバい人がいるだろっ」
「敬老の、精神か」
びくびくっと肩が震えてボルツから目を逸らすと今度は湧き出る険しさを表情に刻んだ先生の一言が突き刺さる。切れ長の瞼を薄く持ち上げた目が冷たく此方を見据えている。「まずい!下がれ!」ジェードがぎょっとして素早く全員を退避させる。三人の身体が動いていたら真っ先にこの場から逃げ出していただろうが、生憎と四肢が砕けたこの身体では小さな身動ぎが限界だ。
「早いわバカモノ!!」
ぱきん。
花骸