薄荷色がせっせと手を動かしているのを見かけて思わず立ち止まる。珍しいこともあるもんだ。万年役立たずのフォスが。あんなに真剣に……そういえば、先生から博物誌製作を任されたとかなんとか、しかし戦いたがってた彼がそんな仕事を嬉々としてこなすとは到底思えなかった。「もっと派手でカッコいい仕事がいい」「例えば?」「そう、例えば戦争で襲いくる月人をちぎっては投げちぎっては投げ」「救いようのないクズだな」つい最近交わしたフォスとの会話を思い出しながら、こっそりと足音を立てずに接近してみた。
「じゃあまず、クンツはー」
こいつは何を書く気なんだ。いやまず、博物誌とは個人のことまで細かく記録するものなのか。
「紫と白の性悪」「……」
「高飛車」「……」
「たまに優しい」
「同じくらい脆い」
「あと口汚い」「おいコラ」
驚くほどの早さで振り向いた。その早さを他のことに役立てれば良いのにと思うのはきっと俺だけではない。絶対に。
「博物誌ってのはお前の悪口集か?三半のフォスフォフィライト様」
「あっ!」
勢い良く引ったくった博物誌(仮)をパラパラ捲る。白紙、落書き、白紙、俺の悪口、白紙……。嫌がらせか?そのまま隣の椅子を引いて腰掛ける。
「僕の仕事!」
「取らねーよ、俺にはちゃんとした仕事があるんだから」
「クンツも僕と同じ雑用なのに」
「減らず口」
ぎろりと睨み付けるとフォスは慌てて両手で口を塞いだ。「武器も持てないお前とは違うんだよ、ばか」いっつも余計なことばかりぺらぺら喋って肝心な時には使えない駄目な奴。だから皆から役立たずのレッテルを貼られているというのに。
「そんなこと言うなよー、クンツは僕の数少ない落ちこぼれ仲間じゃん」
むっと唇を尖らせ摘まんでいた紙束を取り返して胸の前で抱き締めると、悪い顔(まるで"ヤブ"と言われた時のルチルだ)でそう言った。頭にきた。「チッ……」しかし殴るのはなんとか思い留まる。コイツを粉々にして悪い顔をした名医とボルツにこっぴどく叱られるのは俺だ。フォスは怒られるどころか放置だろう。理不尽。
「ロクなこと書いてないな」
「事実だし」「やっぱり」
「ごめんなさいごめんなさいっ」
手袋を引き抜いた手を顔に近付けると馬鹿みたいに素直に謝罪を口にした。コイツ、本当に一言も二言も三言も多い。
「派手でカッコいい仕事がやりたいなんて思ってるんだろ。やる気ないなら止めろ」
「違う!これからやるの。ぱっぱと終わらせて先生や皆に僕の優秀さをアピールすれば戦争に参加させてもらえるかも」
「それはないわね」
「なんでさ!」
期待に満ちた言葉をバッサリ切る。そんなことは万が一、いや億が一にも有り得ない。フォスが見回りで月人と戦えるんだったら自分だってボルツ並みの強さになれる。うん、有り得なさ過ぎて笑えてきた。
「本当に救いようがないなバカ」
「さっきからバカバカ煩いっての!」
だって本当のことなんだから仕方ない。
「なにさなにさ!クンツなんてダイヤとボルツに可愛がられてるってだけで、お情けで見回りに連れていってもらえてるクセに!」
「俺はお前と違って他の仕事だって真面目にこなして努力してるから先生が許可してくれてるんだ。悔しかったら服飾のモデル以外にも仕事見つけてみろよバーカ!」
「ンまあーっ可愛くない!!性格ブス!」
「ふんっ、言ってろ!」
あまりにも生意気なものだから、後ろに「今からフォスに悪戯します」と顔に書いたモルガがいることは教えてやらない。
「いぎゃあぁっ」
そう経たずしてフォスの悲鳴が響いた。
花骸