邂逅


 好きな人、って、なんだ?
 胸がどきどきするって、どんな感覚?

「なまえちゃん、今日もありがとう。また連絡するね」
「…はい」
「これ、タクシー代と、今日の分」

 いち早く身を整えた彼は、鞄の中から札束を掴んで、一糸まとわぬわたしに何の躊躇いもなく差し出した。どうやら明日の朝は早いようで、泊まることはできないそうだ。そんな日にわざわざ呼びつけなくても良いのにという小さな文句は腹の奥に追いやって、札束を受け取った。

「ホテル代はここに置いておくね。一応多めに置いとくけど、あんまり長居して延長取られないようにね」

 それじゃ、と、心做しか数時間前よりもすっきりとした表情で身を翻し部屋を出ていく。わたしより15も年上のサラリーマン。出会いのきっかけはどんなものだったかはあまり覚えていない。わたしから求めたわけでもないのに、この行為に対価が発生したのも、いつからかは覚えていない。今のところわたしに損は無いのでいつも文句は言わないけれど、いつ「金を返せ」と態度を一変させるか分からないので、頂いたお金は全て手をつけずに銀行に預けてある。ここまでしっかりした女、いないんじゃないかな?まるで離れたところから自分を見つめているかのように他人事に思いながら、床に散らばる服を手繰り寄せ、帰宅の準備をした。

 わたしはいわゆる、性依存症、というやつらしい。小さい頃に親が離婚をしてから母腕ひとつで育てられたものの、母は四六時中稼ぎに出ているものだからわたしの相手なんてろくにしてくれなかった。子供ながらに感じていた寂しさが募り募って、やがて、性行為をすることでその寂しさを埋めるようになった。べつに、恋をしていないと頭がおかしくなりそうだなんて、そんなものではない。現に、彼氏なんてろくにできたこともない。できたとしても、思うようにわたしの気持ちが満たされなくて他の男に縋っては、浮気だ淫乱女だと罵られてすぐに捨てられる。その通り過ぎてなにも言い返せないけれど、わたしだって好きでこうしてるわけではないのだから、傷つく心もあって。そんな経験をしてからは、自衛のためにも特定の相手を作らなくなった。体内でビタミンを生成し触れたものにそのまま栄養を与えることの出来る個性のおかげで、滑らかな美肌とそれなりの美ボディを保てているわたしは、どうやら男性にとっては大変魅力的なものらしい。神のいたずらも、ここまで来るとタチが悪いと思う。

 終電が無くなる前にホテルを出た。駅近くの繁華街は飲んだくれたちで溢れていて、上手くいけばもう一人くらい引っかけられそうだな、なんてあらぬことを考えながら歩いていると、思惑通り、近くにいた男性2人が声をかけてきた。

「お姉さん、今帰り?ホテルから一人で出てくるなんて、やらしいね」
「俺らともどう?何なら良いクスリもあるよ」

 前言撤回。クスリなんて、わたしが一番手を出したくないものだった。

「ホテルはバイト先なんです、あとクスリは興味ありません、他当たってください」

 厭らしくニヤついた男二人から逃げるように足早にその場を離れるが、上手く逃げられないのがこの世の性。腕を強く掴まれて行く手を阻まれ、振りほどこうにも圧倒的な力差を前になす術がない。

「やめ、て!離して、」
「大丈夫、すぐきもちよくなれるから」

 人気のない路地裏まで手を引かれ、息を荒くした男はポケットから怪しい粉の入った袋を取り出した。やばい、やばい、あれを飲んだらわたしはたちまち犯罪者の仲間入りだ。顔を背けようにも、もう一人の男に押さえつけられてしまって抵抗ができない。感じたことの無い嫌悪感によって鳥肌が止まらない。
 お願い、誰か助けて。
 心の中でそう叫び、目を固く閉じた瞬間、鈍く激しい騒音と共に、わたしを拘束していた男の手が離れた。

「痛っ……何だ、てめぇ!」
「プロヒーローだ。何だはこっちのセリフだよ、若い女に無理矢理薬物飲ませようなんて、合理的じゃないな」

 少し気だるげな、低い声。何処かで聞いた事のあるようなその声に恐る恐る目を開けると、そこには、先程までわたしに迫っていた男二人を拘束具で抑える男性−−プロヒーロー、イレイザーヘッドがいた。
 ふっと全身の力が抜けて、その場にへたり込む。らしくもなく、手の震えが止まらない。男達をしっかり拘束し、警察への通報を済ませたイレイザーヘッドは、徐ろにわたしに歩み寄ってきた。

「怪我は」
「……ない、です…あの、助けて頂いて、ありがとうございました」
「これが仕事なんで。……立てますか」

 俯いていたせいでイレイザーヘッドの足元しか映っていなかったわたしの視界に、男性特有の大きな手が差し伸べられた。この手を取って立ち上がって良いものだろうか。だって、この手を取り、立ち上がってしまったら、もしかしたら。……でもわたしは彼の担当の科ではないし、上手くやりすごせるかも。恐る恐るその手を掴んで立ち上がり、あまり顔を見られないように俯いたままでいると、案の定怪訝に思ったらしい彼がわたしの顔を覗き込む。長い黒髪の隙間からのぞく三白眼。個性を宿すその瞳が、わたしは、こわかった。

「………あんた、もしかして、雄英生か?」




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