01_ヒーロー科

「今日発売のティーンズ見た?“ハル”ちゃんすっごい可愛かった!」

一瞬息が止まるかと思った。
教室の一番後ろの席で麗日お茶子が他の女子たちに囲まれながら楽しそうな口調で話していた。

「みたみた!ほんといいよねー何着ても似合ってるし」
「最近だと歌手デビューもしたってニュースでみたわ」
「私CD買う!」

彼女たちの話す“ティーンズ”とは10代の女の子、特に中高生向けのファッション雑誌である。その雑誌の専属モデルであるのが“ハル”という少女だった。中学生のときにデビューして以来ティーンズの看板であり、最近ではモデル業のほかに歌手活動を始めたり、ラジオ放送を始めたりと今一番人気のあるモデルであった。
わたしは深呼吸をして教室のドアを開けた。
ちょうど昼休みだったため教室は賑わっており、わたしが入ってきたことにほとんどの生徒は気づいていなかった。
一番後ろのはみ出た自分の席に足を進める途中で楽しく喋っていた女子たちが視線をこちらに向けた。

「あ!心晴ちゃんおはよう!今日は遅かったんやね」
『う、うん。ちょっと朝から家の用事があって』
「ご家庭大変ですの?よくお休みや早退されてますけど…」
『大丈夫…だよ!そんなに大したことじゃないから』

言葉を少し交わしてお茶子の後ろの席についた。前の席のお茶子ちゃんを囲んでいた女子たちは、うしろの席のわたしも輪に入れるように向きを変えた。
お茶子ちゃんも体の向きをうしろにかえた。

「心晴ちゃんもみた?今月のティーンズ!」
『うん…みたよ』
「ハルちゃんすごい可愛かったよね!同い年とは思えん」

ティーンズとハルの話題で盛り上がっていると斜め前の席に座っていた切島くんと上鳴くんが近寄ってきた。

「なになに?ハルの話??」
「そう!今月のティーンズ、ハルちゃんが表紙なんよ」
「ハルって切島、お前ファンじゃなかったっけ」

上鳴くんの言葉に思わず目線を切島くんへ向けてしまった。
言うなよ。と言うように少し恥ずかしそうに照れていた。

「意外ね。切島ちゃんも女の子に興味があったなんて」
「切島も男だからな。お年頃なんだよ」
「うっせぇぞ上鳴。お前には言われたくねぇわ」

否定しない様子の切島くんに内心喜んでしまった。
そっか、切島くんはハルのファンなんだ。
思わず顔がにやけてしまいそうになり、慌てて両手で口元を隠した。
その後予鈴が鳴りそれぞれの席へ戻って行った。席に戻る切島くんを自然と目で追ってしまう。
席についても前の席の上鳴くんとおしゃべりをしている。わたしもあんな風に喋れたらいいのにといつも思うが、実際に行動に移すことができないでいた。実際、切島くんとまともに話したことはほとんどない。どんな相手にも平等に優しく接してくれるのだが、どうしても面と向かってしまうと緊張して話すことができなかった。そんなわたしが想いを寄せているなんて知りもしないだろう彼は、相変わらず楽しそうに喋っていた。

放課後、教科書を鞄につめていると前の席のお茶子ちゃんが体をこちらに向け話しかけてきた。

「心晴ちゃんこれから暇?一緒にお茶しにいかん?」
『ごめん…今日はこれからちょっと用事があって…』
「そっかー。用事あるんやったら仕方ないね。また今度いこ!」
『うん。ありがとう』

週に2、3度こうして放課後に誘ってくれるのだが一度も誘いを受けたことがなかった。誘いを断る度に悪い気がして胸が痛くなる。だけど何度も誘ってくれることがすごく嬉しかった。気にしないでいいよ、といつも言ってくれることが逆に申し訳なくなる。
スクールバックを肩にかけ立ち上がり教室を出ようとしたとき、廊下から入ってきた人とぶつかった。

「うぉ、わりぃ大丈夫か?」

顔をあげるとそこには切島くんが立っていた。突然のことに心の準備ができておらず言葉がでてこない。慌てて首を縦に振ると切島くんは、そっか、と呟いた。

「また明日な来栖!」

名前を呼ばれたことに驚いて、思わず顔をあげ切島くんをみると眩しい笑顔で手を振っていた。
頬に熱が集まる。それを隠すようにわたしは駆け足で教室を去った。

『また明日…か』

さっきの切島くんの声が脳内で何度も繰り返される。切島くんにとってはただの挨拶にすぎないけれど、わたしにとっては今日一番の嬉しいことだった。
幸せな気持ちのまま気づけば学校から少し離れた公園近くまで来ていた。公園の前には黒い車が停まっており、運転席から女の人が出てきた。

「遅いわよ。もう、連絡もしないで」
『ごめんごめん。ちょっと授業長引いちゃって』
「さ、早く乗ってちょうだい。今日は撮影2件と取材1件あるんだからね」
『はーい』
「あと、車の中で髪はある程度直しなさいよ」

停まっていた車に乗り込みわたしはつけていた眼鏡を外し、かぶっていたウィッグを取ると金髪の背中までかかる長い髪を少し整えた。

「向こうに着くまで寝てなさい。朝も撮影で疲れてるんだから。“ハル”」