10_演習

1時間目は個性を使うことが許される対人訓練の授業。
1対1で制限時間内に相手をダウンか捕縛できれば勝ちというルールで行われる。
組み合わせはくじ引きで決まった。
運があるのかないのか、私の相手は…

「よろしくな、来栖!」
『よ、よろしく。切島くん』

今までまともに参加出来なかった授業だったため、ただでさえ緊張しているのにその相手が切島くんだなんて。
訓練だとわかっていても緊張は増すばかりだった。
訓練場は住宅街を模した所や森の中、廃屋のような建物内などさまざま用意されており、これもまたくじ引きでランダムに決まった。
わたしたちの演習場所は屋外で、建物が崩れたような瓦礫があちらこちらに散乱している荒地だった。
おそらく救助訓練のときに使われる場所なのだろう。
安定した足場がなく、移動するも難しい。

「こりゃ戦い難い場所だな」

近接系の個性をもつ切島くんにとってはまさにその通りだった。
しかし、わたしにとってはチャンスだった。
わたしの個性は風操。書いて字の通り風を操る個性だ。
ただし自分で風を生み出すことはできないため、自然に吹く風の強さを変化させたり流れを変えたりするため、風のない屋内ではまったく使えない。
だがここは屋外で風もそこそこ吹いているし、なにより中・遠距離個性なため足元が悪くても関係ない。
わたしにとっては好条件がそろっている。

「来栖!手加減はしねぇからな!」
『わたしこそ!』

それぞれのスタート位置に立つと、数秒後には開始の音が響き渡った。
音が鳴るのと同時に切島くんは飛び出してきた。

「先手必勝!」

全身を硬化させているとはいえ足元に瓦礫が散乱しているため十分に目で追えるスピードだった。
タイミングよく風が吹き、わたしは両腕を広げ勢いよく体の前で交差させた。
うしろから吹く風が鎌鼬のようになり切島くんに襲い掛かる。

「くっ。やるな来栖!けど負けねェ!」
『もう一度っ!』
「させるか!」

硬化した腕で鎌鼬を防ぐと、そのまま突進してくる。
慌てて避けるが足元の瓦礫でバランスを崩しよろけてしまった。

『いっ…』
「チャンス!」

しかし風が再び吹き始め、バランスを崩しながらも片手で風を強風に変えた。
台風のような竜巻が起こり、地面に落ちていた瓦礫を巻き上げた。
辺りが砂煙に包まれ互いの姿が見えなくなった。
自分でもうまくコントロールができず、目を開けていることができない。
竜巻がおさまり切島くんの姿を探すと少し先に尻餅をついて個性を解いている姿を見つけた。

「へへへっ」
『…?』

ニヤッと笑う切島くんをみてふと手に違和感があることに気づく。
右手をみれば捕縛テープがしっかりとまかれていた。

『いつの間に…!?』
「さっき竜巻が起こる直前にな!」
『そんなぁ…』

終了の合図が鳴り響き、切島くんの勝利となった。
その後、全員の試合が終わり各々先生からアドバイスをもらい午前中の授業は終了となった。
それぞれ制服へ着替えるため更衣室へと移動していく。
わたしもみんなに続くように足をゆっくり進めようとしたときだった。

「おーい、来栖!」

後ろから切島くんの声が聞こえた。
振り返れば小走りでこちらへ向かってくる切島くんがいた。

『お、お疲れ様!』
「おう、来栖もおつかれ!昼飯奢る約束してただろ。着替えたら一緒に食堂行こうぜ」
『うん…わかった』
「……」

返事をしたあと切島くんが急に黙ると、じっとこちらを見つめてくる。
見つめられたことによって頬に熱が集まる。
表情を変えない切島くんはしばらく見つめた後しゃがみこんだ。

「来栖…もしかして怪我してねェか?」
『え?そ、そんなことないよ!全然ほら…っ!』

足を動かしてみせようと右足をあげると激痛が走った。
思わずふらつきそうになったわたしを切島くんが支えてくれた。

「大丈夫じゃねぇじゃん!…すげぇ腫れてる。もしかしてあのときか?」

バランスを崩して倒れかけたとき、受け身を取ろうとして体制をなんとか変えようとして足首をひねった。
足首は色がかわり見てわかるほどに腫れていた。
これは仕事にも影響してしまうかな、とか考えていると突然目の前で切島くんが背を向けてしゃがんだ。

『え?』
「ほら、早く乗れよ。保健室いってリカバリーガールにみてもらおうぜ」
『乗れって…大丈夫だよ!歩けるから!』
「無理すんなよ。動かすだけでも痛いんだろ」

切島くんのポーズはおんぶをする体制のままで、乗るまでは動いてくれなさそうだった。

「お姫様抱っこのほうがいいか?」
『お、おんぶで!』

頬の熱は冷めるどころか、いっそう熱くなる。
覚悟を決めてゆっくりと体を切島くんの背中に預けた。
抱きつくように手を前で組むと、ゆっくりと切島くんは立ち上がった。

『お、重いでしょ…』
「全然。むしろ軽すぎるだろ!もっと食べたほうがいいぞ」

切島くんの背中はすごくあったかくて安心した。
心臓の音がバレていないだろうかと思いながら、わたしは切島くんにしがみついた。