03_切島くん

中学3年生の秋、いつもどおり撮影を終えて自宅へ帰るときだった。
マネージャーの車で自宅まで送ってもらうことが多かったが、今日は歩いて帰りたい気分だったためマネージャーに断りを入れて1人で帰ることにした。ばれないように帽子を深くかぶり、メガネをかけてマスクも付けた。
夏に比べて日が落ちるのも少し早くなったが、まだ明るさは残っていた。
帰り道は人通りが少なく静かで、時折鳥の声が聞こえたりするぐらいだった。

『(あれ?)』

うしろから自分以外の足音が聞こえてきた。それも歩くスピードもわたしに合わせるようにして。気のせいかとも思ったけれど、少し歩くスピードを速めると足音も合わせて早くなった。
振り返る勇気はなく、早歩きでとにかく曲がり角を曲がっていった。だけれど足音はぴったりとついてくる。
怖くなったわたしはたまたま目についたコンビニへ迷わず入った。
店員の声にホッとしながら、雑誌コーナーまで足を進めしゃがんだ。商品の隙間から外をみると、1人の男性がコンビニの前で立ち止まり中の様子を伺っていた。どうやら中に入ったのは見えたらしいが、しゃがんでいることには気づいていないようだった。

『(マネージャーに連絡しないと…)』

鞄の中を探るがスマホはどこにもない。ポケットにも入っていない。

『(そうだ…電池切れて事務所で充電したままだった…)』

このまま男がどこかへいってくれるのを待つしかない。けれどいつまで待てばいいのか分からない。もし姿が見えなくなっても、どこかに潜んでいるかもしれない。そう思うと怖くなって頭が真っ白になった。
店員に言って電話を借りればいいとも思ったが、それには事情を説明しなければいけない。モデルがストーカー被害にあったなんて大事にはなりたくない。それにもしこれがわたしの勘違いだったなんてあれば、唯一の生きがいのモデルの仕事もなくなってしまう可能性だってある。
鞄を抱えたまましゃがみ込んでいると突然肩を叩かれ、肩がびくっと跳ね上がった。

「あ、あの…大丈夫っすか?ずっとしゃがみこんでるし…顔色もよくないですけど…」

横から声をかけてきたのは黒髪の同い年ぐらいの少年だった。制服を着ているその少年は心配そうに顔を覗き込んだ。

『あ、あの…』

この状況を説明しようかと思ったが口が詰まった。
見ず知らずの人間にストーカーに合ってるかもしれないなんて言われたらどう思うだろう。ましてや同じ中学生ぐらいの少年にこんなことを言っても困らせるだけだ。
それにこの少年を巻き込むわけにはいかない。頭の中で考えていると少年はしゃがみこみ、わたしと目線を合わせた。

「なんかあったんっすね?言ってください。役に立てるかはわかりませんけど…」

彼の目を見てわたしはさっきまでの考えが一瞬にして消えた。
すごく誠実で正義感のあるその瞳がわたしを安心させてくれた。彼は目線を逸らすことなく、わたしが喋るまで黙って待っていてくれた。

『あの…実は…』

彼なら助けてくれるかもしれない。何とかしてくれるかもしれない。
どこからか湧いた期待にすべてを話した。

「ストーカーっすねそれ。店の人に電話借りて通報したほうがいいと思うけど…嫌なんっすよね?」
『は、はい…』
「…じゃあ少し我慢してもらってもいいっすか?」
『え?』

突然立ち上がると、私の腕を引っ張り上げ立ち上がった。
外にいる男に見つかってしまう。思わず外を確認しようとしたが耳元で彼がささやいた。

「外見ないでください。全然違う方向見て、俺の会話に適当に相槌打ってください」

何を言っているのか理解できなかったが黙って縦に首を振った。
彼はニコッと笑うと、覚悟を決めた表情に変わりわたしの右手を握った。

『えっ』

そしてそのまま適当に肉まんを1つ買い、半分を私に渡してきた。
渡したあとも手は繋いだまま、外へと出た。
少年は私が男を視界に入れないように男側に立ってくれていた。

「やっぱりコンビニの肉まんうめぇよな!冬近づいてくるとどうしても食べたくなる」
『そ、そうだね!』
「次は豚まんも買って半分ずつしようぜ」
「うん!」

自然な中学生のカップルのような会話をして男の横を通り過ぎる。
震えていた手を彼はしっかりと握ってくれて、リードしてくれるように会話をもりあげてくれる。

「でも誰にでもこんなことするなよ?」
『う、うん!もちろんだよ』
「まぁお前に手ぇ出そうとするやつは…俺がただじゃおかないけどな」

一瞬彼が違う方向に目をやった。おそらく男の方だろう。
少し雰囲気が変わったがすぐにまたニコっと笑い、そのまま足を進めた。

どれくらい歩いたかは分からないけれど、うしろから足音は聞こえなくなった。

「ふー。流石にここまできたら大丈夫だと思うっすよ」

恐る恐る後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。

「恋人のフリ作戦成功ってことで」
『恋人のフリ作戦…?』
「男がいればさすがに諦めてくれるかなーと思って。それでもついてきてたら流石にビビるっすけど…ってああ!!」

繋いだままの手に気づいた彼は慌てて手を放した。
2,3歩後ろに飛び退くと、頬を赤らめて頭を下げていた。

「す、すいません!!いきなりこんな…手つないだりしちゃって…」
『いえ!全然大丈夫です!むしろ…ありがとうございました。見ず知らずのわたしを助けてくれて…』
「助けるのに見ず知らずも関係ないっすよ!」
『え?』
「困ってたら助けるのが当たり前です!それがヒーローなんで!」

プロヒーローは今までテレビで何度か見たことはあったけれど直接関わったことは一度もない。
だけどきっとヒーローってこんな人のことを言うんだろうなと思った。
どんな人でもきっと困っている人がいれば真っ直ぐに向かっていって助けるんだろうな。

「といってもまだヒーローの卵にもなれてないんっすけどね」
『なれますよ!すごくかっこよかったので…絶対ヒーローになれます!』
「お、おう!そういわれると自信でてきた」

そのあと大通りまで出てタクシーを拾った。
彼は家が近くだからとタクシーには乗らずわたしだけが乗り込んだ。

『あ、肉まんのお代…』
「あぁそんなの気にしないでください。俺も食べたかったんで」
『で…でも…』
「んー…もし気になるなら次会ったときに豚まん半分こしましょ。それでチャラってことで」

彼はニコッと笑った。
タクシーがゆっくりと動き出す。動き出してから一番聞かないといけないことを思い出し、窓を開け顔を出した。

『な、名前!!』

だんだんと小さくなっていく彼に叫んだ。
車の音が響くなか、その声ははっきりと聞こえた。

「切島鋭児郎」