04_雄英に

あの出来事から必ずマネージャーの車で帰ることになった。
切島くんと別れた場所の近くを通ると、もしかしたらいるんじゃないかと外を見て探してしまう。
どこの学校の生徒かも分からない。唯一知っていることは最後に聞いた名前だけ。

『ヒーローか…』
「なに?ヒーローに興味でもあるの?」

思わず口に出てしまった言葉にマネージャーが反応した。
ヒーローになると言っていた切島くん。きっと高校もヒーロー科に通うんだろうな。

『この辺で一番有名なヒーロー科の学校ってどこ?』
「んー…そりゃあ雄英じゃない?」

“雄英”
そういえばこの間のラジオの収録で読んだメールのなかにも、雄英を受けるかどうかで悩んでいる内容があった。わたしは素直に思ったままを答えた。そのあと投稿者がどうしたのかは分からないけれど。

『…わたしも雄英受けようかな』
「え!?本気で言ってるの??」
『うん』

もしかしたら切島くんも雄英を受けるかもしれない。彼にまた会いたいという不純な動機かもしれない。けれどあの日の彼のかっこよさ…ヒーローのかっこよさに魅了されたのも事実。偽った自分じゃなく、胸を張ってどうどうとしていられる人間になりたいと思った。

「モデルの仕事辞める気?」
『辞めないよ、両立するもん』
「そんな簡単なことじゃないわよ?雄英っていったら入るだけでも大変なのに」
『わかってる。だから努力は誰よりもする』

事務所やマネージャーに何度も説得されたがわたしは折れなかった。
雄英を受ける条件として、大きなけがをしないことや体調管理に気を付ける事などいろいろ言われた。
毎日仕事をする前と終わったあとには勉強をかかさず、移動中の車の中でも時間を無駄にしないために勉強した。
休みの日は個性の特訓もした。
頭の中には雄英を受ける事やあの日の切島くんのことばかりになっていて、中学の同級生の言っていた言葉は記憶の片隅に追いやられていた。
取材で高校について聞かれても、わたしは秘密を貫き通した。
ヒーローになるまでは黙っているつもりだった。
中学のときのような出来事を起こしたくないし、迷惑をかけたくなかったから。

気づけば季節は冬になっていて、受験の日を迎えていた。
筆記試験を受け、実技試験を受けた。
淡々と進む試験と緊張であまり試験内容は覚えていない。試験当日はウィッグと眼鏡をかけ変装して臨んだため誰もモデルの“ハル”ということには気づいていなかった。
個性の公表もしていないのもあって誰もわたしを気に留める人はいなかった。

数日後、合格通知が届き無事に雄英ヒーロー科へ入学することが決まった。
制服に袖を通し鏡を見る。撮影で着ることはたまにあったが、制服を着て学校へ行くことが久しぶりだったため少し緊張した。バレないように入試の時に使った黒の短髪のウィッグをかぶり、伊達眼鏡をかけた。
雄英教師には流石にモデルをしていることは伝えているが、騒ぎにならないようにと正体を伏せてもらうことにしていた。もちろんモデルだからといって特別扱いすることはない。

『1−Aか…』

大きな扉を開け中に入ると、まだ人はほとんどいなかった。
自分の席を確認して席につくと、また人が入ってきた。扉が開くたびに教室にいる生徒の視線が集まる。
次に入ってきたのは金髪に黒のメッシュが入った少年と、派手な赤髪の少年だった。

「お、席前後じゃん」
「まじだ!よろしくな切島!」

切島。
金髪の少年が赤髪の少年に向かって言った。わたしは思わずその彼を見た。あのときは黒髪に少し地味な感じの少年だった。右目の上についた傷痕や笑った顔、切島くんだ。
一瞬目が合った気がするけれど、恥ずかしくなってすぐに目を逸らしてしまった。
切島くんと金髪の少年は席についても楽しそうに喋っていた。
同じ学校、同じクラス。ドキドキが止まらなかった。


君は知らないんだろうな。
あの日助けた子がわたしだってことも、モデルをやってることも。
わたしが…想いを寄せていることも。