06_帰り道

 時間はあっという間に過ぎ、放課後になっていた。
チケットは相変わらずわたしの手元にある。結局切島くんとは一言も話すことすらできなかった。
視界では追ってはひとりになった隙に近づこうとしたが、すぐに誰かが切島くんの周りにやってきて近寄ることができなかった。
“ハル”でいるときは誰にでも話しかけにいけるのに、来栖心晴だと緊張して話すことができなくなる。

「あれ、心晴ちゃん帰らんの?」
『う、うん。ちょっと残ろうかなって…』
「そっかー。また明日ね!ばいばい!」

お茶子ちゃんは手を振って緑谷くんのもとへ駆け寄り教室を出て行った。
他のクラスメイトも帰る準備をすると、次々と教室をでていき教室はわたしだけとなった。
日も落ち始め夕焼けで教室内がオレンジ色に染まっていた。今日は久しぶりに放課後に仕事もなく放課後に教室にいることが初めてで新鮮だった。

『チケット…渡せなかったな…』

数日後に迫った握手会。明日は仕事が入っているため1日学校に来ることができないため、切島くんに渡すことができない。いっそのこと机の中に入れてしまおうか。そしたら明日登校してきたときに気づくだろう。でもちゃんと受け取ってもらえるだろうか。不審に思ってチケットを捨ててしまわないだろうか。いろんな考えが頭をよぎり迷っていると、教室の扉が開いた。

「あれ?来栖まだ残ってたのか」
『き、切島くん…!?どうして…』
「携帯机の中に入れっぱなしでさー」

机の中を探り携帯をみつけだした。一度画面を確認するとすぐにポケットにしまいこちらに近寄ってきた。

「来栖は?」
『え…えっと…ちょっと用事があって』
「そっか。そういえばさ、俺の勘違いだったらスゲー恥ずかしいんだけどさ、来栖さ俺になんか用あった?」
『へっ!!?』

思ってもいなかった問いかけに声が裏返ってしまった。
顔をあげてみれば、違った?、と首をかしげる切島くんが目の前に立っていた。

「何回かチラッと俺の方見てた気がしてさ。俺に話しかけたかったのかなーって。上鳴とか近くにいたから話しかけにくかったのかと…。勘違いだったらほんっとごめん」

バレてた。確かに話しかけるタイミングを見計らって何回かチラッと見ていた。
だけど見てたのはどれも一瞬だったし、すぐに逸らしたから目が合うこともなかった。
そう思っていたことがバレていたことを知り急に恥ずかしくなり、頬が一気に熱を帯びた。

『勘違いじゃない…です。切島くんに話したいことあって…』

鞄にしまい込んでいたチケットの入った封筒を取り出し、両手で差し出した。
急に差し出された封筒に驚きながらも、切島くんは両手で受け取ってくれた。

『それ渡そうと思って…』
「えっと…中、見てもいいか?」

縦に首をふるのを確認してから封筒を開けた。
中に入っていたチケットを取り出すと、切島くんが声を出して驚いた。

「これ!ハルの握手会のチケットじゃん!?え、これ…俺に?」
『うん。たまたま知り合いの人が当てたんだけどその日いけなくなっちゃって、切島くん行きたいって言ってたから』
「マジで!?本当にいいのか?」
『うん』
「ありがとう!来栖!!」

切島くんの顔が一気に明るくなった。つられるように自然とわたしまで笑顔になってしまう。
受け取ったチケットをかざしてみてみたり、何度もチケットを眺めていた。

「あ、そろそろ帰ろうぜ。もうすぐ日が落ちるし」
『う、うん!』


学校を出る頃には日が落ち、気が付けば外は暗くなり、街灯の電気がつきはじめた。
無言のまま切島くんの隣を歩いていた。何か話題を作らないと、と頭をフル回転させた。

『切島くん“ハル”にどうしても次の握手会で会わないとって言ってたけど…どうして?』
「あー…実は雄英に入学するかどうか悩んでた時にさ、なんとなく聞いてたラジオに相談のメール送ったら読まれて、アドバイスくれたんだよ。それが“ハル”だったんだ」

そうえいば中学3年の秋ごろにそんなメールを読んだことを思い出した。
たしかペンネームが“烈怒頼雄斗”だったか。切島くんに助けられてすぐのことだったので、ヒーローについてのメールはよく覚えている。ただ自分がどんなことを言ったのか覚えてはいない。

「“失敗しない人間なんていない。失敗して後悔してもいい。同じ失敗をしないための勉強になるんだから”って。同い年なのにスゲー大人にみえてさ」

そんなこと言ったっけ…。
自分で言っておきながら改めて人に言われると恥ずかしくなる。
それでも自分の言葉が誰かのためになったのならすごく喜ばしいことだ。

「それでちゃんとお礼言いたかったんだよ。番組のお便りメールだと読まれるかも分からないからさ」
『そうだったんだ…』
「“ハル”が好きだから会いたいってのもあるけどな!」

少し照れながら話す切島くんは、いつもの漢らしさとは反対に可愛く見えた。