09_好きな人

握手会の翌日。
撮影や取材の仕事も落ち着き、朝から学校へと登校することができた。
早く家を出たため学校には登校してきている生徒はほとんどいなかった。
いつも人が集まっている教室に入るのに、今日は誰もいない教室に一番乗りで入るのはなんだか新鮮だった。
自分の席につくと同時に教室の扉が開いた。

『あっ…』
「お、来栖もう来てたのか。おはよ、今日は早いんだな!」
『お…おはよう』

昨日会ったばかりの切島くんだった。
“ハル”のときも緊張したけれど、それ以上に素でいるときは緊張してしまう。
荷物を置いて切島くんは近くまでくると、前のお茶子ちゃんの席に座った。
2人しかいない教室に緊張で鼓動が速くなる。

「チケットほんとにありがとな!すげぇ楽しかった!」
『喜んでもらえてよかった。うまく伝えられたんだね?』
「おう!緊張してなんて言ったか覚えてねぇんだけど、でも!ハルが俺の送ったメール覚えててくれたんだよ!名前言ってくれてさ!」

嬉しそうに話す切島くんをみて、わたしもつられて嬉しくなった。
ほんの少ししか話せなかったけれど、こんなにも喜んでもらえると
静かな教室に切島くんの声はよく響いた。

『本当にハルの大ファンなんだね』
「あー…そうなんだけど…」

さっきまでの調子とは違い言葉を詰まらせた。
少し口ごもり、ちらっとわたしを見ると一度深呼吸をした。
その意味がわからず、首をかしげると切島くんは咳払いをした。

「俺さ、ハルの大ファンなんだけど…初恋の相手…でもあるんだ」
『えっ!!?』
「雑誌や画面の向こうの人だってことは分かってるんだ。実際の素の姿とか知らねぇけど…一生懸命なところが可愛くて、応援したくなって…気づいたら好きになってたんだ」

だんだんと落ち着きを取り戻していた鼓動が、また急速に動き出した。
切島くんの口からでた“好き”という言葉が耳から離れない。
しかしその言葉は“ハル”に向けられたもので“心晴”に言われたものではない。
もし“ハル”がわたしだって知ったらどう思うのかな。変わらず好きだと思ってくれるのかな。それとも好きじゃないってなるのかな。

「おかしい…よな。こんな初恋って。昔友達に言ったら冗談だろって言われてさ」
『おかしくない…よ。好きの気持ちに相手がモデルだからとかおかしいとか、ないと思う』

自分のことを言われているからかもしれない。
このまま“ハル”を好きでいてほしかったから、わたしなりに気持ちを伝えた。

「…そっか。そうだよな!つーか俺なんでこんな話してるんだろ…はずいわ」

話をしているうちに時間は進み、少しずつ他の生徒が登校してきた。
A組の生徒もちらほらと教室に入ってきては挨拶をしてくれる。切島くんと二人でいることに少し恥ずかしさを感じながらも挨拶を返した。
前の席のお茶子ちゃんが教室に入ってくると、切島くんは席を立った。

「あ、そうだ来栖!お礼に今日昼飯おごるよ!」

わたしの返事を聞く前に教室に入ってきた上鳴くんたちのもとへ行ってしまった。
交代するようにお茶子ちゃんが席にやってきた。

「おはよ心晴ちゃん!切島くんと何はなしとったん?」
『えっと…“ハル”のこと?』

お茶子ちゃんと話しながらもちらっと視界にはいった切島くんの顔が少し赤くなっていたように見えた。