凶報は寝て待たなくても来る

瑠迦が目を覚ましたのは昼を過ぎた頃だった。
低血圧で朝の弱いので、起きてすぐはベッドの上でぼんやりとして過ごす。それから10分から20分ほどでリビングへ移動し、皮張りのカウチ付き大型ソファーに座り、ゲームを大画面で楽しめるお気に入りの薄型テレビに電源を入れる。ここまでがいつものルーチンワークだ。
寝ぼけ眼で映し出された映像を見る。
そこに映し出されていたのは、冬木市の外れに近い場所にある自然公園であった。

それを認めた瞬間、眠気が吹き飛び、目をカッと見開く。瑠迦の脳裏に一連の出来事が蘇った。
ソファーから転がり落ちるように移動し、テレビの画面を食い入るように見つめた。
警戒線の張られ不穏な空気に包まれている自然公園と、周囲に野次馬が群がっている様子が映し出されている。紛うことなく昨夜の公園だった。
騒然となる風景をバックに、アナウンサーが早口で原稿を読み上げている。

『――頃、冬木市のXX自然公園で、隕石と見られる落下事故が起こった事件について……』

隕石落下事故という単語が寝耳に水過ぎて、内容が今一頭に入ってこない。
事故のあらましはこうだ。
昨夜公園付近で轟音と揺れが近隣住民を襲い、消防や警察に通報が寄せられた。駆け付けた警察が確認したところ、公園の一部がクレーター状に抉れ、悲惨な状況になっていた。一見すると隕石の墜落事故だが、肝心の隕石と見られる物は見当たらなかった。粉々に砕けてしまった可能性もあるとして警察が拾い集めた石を、相応しい研究施設へ送る手筈だという。ただ奇妙なことに、隕石らしき落下物はどの機器にも観測されていないらしく、奇怪な事件として一部の専門家やオカルトマニアなどが騒ぎ、波紋を広げていると報道は締めくくっていた。しかし、瑠迦にとってもっと重大な事実があった。

それは、事故の被害者としてワイプで抜かれ、画面に映し出されている人物だ。
運悪く隕石の落下地点にいた被害者は、昨夜瑠迦を追いかけていたストーカーだった。
暗がりではっきり顔を見たわけではないので断言できないが、瑠迦の勘がこの男だと告げている。
発見されたとき、男は既に事切れていたらしい。
男は運のない哀れな被害者として、アナウンサーたちから同情を買っていた。
誰も彼が不審者だとは考えもしないだろう。

得体の知れない悪寒が瑠迦の身を襲った。
昨夜から理解できない理不尽なことばかりが連続し、気が遠のきそうになる。

報道が次のニュースへ移ったのを確認し、テレビの電源を落とした。
眠りにつく前、起床したら今後のことをどうするか考えると決めていたが、理解が及ばないことだらけで考えることもままならない。
額を手で覆い途方に暮れていた時、タイミングを見計らったように玄関のブザーが鳴った。

こんな時に誰だと毒づきながら、インターフォンの前に向かう。
ボタンを押して相手を確認すると、コンシェルジュからだった。
そういえば、まだ面倒なことが残っていたと思い出し、辟易しながら瑠迦は通話を押した。

「はい、どうしましたか……?」
『申し訳ありません八神様、警察の方が八神様を訪ねてきているのですが……』
「……警察……!?」

瑠迦の声が裏返る。何故警察が家を訪ねてくるのかと一瞬驚愕するものの、思い当たるのは公園での出来事。
不審者から逃れる際、投げ付けた鞄がそのままであることを思い出す。
現場を警察が調べたということは、隕石によって鞄が判別できないほど粉微塵にでもなってなければ、遺留物として押収されたのは想像に難くない。

『どうなさいますか?』
「……………………通してください」

どうなさいますかと問われても、無視するわけにはいかない。
不用意な行動を取れば、変に怪しまれることになる。

こちらは被害者であり、やましいことなど何一つとしてないはずである。
覚悟を決めた瑠迦は、警察と会うことに承諾した。



* * *



家を訪ねてきたのは、制服を着た男女の警察官二人だった。女性警察官は年若い娘に対し警戒心を持たれたり、セクハラされたと騒ぎ立てられたりしないように連れてきたのだろう。詳しい調書は先輩らしき男性警察官が主導で行っていた。
やはり彼らが訪ねてきた理由は、公園で発見された鞄だった。
鞄の中には学生手帳が入っていたので、まず学校に問い合わせたらしい。その時点で、余計なことをしてくれたと、瑠迦は顔を青くする。つまるところ、既に公園で出来事に瑠迦が少なからず関わっていると学校側に知られてしまったということだ。明日学校に登校した際、教師にも説明せねばなるまい。

面倒なことが雪だるま式に増えていく。
自分は厄年だっただろうかと、どこか現実逃避のように考える。

結果的に、瑠迦は暴漢に襲われた件をすべて包み隠した。話せば、根掘り葉掘り聞かれるのが目に見えていたからだ。
不審者に追いかけられ、自然公園に逃げ込んだところまでは本当のことを話し、後は鞄を投げつけた後、怯んだ相手の隙をついて逃げたと嘘をついた。
どのみち直後に気絶し、その後何が起こったかなど瑠迦には解りはしないのだ。
倉庫で目覚めたとき襲われた男について、整合性の取れた話ができる自信もない。瑠迦自身が一番混乱しているからだ。
常識的に考えれば、あの黒づくめの甲冑姿の男と、隕石は何の関係もないだろう。
しかし、瑠迦には完全に否定できない、ある予感があった。
それは第六感というもので、あの男と隕石落下事件は何らかの繋がりがあるような気がするのだ。

警察側は瑠迦の証言に完全に納得していないものの、大方の筋は通っているため、それ以上追及してこなかった。 人間が一人死亡している事件だが、原因は隕石あると思われている。少なくともクレーターを生み出すような破壊力を人間が単体で持つはずがないので、事件性は無いとされ事故として処理ようだ。
被害届を出すかと問われたが、被疑者が死亡しているので事件にするつもりはないと返した。
何故だか怪我をしていないかと問われたが、「いいえ」と返した。何故そんなことを聞くのかと問い返すと、公園で被害者以外の血痕が発見されたらしい。しかし瑠迦には傷一つなく、身に覚えがないので分からないと答えた。
ちなみに落とした鞄については、警察署で保管されているそうで、後日引き取りに来てほしいいと言われてしまった。本当に面倒なことが山済みである。
何か思い出したことがあったら連絡してほしい、と言葉を残し、警察官は帰っていった。

その翌日から、瑠迦は普通に登校した。学校についてすぐ、教師に呼ばれて応接室に通された。
やはり警察が訪ねてきた話の件で、警察に話した内容をそのまま学校側にも伝えた。大騒ぎになっているもの、世間的には事件性は無い物とされているので、学校側には不審者に追いかけられたことを心配されただけで済み、特別御咎めなしで安堵の息をつく。
事故に巻き込まれたことを聞きつけた友人たちにも心配されたが、それ以外は概ね問題はなかった。

それから何事もなく数日が過ぎ、瑠迦はすっかり元の日常に戻っていた。
あの夜の出来事が全て夢であったかのように、変わらない毎日が続く。
周囲も気を使っているのか、事故について触れてこないので、実に平和だった。

結局、瑠迦は病院にも行かず仕舞いで済ませていた。三日目に月ものが来たため、妊娠の心配がなくなったことが大きい。
月ものを除けば体に不調は見られないので、ますますあの夜のことが幻に思えてくる。いや、幻だったと思い込みたいのかもしれない。

いずれにしても警察に相談したところでこちらの心労が増えるだけであり、解決しないような予感がしていた。
件の隕石落下事故についても捜査の進展はないようだった。一つだけわかったことは、あの場所に隕石の残骸と思われる遺留物は発見されなかったそうだ。鑑識によって専門機関に送られた残骸はすべて元々公園にあったものらしい。
相変わらず衛星の記録に隕石が落下したような形跡は見られず、謎が謎を呼ぶ事件として数日間面白かしく報道されていたが、それもそろそろ下火になりかけていた。人々の記憶から事故の件が忘れる去られるまで、そう遠くはないだろう。

こうして、嫌な記憶は風化していくかのように見えた。
その日、いつも通り何事もなく帰宅した。
夕食を作り食事を摂ると、入浴を済ませる。寝室で髪を乾かし、学校の宿題を済ませ、プレイ途中だった携帯ゲーム機に電源を入れた。

しばし無言でゲームに熱中する。
ゲーム音だけが室内に響く中、不意に家の中で物音が聞こえた。一人暮らしなので、普通に考えれば自分以外に音を立てる者がいるはずがない。
空耳かと思ったが妙に気になり、ゲームを中断して、音がしたと思しき方へと向かう。
この時点で、無視しておけばよかったのかもしれない。

物音はリビングの方から聞こえたようだった。
積んでいた本やゲームソフトが崩れ落ちたのかな、と呑気なことを考えつつ、リビングへ続くガラスドアを開いた。
20畳は下らない広いリビングにはあまり家具はなく、冬木市を一望できる大きな窓側にソファーセットと大型テレビが並んでいる。物が積んであるのはテレビ周りなので、そこが音の発信源と仮定し、視線を向け――凍り付く。
自分しかいない家のリビングに、黒い人影が立っていた。
黒コートの後ろ姿で、頭をフードで隠している。
背格好から男性のようで、その出で立ちに、数日前の出来事が思い起こされた。

黒コートの男は雑誌を手にしていた。瑠迦が所有しているゲーム雑誌である。
何とはなしに雑誌を眺めていた男は、直ぐに興味をなくしたように雑誌を放るように置くと、最初から瑠迦に気づいていたようで、慌てた様子もなくゆっくりと顔を向けた。
フードの下からちらりと見える金髪、そして猫のように爛々と輝く満月のような瞳と目がかち合う。

「思ったより、元気そうじゃないか」

男は皮肉気に口元を歪め、酷く整った造作に不敵な笑みを刷いた。


///後書きとか補足とか///
全体的に実際の四次聖杯戦争の時よりも科学技術が進んでいる設定。何故文明が進んでいるのか理由は追々。パソコンも現代並みに普及して言います。