「お酒ってそんなに美味しいの?」
宴会があった翌日は家の中がお酒の匂いでいっぱいになる。停滞した空気と、部屋の隅々で頭を抱えて転がる大人たちがあまり好きではなくて、窓という窓を開け放って、千鳥さんのところに逃げてきた。あんなにだらしなくなってしまうのに、どうして飲むことをやめられないんだろう。単純な興味からなる質問に、千鳥さんは常備してあるという酒瓶をテーブルの上に並べてくれた。それから、瓶が綺麗だから買っちゃうのよねと一言。次から次へと出てくるそれに少し慄いたけど、そういうものらしかった。
「これ苦い?」
「出したやつはほとんど甘いお酒ね。私苦いの得意じゃないから」
「あ、そうですよね。コーヒーも紅茶も砂糖とミルク入れますし」
「仕方ないじゃない。別にいいでしょ」
「悪いだなんて言ってないですよ。甘党なんだなあって思ってるだけですって。千鳥さん、お酒好きなんですか?」
「まあ、見れば分かるでしょうけどそれなりにね」
「それなりな量がこれくらい?」
「……飲まないとやってられない時もあるのよ」
「そういうもの?」
「ええ」
「だから、大人はダメになるってわかってるのにお酒を飲むんですか?」
「単純に、甘かったり苦かったり、あと辛いのもあるわね、そういう味とか香りが好きで飲むって人も多いわ。お酒を飲むために、綺麗な器を用意するのが楽しくて飲んでいるって人もいるけど、酔いたくて飲むって人が殆どかもね」
「ジュースとか、美味しいご飯じゃ足りないんですか?それで幸せってことにはならないの?」
「そうね。少し足りないのかもしれない。基本的に、普段は押し込めている感情を外に出すために、大人はお酒を飲むのよ」
「え*、よく分かんない。うちの人たちみんな、お酒飲んだ結果、自分が自分じゃなくなるみたいな感じになってるからなあ。俺はそんなのやだ」
ダメになるって分かってるのに、甘くて苦いものに溺れるのか。大人はよくわからない。まあでも、テーブルの上に並べられた瓶は綺麗だとは思う。多分、千鳥さんはこういう透明で柔らかく光を通すものが好きなのだろう。あと多分、丸いものも好きだ。白く霞んだ瓶や、桜色をしたお酒を湛える真ん丸の瓶がそれを物語っている。その柔らかくて綺麗な瓶に端から順に目を滑らせて、一本だけ周りと不釣り合いな見た目のものがあることに気がついた。大きくて、言ってしまえばゴツい。四角くて、見ただけでもガラス自体が分厚いのだと分かる。その瓶の口には、包装が付いたままだった。なんとなく、手に取ってみる。ずしりとした重み。琥珀色が透けてゆらゆらと影を落とした。
「千鳥さん、これ空いてない」
「ああ、それ。売ってたから買ったんだけどね、空ける機会がなくて」
「これ、中身なんなんです?」
「ウイスキー」
ウイスキー。たぶん、うちの人が何人か好んで飲んでいる。それも、お酒が強いと言われている人たちだ。宴会でその単語が飛び交うのを聞いた覚えがあった。千鳥さんっぽくはないから、甘くはないのだろう、多分。
「苦いやつですか?」
「そうね」
「千鳥さん苦手なのに……減らなくて大変ですね」
「飲む人がいないから、仕方ないのよ。私だけだとどうしても、甘いのばかりになってしまうから」
「ふうん。あ、そうだ、二十歳になったら一緒に飲んでくださいね。飲みに来ますから」
「何年後の話よ、それ。今からそんなこと言ってても忘れちゃうわよ」
「ええ、でも、お祝いしてくれますよね?それに、兄きたちと飲むより、千鳥さんと飲んだ方が安全そう」
「それは否めないわね」
「あ、どうせ最初に飲むならこれがいい!」
手中、ウイスキーの瓶を持ち上げる。千鳥さんは目をまん丸にして此方を見て、それからほんの少しだけ、困ったように眉尻を下げた。
「大人になりたてには、きっとまだ苦いわよ」