02.密会
とうに閉店時間を過ぎている。
バイト仲間たちは帰ってしまったし、店長はいるんだかいないんだか。
私は無駄に勤怠表を確認したり床を掃いたり、どうにも落ち着きがない。
とうとう閉め切っていたシャッターを半分だけ持ち上げて、手紙の送り主のことを考える。
テレビの中の人で、アイドルで、映画やドラマで名前を見たことがある。同級生がその事務所を熱狂的に推していたから。
このことを知られてしまったら一体どうなってしまうんだろう。やっぱり刺されるんだろうか。
どっちが?
冷静に考えると怖くなってきた。
なんで手紙?
とっても気障なのか、シャイなのか。
若干の気持ち悪さすらある。
本物か?
まあ、わざわざ店長を通してこうして逢い引き(古風すぎる)のお誘いが来ているのだから。
仲間内のいたずらにしたって、店長を巻き込んでまでこんな回りくどいやり方もないだろう。
時計の針が約束の時間を指して少し、シャッターの外から影が現れた。
想像より大きな体格にたじろぐ。この怖いくらい端正な人が、私に手紙を?
でも、その人がシャッターの下で腰をかがめて「あの、」と言った瞬間、その不安げな姿に安心した。
私は軽く微笑んでからシャッターに駆け寄る。
「いらっしゃいませ」といつもお客様にするように目を合わせる。
「えっと」「すみません」と静かに慌てている様子をにこやかに見守って、しばらく待っていると沈黙の後にようやく言葉らしい言葉が出てきた。
「気持ち悪いと思ったでしょ」
こちらを伺うような困り笑い。
あざといな。
シャッターを下まで締めながら「うん」と答えた。がたつく鍵を締めるとガコッと大きな音がする。
店内に入った彼は私から少し距離を置いて立っている。いかにも「緊張しています」といった出で立ちで頬が少し赤くなり、目が泳いでいる。まるで「そちらから話を始めてください」とでも言うように。ある種傲慢で無礼な態度だ。
画面の中では堂々と飄々として見えていたのに、こうして近くで見るとなんだか子犬みたいに不安げで可愛らしい。
なんだか急に、自分の方が立場が上のような気分になってくる。いつも女の子に囲まれるスターなのにそんな緊張するなんて。ちょっと意地悪したくなる自分がいた。
「アルコールで書いた?」と私は少し上から目線で尋ねた。手紙を書く時の彼の姿を想像してみる。敢えて敬語を外しタメ口の自分に、なんだか快感すら覚える。
「ごめんなさいどういうことですか?」
「これ書いてた時って酔っぱらってたの?」
「実は......そうじゃない」と彼は答え、恥ずかしそうに髪をかき上げた。その仕草に思わず見とれてしまう。大スターなのは、ほんとうなんだ。でもこんな姿になんだか彼を好きにいじってあげたくなる。
「じゃあ根っからだ。ポエマーなんですね」と私は笑った。こんな風に有名人を小馬鹿にしているなんて、自分でも信じられない。でも、彼のしょげた表情を見ると、もっと困らせたくなる。
「まあ多少......」
意地悪にさえ「煮るなり焼くなり好きにしてください。そのほうがマシなんです」みたいなスタンスだ。
北斗はふと視線を上に逸らした。
うわあ、綺麗なフェイスライン。芸能人だ。そんじょそこらの男じゃこんな骨格、お目にかかれない。
この光景を私だけが独占しているという異常に落ち着かない。良くないふうに鼓動が早くなるのを感じる。こんなにすばらしい人なのに、一緒にいればいるほど弱々しさが見えて、その落差に心がときめく。
「自分でも何してるか、ちょっともう......よく分かんなくて」
自嘲気味にそう言う彼の言葉に、さらに心が傾いていく。
レジカウンターに軽く寄りかかった。
ああ、そういうのはいけない。
私だけがあなたの良さに気付いていて、あなたの事を本当に考えているのは私だけ。
いや太宰治かよ。
ほら、大丈夫。私はまだ冷静にこの人をジャッジ出来る。
そういう分かりやすい庇護欲を異性に抱くのは危険だと、歴々の恋人たちが証明している。
この人を好きになったとして、この先に待つのは破滅では?
だとしても何食わぬ顔でこの人は変わらず表舞台に立ち続けるのだ。腹立たしい。
しかしが店内の光に照らされて微姿を見て、私だけが分かってあげたいと思ってしまう誘惑に、19歳の私はどうにも抗えなかった。
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