COMPLEX GIRL


「ねぇ、ぶっちゃけ轟くんとどこまでいってんの?」

全く悪びれることなく、明るくそう尋ねる友達に、口に含んだオムライスを吹き出しそうになるのを必死に抑え込んだ。

「ゲホッ、ゴホッ」
「ちょっと、大丈夫?」
「な、なにを急に」
「いや、ヒーロー科屈指のイケメンは、彼女の前でどんな感じなのかなって」
「ど、どこまで、って」

彼女が聞きたいことは、おおよそ分かっている。だけどそれを自分から口にするのはあまりに恥ずかしくて、適当に言葉を濁してみせると、ちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、彼女は私の耳にそっと口を寄せた。

「もうエッチした?」

予想通りではあったものの、あまりにダイレクトな言葉のチョイスに、私は食堂の机に思い切り顔を突っ伏した。

「あははっ、かーわーいーいー」
「笑わないで……」
「で、どうなの?大人の階段登ったの?」
「登ってるわけないでしょ……この様子で察してよ」
「あ、そうなの?すごい勝手なイメージだけど、手早そうなのにね」
「なっ、どんなイメージなの!?」
「だって轟くん、人前で堂々とあんたにキ」
「やめて!!皆まで言ってくれるな!!」

彼女の口元を押さえながら、必死にそう叫ぶ私の声に、食堂にいた多くの人の視線が集まる。不思議そうに向けられる視線に恥ずかしくなって、私は再び顔を机に伏せた。




「で、そういう雰囲気になったりしないの?」
「……なったことがない、わけじゃないけど」
「けど?」
「私が、ダメで」
「何で?」
「だってそういうことするってことはさ、は、裸、見られるわけでしょ?」
「あ、急にリアルな感じになってきた」
「私その、胸、全然ないから、ガッカリされたくなくて……」

お世辞にも豊満とは言えない自分の胸に視線を落とし、私は深いため息をついた。
轟くんと付き合うようになって、そろそろ半年。いつもクールで淡々としている彼だが、そういう欲は人並みにあるらしく、今までそういう雰囲気になったことは何度かある。しかし、彼とそういう雰囲気になる度に、私の脳裏には自身のコンプレックスが浮かび上がり、どうしてもその先の一歩を踏み出せないでいた。

「あんたの彼氏、そういうの気にしなさそうだけど」
「でも、大きいのが好きって人の方が多そうだし」
「人の好みはそれぞれじゃない?」
「絶対大きい方が好きだもん」
「その根拠はどこから。あ、そうだ。じゃあ豆乳とか飲んでみたら?」
「え、何で豆乳?」
「いや、昨日たまたまテレビで言ってたんだけどね。豆乳に含まれるイソフラボンは、バストアップに効果的なんだってさ」
「そんな簡単に大きくなるなら、苦労しないやい」
「信じるか信じないかは、あなた次第」

彼女が悪戯っぽい笑顔を浮かべてそう言うと、それと同時に午後の授業の予鈴が鳴り響いた。まだ半分しか食べていなかったオムライスを急いで食べながら、私は頭の片隅で、校内の自販機のラインナップを思い起こしていた。







恋なんて、そんなにリアルなものじゃなかった。

あの人かっこいいな、とか、あんな恋ができたら素敵だな、とか、そういうものはあったけど、まさしくそれは恋に恋する感覚で、たった一人の誰かのために、自分を変えたいと思ったことはなかった。友達が彼氏とデートに行った話を聞いても、羨ましいと口では言いつつも、本当にそうなりたいかと言えば、別にそういうわけでもなかった。
しかし不思議なことに、当分縁はないだろうとタカを括っていたその瞬間は、何の前触れもなく突然訪れることとなった。
それは、偶然落とし物を拾った時のことだった。持ち主のクラスに足を運び、クラスの人に渡してもらおうと思ったのに、なぜか本人を呼び出されてしまい、仕方がないので教室の外で待っていると、中から出て来た、紅白色の特徴的な髪をした男の子に話しかけられた。

その瞬間、それまで言葉を交わしたことすらなかったその人を、私は「好き」になった。それが轟くんだったのだ。初恋で、しかも一目惚れ。時折廊下ですれ違うと、彼は私に話しかけてくれたものの、最初は言葉を交わすだけで精一杯だった。轟くんも決して口達者というわけではないので、会えば一言二言交わす程度の、そんな関係だった。
しばらくそんな関係を続けていた私たちだが、ある日突然、彼に連絡先を教えて欲しいと言われた。
彼の中で、何がきっかけだったのかはよくわからなかったが、その週末に一緒に映画に行くことになり、約束通りに映画を観終えたその帰り道、彼から好きだと告白された。

その日の夜、自分の部屋に戻った私は、まず最初に自分の頬を思い切りつねった。轟くんから告白されたことも、彼と付き合うことになったことも、私の妄想が生み出した夢なのではないかと、何度も何度も頬をつねってみた。しかし何度やっても目が覚めることはなく、ズキズキと痛む頬は、腫れ上がっていくだけだった。それを遮るように震えたスマホを手に取ると、ディスプレイには「轟焦凍」の文字があり、これからよろしく、と短い一文が表示されていて、その瞬間ようやく、これは現実なのだと理解が追いついた。

正直で、優しくて、かっこよくて。付き合う前からもちろん好きだったけど、付き合うようになってから、その気持ちはさらに大きくなっていった。彼が隣に居てくれる嬉しさと同時に、あの人の隣にずっと居られる女の子になりたいと、そう思うようになっていった。




「はぁ」

藁にもすがる思いで始めた、イソフラボン作戦(たった今命名)だったが、その結果は芳しいものではなかった。
目に見える数値というものは、とてもわかりやすくて親切だ。しかし目に見えるからこそ、時として残酷な現実が心を砕いてくる。手の中にあるメジャーが示した私のバストサイズは、寸分違わず二週間前と同じで、過剰な期待はしていなかったものの、一ミリも変わっていないというのはさすがに凹む。いや、寧ろここまで変化がないと、いっそ清々しいかもしれない。
大きくため息を吐き、気分転換にと友達がたまたま置いていった雑誌をパラパラをめくる。すると何の嫌がらせか、バストアップのためのエクササイズ特集が組まれていて、それがさらに劣等感を刺激した。
負け惜しみのように雑誌を放り投げ、胸元に視線を落としてからもう一度ため息を吐いて、私は思い切りベッドに沈み込んだ。

「中学の頃は、こんなに悩んだりしなかったのにな」

それもこれも、轟くんがあんなにかっこいいせいだ。こんなに好きにさせたせいだ。

意味不明な八つ当たりを心の中でしていると、横になっていたからか、急にうとうとと睡魔が襲ってくる。特にこれといってやることもないし、夕食までにも少し時間がある。こんな時間に寝るのもどうかと思うけれど、今日はちょっとだけ自分を甘やかしてしまおう。そんなことを考えながら、重くなっていく瞼を自ら閉じて、そのままベッドで眠りについた。







「そろそろ起きてくれねぇか。みょうじ」

優しくて低いその声に、意識が少しずつ現実へ連れ戻されていく。ゆっくりと目を開けると、水色とグレーの瞳がこちらを覗き込むように見つめていて、ぼんやりとした意識があっという間にクリアになり、私は勢いよくベッドから飛び起きた。

「お」
「とっ、な、なんっ!?え!?」
「ふ、驚きすぎだろ」

寮の自室に突如現れた恋人に慌てふためいていると、轟くんは吹き出すようにして笑い、私の頭を軽く撫でた。

「な、なんで私の部屋に轟くんが」
「これ。借りてたやつ返そうと思って忘れてた」

そう言って、彼は私が先週貸した一冊の本をベッドの上に置いた。

「別にいつでも良かったのに。でもどうやってここに入ってきたの?」
「お前の友達が入れてくれた。あの、よく食堂とかで一緒にいる奴」
「そ、そう」

悪趣味め。わざとやったな。

半分は善意、残りの半分は悪ノリ。おそらくそんな心持ちで、彼女は彼を寮の中に入れたのだろう。部屋の時計を見ると、現在時刻は十七時十九分。眠っていたのは一時間半くらいのようだが、彼は一体いつからここにいたのだろうか。

「あの、いつからここにいたの?」
「三十分くらい前からだな」
「ご、ごめんね。そんな待たせて」
「いや、普段見れねぇもん見れて、逆に良かった」
「え?」

頭の中でクエスチョンマークを浮かべていると、轟くんは立ち上がって、私が座っているベッドの上にやって来た。向かい合うようにしてベッドに座ると、彼は私の頬にすっと手を伸ばす。

「みょうじの寝顔、可愛かった」
「か、わいくなんか、ないよ」
「可愛い」

はっきりとそう言うと、彼はゆっくりと自分の顔を私に近づけた。
綺麗だけど、射抜くような鋭いその目に見つめられると、心臓が壊れてしまいそうなくらいドキドキする。軽くちゅ、と一度唇が触れると、可愛いな、と甘く囁いて、彼はもう一度私に口付けた。啄むようにキスを落とし、男の子らしいがっしりとした腕で私の身体を引き寄せて、彼は何回もキスを繰り返す。唇が離れ、瞼を開くと、そのまま彼の腕の中にすっぽりと収められた。




「なぁ、触っていいか」

抱きしめられながら、耳元で低く囁かれると、身体が反射的にぴくりと動く。

「だ、だめっ」
「なんで」
「だって、その」
「嫌なのか」
「や、あの、えっと」

言葉に詰まる。嫌なわけではない。だけどやっぱり躊躇ってしまう。そしてその理由を、自分で口にするのが恥ずかしい。私が何も言えずにいると、轟くんはゆっくりと私から離れ、ベッドから立ち上がって私に背を向けた。

「今日は、帰る」

小さな声でそう言うと、轟くんはそのまま部屋の入り口へと足を踏み出した。そんな彼の後ろ姿を見て、後悔が一気に押し寄せる。事情を知らない彼からすれば、こんなのただ拒絶されただけだ。自分のコンプレックスを言い訳にして、私は彼を傷つけているだけだ。




「い、嫌なわけじゃなくてっ」

とにかくもう一度話さなければ。そう思って咄嗟に言葉を発すると、彼は進めていた足を止め、私の方に振り返った。

「いや、俺が悪かった。無理させたいわけじゃねぇから」
「嫌じゃないの、本当に!嫌だと思ったことは、ない。ただ、その」
「どうした?」

恥ずかしい。こんなことを好きな人に言うなんて。だけど自分が恥ずかしいより、轟くんを傷つける方が、ずっとずっと嫌だ。

「わ、私、あの……胸、が、小さい、ので……」
「は?」
「胸が、全然ないから、自信なくて……轟くんはどう思うかな、とか、考えてしまって」

ついに言った。言ってしまった。こんな恥ずかしいことを、自分の好きな人に。恥ずかしさのあまり、ベッドのシーツをぎゅっと握りしめていると、部屋のドアに向かおうとしていた轟くんが再びやって来た。彼は再び私の隣に座ると、黙ったまま何かを考えるような仕草を見せた。しばらくすると考えがまとまったのか、そうか、と一言呟くと、再び私に向かい合うように座り直した。




「つまり、お前の胸を俺がどう思うかって話だよな」
「う、うん。まぁ……そう、だけど」
「わかった」

轟くんのわかった、という言葉の意味がわからず、黙って首を傾げていると、自分の胸のあたりに何かが当たるのを感じた。ゆっくりと視線を自分の胸元に落とすと、そこには彼の両手があった。

「な、なな、何してっ」
「だって触ってみなきゃ、俺がどう思うかなんて一生わかんねぇぞ」

そう言いながら、轟くんは私の胸に当てた両手を、あろうことか軽く揉むようにして動かした。

「ないってほどでもねぇし、柔らかくていいと思うが」

恥ずかしがる様子もなく、あっけらかんと言い放つ彼に対して、頭にふつふつと血が上っていくのが自分でも分かった。轟くんの身体を勢いよく突き飛ばし、私は彼が先ほどベッドに置いた本を、持てる力を全て注いで投げつけた。




「轟くんのばか!変態!無神経!」

そう言いながら、周囲にあるありったけのものを轟くんに投げつけると、彼はそれを上手く避けつつも、珍しく動揺した顔をしてみせた。こんな暴言を彼に吐いたのは初めてだが、無許可で胸を触られたのだから、これくらい許されてもいいはずだ。

「わ、悪かった。落ち着け。色々壊れるぞ」
「ばかばかばか!もう知らないっ」

投げつけるものがなくなってしまい、彼から少し距離をとって、ベッドの隅に膝を抱えて座り込んだ。恥ずかしくて泣きそうだ。穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。膝に顔を埋めて黙り込んでいると、ゆっくりとまた轟くんが近づいてくる気配がした。彼は私の頭にぽん、と手を置いて、悪かった、と一言呟いてから、私の隣に腰を下ろした。




「なぁ」
「……なんですか」
「なんでそんなこと気にするんだ」
「だって、大きい方が、やっぱりその、男の子は嬉しいかなって……」

拗ねたようにそう言うと、轟くんはもう一度私の頭に手を置いて、小さな子供をあやす様に、私の頭をゆっくりと撫でた。

「俺は正直、お前の身体ならなんでもいいと思ってる」
「轟くん、ちょっと何言ってるか、よくわかんないんだけど」
「いや、わかんだろ」
「わ、かるけどもっ、そうじゃなくてっ」
「さっきも聞いたが、お前は俺に触られるの、嫌か?」

真剣な表情でそう尋ねられて、再び言葉に詰まる。
触れられたいか、触れられたくないかと聞かれれば、もちろんその答えは決まっている。私は轟くんが好きで、そういうことだってしたい。だけどそこへ簡単に足を踏み込めるほど、私は私に自信がなくて。

「嫌じゃない、けど」
「けど、なんだ」
「実物見たら、きっとがっかりするよ」
「しねぇ」
「するもん」
「絶対にしない」
「ほんと……?」
「あぁ。だから何も心配することなんかねぇよ」
「そうかなぁ」
「そうだ」

はっきりとした言葉に少しだけ安心して、彼の左肩になんとなくもたれかかると、轟くんは私の右手をぎゅっと握った。左側の個性のせいか、彼の手はいつも暖かくて、こうして手を握るだけで、不安な気持ちがすーっと薄れていく。




「ところで」
「うん」
「みょうじって、意外と大胆な奴だったんだな」
「え?なんで?」
「俺は服の上から触るだけでも充分だと思ってたけど、見せてくれるつもりだったのか」

轟くんはそう言うと、私の指に自分の指を絡ませながら、ぐっと顔を近づけてきた。すぐ目の前にある彼の顔は、見るからに上機嫌かつ、ちょっと意地悪な顔をしている。

「わ、忘れて!!さっきのなし!!全部忘れてください!!」
「それは出来ねぇ相談だな」
「お願い、忘れ、んっ」

私の言葉を待たずして、轟くんは私の後頭部に手を回し、少しだけ強引に唇を重ねてきた。惚れた弱みから、私が本気で抵抗できないと知っている彼は、何度かキスを繰り返した後、微かに開いた私の唇の間に舌を捻じ込んできた。侵食するようなその深い口づけに、身体の自由がきかなくなっていく。自然と彼に身体を預けるようになると、彼は私の身体を支えながら、ゆっくりとそのまま私を押し倒した。
唇が解放され、私を見下ろす彼の姿を見て、私はようやく、自身の貞操の危機がすぐ目の前に迫っていることを理解した。

「轟くん、ちょっと、待っ」
「その気にさせたのはお前だろ」

完全にそういう空気を醸し出す轟くんの肩を、慌てて両手で押し返すものの、力で私が彼に勝てるはずもなく、何度押し返してもびくともしない。

「ほ、ほんとにっ、私、スタイル良くないしっ」
「どうでもいい」
「どうでもって、そんな言い方……」
「言っただろ。お前の身体ならなんでもいいって」

そう言い放つ彼に、私はついに言葉を失った。

「それでもダメか」

そんなの、ずるい。そんなふうに聞かれてしまったら、選択肢なんてあってないようなものだ。そのひと言を皮切りに、彼の顔がゆっくりと私に近づいてくる。いつもと同じ綺麗な瞳の奥に、いつもとは違うギラギラとした何かが見えた。逃げ出したいのに逃げ出せない。熱の籠もった鋭い視線が、私を捕らえて離さない。




「なぁ、いいだろ?」

額が触れ、あと少しで互いの唇も触れそうな距離で、囁くようにそう尋ねられれば、もう私に抗う術はない。彼の背中に腕を回し、小さく同意の言葉を漏らすと、奪い取るようにまた深く口付けられた。僅かに唇が離れるたび、好きだと呟くその低い声に鼓膜が腫れ、まるで引きずり込まれるように、彼に溺れて沈んでいった。


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Twitter企画リク作品で、胸の小さいことに自身のない女の子のお話でした。
轟くんが途中とんでもないデリカシーなし男ですが、彼ならやりかねないと思います

2021.03.03(2021.08.20修正)

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