恋は唐突に


「俺と付き合ってくれないか?」

昼休みの学食。友達は普通に隣にいたし、そうじゃない生徒も大勢周りにいる中、彼は無表情のまま、でも確かにそう言った。

「は...?」
「聞こえなかったか?」
「いや...聞こえました...けど...」
「そうか、良かった」

ヒーロー科のイケメンこと、轟くんの噂は有名だった。
彼の名前と顔をきちんと認識したのは、おろしたての夏服に袖を通した頃。食堂で蕎麦を食べる彼を遠目に見ながら、周りの女の子達はみんな、やっぱり格好良いよね!と可愛らしく、ウキウキした様子で話していたのは記憶に新しい。
同じ学校、同じ学年と言っても、ヒーロー科の彼と普通科の私に接点はない。隣でテンション高く話す友達の横で、彼はヒーローになれなくても食べていけそうだなとか、そんな失礼なことを考える程度の関心だった。
それなのに。

「と、とりあえずここだと人が多いから、場所変えようか!」
「お、そうか」

そうか、じゃないよ。あなたのおかげで私の平穏な高校生活はたった今崩れ去ったよと、文句のひとつも言ってやりたい所だが、周囲の視線や野次の恥ずかしさをどうにかしたい。ひとまず人気があまりない近くの中庭に場所を変えて彼と話をすることにした。
昼休みは残り15分だ。

「え...と、A組の轟くん、だよね?私あなたと話したことないと思うんだけど、人違いじゃ...」
「違ぇ。お前だ」
「そ、そうなんだ...でも付き合うって...どういう意味で言ってるの?」
「そのままの意味だ。お前と付き合いたい」
「罰ゲームとかじゃなく?」
「罰ゲームってなんだ?」
「例えば、ゲームで負けてお前あいつに告白して来いよ!みたいな...」
「なんでそんなことするんだ?」

表情が変わらないので感情の機微は読みにくいけど、不思議そうに首を傾ける様子を見る限り、どうやら罰ゲームではなさそうだ。
お前と付き合いたい。先程の彼の言葉を思い出し、急に顔に熱が集まってくる。とにかく学食を出なきゃと、彼をここまで引っ張ってきたものの、少し落ち着いてしまったことで事の重大さを実感した。

「それで、付き合ってくれんのか?」
「いや...」
「嫌なのか」
「そういうことじゃなく!」
「そういうことってどういうことだ」
「えっと...私、轟くんのこと全然知らないし...」
「これから知ればいいんじゃねぇか?」

ごもっとも。人付き合いってそういうものだよね。
それはわかる。理解はできるのだ。
けど突然話したことも無い噂のイケメン男子に付き合ってくれと言われた今回のケースは、ちょっと場合が違う気がするし、しかも公衆の面前でのあれがファーストコンタクトって、どう考えても色々おかしい。

「付き合ってる奴いんのか?」
「いない...けど...」
「なら問題ないだろ。付き合ってくれ」

クールそうな見た目なのに案外ぐいぐい来る。
真っ直ぐに私を見て、今一度恥ずかしがることも無く言葉を発する轟くんはとても心臓に悪い。
たぶん、いや絶対、顔も真っ赤だし、これではどちらが告白しているのかわからない。
いや待て。付き合うかどうかよりも、まずは気になることがひとつある。

「答える前に、質問いいかな?」
「あぁ」
「さっきも言ったけど、話したことないよね?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ何で私に...」
「学食でメシ食ってるとこ、いつも見てた」
「は?」
「いつも友達と同じとこ座ってんだろ」
「え、まぁ...うん」
「すげぇ美味そうに食ってる奴いんなって、思ってて。そしたら何となく見るようになって、食ってるとこだけじゃなくて笑った時とかも、なんかよくわかんねぇけど、いいなって思った」
「...それは私の事、好きってこと?」
「わかんねぇ」
「.........は!?」

わかんねぇ、とは。
こっちがわかんねぇよ。パニックだよ。
どういうことなのよそれは。さっきのトキメキ返して欲しい。

「あの...私は、からかわれているのでしょうか」
「いや違ぇ。わかんねぇけど、でもお前のこと知りたい。だから付き合ってくれ」
「一応確認だけど、付き合うってどういうことかわかってる?」
「...?お前が俺の彼女になるってことじゃねーのか?」
「それはわかってるんだね」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「えーっと、つまり要約すると、私のこと好きかわからないけど、私のことを轟くんは知りたいわけね?」
「あぁ」
「だったら彼女にするのが手っ取り早いから俺たち付き合おうぜってこと?」
「…まぁ、そうだな」

悪びれも無く肯定する彼に、開いた口が塞がらない。
何なのだろうこの人はもう呆れるを通り越して、面白すぎる。

「.........ふ」
「ふ?」
「ふ...ふふ、ふっ、あははっ、なにそれ!極端すぎ!...ふ...ふふっ」
「そんな面白いこと言ったか?」
「どっちかっていうとその逆。そんなこと言われたら怒る子だっているよ?多分」
「そうなのか」
「だって好きじゃないけど付き合おうって結構失礼な話だもん」
「笑ってるように見えんだが」
「それは私の場合で...っていうか、別にそれなら友達になればいいんじゃないの?」

そうよ。それで万事解決じゃない。友達として”付き合う”なら特に深く考える必要もないのだから。
我ながらナイスアイデアと思ったのだが、轟くんは何だか難しい顔をして何やら考え込んでしまった。

「どうかしたの?」
「いや、今そう言われて確かにそうだと思ったんだが」
「だよね」
「けど、嫌だ」
「はい!?」
「想像してみたら嫌だった」
「えっと…理由は?」
「周りの奴らと同じは嫌だ。お前の特別がいい」

真顔でそんなことを言う轟くん。彼はどんなものを見て育っているのだろう。
今時恋愛ドラマでもそんな台詞はなかなか聞けない。

「............そうですか」
「だからお前も俺のこと特別に思って欲しい」
「ファーストコンタクトがこれなら、どう足掻いても特別だよ」
「そうか、良かった」

嫌味のつもりで私がそう吐き捨てると、今までずっと変わらなかった彼の顔に、ほんのりと赤みが差す。ほっとしたように少しだけ目尻が下がり、落とすように、笑う。
その刹那、先程の比じゃないほど、身体の熱が高まるのを感じる。イケメンなんて、さほど興味なかったのに。
そんなふうに笑うんだ。これはモテるわけだよ。

「......笑うんだね、轟くん」
「嬉しけりゃ笑うぞ、俺だって」
「そうだよね、ごめん。失礼なこと言った」
「なぁ」
「なに?」
「ダメか?」

何が、とは聞かなかった。

「...よろしくお願いします」

真っ直ぐに私を見る色違いの目に少しだけ心が高鳴っているのは確かだ。
こんな風に始まる”何か”があってもいいのかもしれない。
ちょっと意味不明なところはあるが、少なくとも退屈だけはしないだろう。彼となら。

「あぁ、宜しくな。ところで、お前の名前聞いてもいいか?」
「そっからなの!?」
「悪ぃ」
「斜め上すぎるわ...えと、みょうじなまえです」
「…轟焦凍です」
「ご丁寧に…まぁよく存じておりますけどもね…」


前途多難な私と彼の恋は、こうして唐突に始まったのだ。


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いやいや彼ならやりかねない。と思って書きました。
2020.10.7

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