幸福な人生を


好きな人にずっと愛してもらえる。そんな人生を送りたかった。

「荷物はまた今度取りに来るから」
「好きにしろや」
「言われなくてもそうします」

3年一緒に暮らした勝己と別れたのは、昨日のこと。
プロヒーローになり、着実にキャリアを積み上げていく彼は多忙を極め、一緒に暮らしているのにすれ違いばかりだった。それでも私はヒーローとして全力投球な彼が好きだったし、ずっと側で支えていたかった。

「...オイなまえ」
「何?」
「何、じゃねぇ。今何時だと思っとんだ」
「...23時半だね」
「ンな時間に出歩くんじゃねぇよ」
「好きにしろって言ってなかった?」
「うっせぇわ、それとこれとは話が別だ」

21時を過ぎたら一人での外出は禁止。他にもルールはいっぱいある。
口調は粗野だけど、過保護なくらい心配性で、分かりにくいけど優しい。そんな彼が好きで、大好きで。
なのに、どうしてこうなってしまったんだろう。

「別れた女なんか泊めたら、あの人が嫌がるんじゃない」

あの人。
勝己とあの人が一緒にいるシーンが今も鮮明に思い出させる。私よりずっと美人で、大人っぽいあの人。
今日は任務で遅くなる。そう言っていたのに。
未来を約束した2人が訪れる、その店内に勝己は居た。でも隣にいるのは私じゃなくて。微笑むあの人の左手には光る約束の印。それを隣で見つめる勝己。
ガラス越しに見えたその光景に、何も考えられなくなって逃げるように駆けだして、どうやってここに戻ってきたのかも、よく思い出せないでいる。

「……なまえ」
「......何」
「言っとくが別れねぇからな」
「は...?」
「出ていきたきゃ出てけや。けど別れねぇ」
「な、に言ってんの?勝己は...私なんか、もう好きじゃないんでしょ...?」

心底面倒くさそうな顔をした後、はぁ、とわざとらしいため息が聞こえる。なんでそんな態度なのに別れないって言うんだろう。

「......段取りが滅茶苦茶だわクソが」

段取り?滅茶苦茶?何の話だ。
何故浮気された私の方がそんな悪態をつかれなければならないのだろう。

「寝室。クローゼットの左上見てこい」
「...なんで?」
「いいからさっさと行けや!この愚図!!」
「は、はい!」

すごい形相で怒鳴るので、反射的に返事をしてしまい、渋々寝室のドアを開ける。
言われた通りにクローゼットを開けるが、特にこれといって変わって様子はない。

「ねぇ、クローゼットの左上って...どれ?」
「もっと奥だ馬鹿が。...白い紙袋、あんだろ」
「あ、これか......って、え!?」

驚いて勝己を見ると、すごく不機嫌そうな顔をしていて、そんな彼とたった今見つけた白い紙袋を交互に見る。この白い紙袋には見覚えがある。忘れるはずがない。だってあの日、勝己とあの人を見かけた、あのお店のものだ。

「え...勝己...え、え!?」
「てめぇはホントに人の話を聞かねー女だな」
「だってだって!女の人と2人で、あんなお店にいたら普通は...!」
「いいからさっさと開けろやカス」

白い紙袋の中には、丁寧に包装された小さな箱。紙袋と同じ白い箱にペールブルーのリボンが映える。
恐る恐るリボンをほどき、箱を開けると、さらにまたケースのようなものが入っている。ケースを箱から丁寧に取りだし、息を飲んだ。よし、開けよう、と思ったところでそれは奪われた。

「え、ちょっと!」
「遅ぇ」

躊躇することなくケースの蓋を開け、中身を取り出して私の手を取る彼の顔は、先程のイライラした顔とは違い、心なしか穏やかな顔をしている。

「で、お前はオレからこれを受け取る気あんのかよ?」
「あ、あります!」
「まぁ無くても俺のモンにすっけどな」

そう言うと、左手の薬指へキラキラ光る約束の輪をかける。

「......私、完全に一人相撲じゃん...」
「口で何言ったって納得しなかっただろうがてめぇは」
「あの女の人は...」
「店の奴だわ、アホか」
「でも、出てくの、好きにしろって...」
「出ていきたきゃ出てけ。連れ戻すだけだ」
「何それ私のことめっちゃ好きじゃん」
「調子乗んなや」

額に軽くデコピンされる。痛い。
でも今はそんなことより、幸せな気持ちが処理しきれないほどに溢れてきて困る。

「ねぇ勝己」
「ンだよ」
「プロポーズの言葉がない」

そう言えば、と思い出したように言うとビキビキと音がしそうな顔で勝己が私の頭をがしっと掴む。

「てめぇ散々勘違いして騒ぎ立てた挙句にいいご身分だな」
「...すみません、もう言いません」
「............もう二度と言うんじゃねぇぞ」
「だから、言わないって」
「そうじゃねぇ」
「え、何の話?」
「別れるって言うなって言ってんだよ!察しろやアホが!」

掴んでいた頭から手を離し、本日2回目のデコピン。
やっぱり痛い。

「...うん、もう言わない。ごめんね、勝己」
「クソが」
「ねぇ」
「今度は何だよ」
「今ね、人生で一番幸せ」
「はっ、バカじゃねぇの」
「ひどい!」

でも馬鹿に見えたっていい。だって好きな人が私を好きでいてくれるこの幸せを噛み締めたい。
誰がなんと言っても、私は今最高に幸せなのだから。

「......今だけじゃなくて、一生幸せにし殺したるわ」

どうだ、とでも言わんばかりの自信満々の勝己のこの顔を、私は一生忘れないんだと思う。


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本来は才能マンなので、スマートにこなせてしまいそうですが、私はこのくらい翻弄される彼も好きです。

2020.10.7

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