ベストアンサー


「これがその時の写真でね〜」
「わ、可愛いですね!」
「必死こいて強がってたんだけど、よくよく見ると涙目なんだよね。この頃から負けず嫌いでさ」
「ふふ、"らしい"ですね」

そこに写るのは、私と出会うずっと前の、幼い日の大好きな人だ。今より身体は随分と小さいけれど、目の奥に宿る強い光は今の彼とそんなに変わらないように見える。

「どの写真も大体どこか怪我してますね、勝己」
「無駄に血気盛んだったからねぇ。あ、それは今もか」
「あはは、確かに」
「てめぇら…」

地を這うような低い声に、身体がぴくりと反射的に揺れた。よく知るその声に振り返ると、先ほど光己さんに無理やり買い出しに行かされた勝己が、わなわなと手を震わせながら仁王立ちをしていた。エアコンのよく効く広いダイニングで、彼のいるその場所だけに熱が滾る。

「あら勝己、おかえり」
「おかえり勝己」
「おかえりじゃねぇんだよ。このくそ暑い中人に買い出し行かせといて、てめぇら何しとんだ」
「え、見てわかんでしょ?アンタの写真を」
「そういうことを聞いてんじゃねぇんだよババア」
「可愛い息子の写真見せるくらい良いじゃないのよ。それとも何?なまえちゃんに見られるのが恥ずかしいの?」
「勝手に見せてんじゃねぇよ。肖像権の侵害だクソが」
「あーやだやだ。そんなみみっちいこと言って。器の小さい男はモテないわよ」

ねぇなまえちゃん?と悪戯っぽく笑いながら同意を求める光己さんと、そんな彼女をじとりと睨みつける勝己に板挟みにされながら、私は肯定でも否定でもない笑みを零した。

「邪魔が入っちゃったから、この続きはまた今度にしましょうか」
「ふふ、はい。そうですね」
「おい。実の息子を邪魔呼ばわりすんじゃねぇぞ」
「何?お母さんに構って欲しいって?」
「ふざけんな。ぶっ飛ばすぞ」

実のお母さんにむかって随分な物言いだが、二人が纏うその空気は至って普通のものであり、むしろ普段彼が放つそれよりも、心做しか穏やかにすら感じてしまう。何だかんだと悪態をつきつつも、きっとお母さんが好きなんだろうなと、そんなことを胸の内で一人思った。

「あ、勝己。昨日も言ったけど、私もう出ちゃうから、洗濯物取り込んどいて貰える?」
「おう」
「どこかお出かけですか?」
「うん。高校の友だちとお茶する約束してるんだ」
「わ、素敵ですね!楽しんできてください!」
「ありがと。じゃあゆっくりしていってね」
「はい!」

私がそう返事をすると、光己さんは勝己をちらりと見て、なぜかにやりと笑ってみせた。

「分かってると思うけど」
「黙れ死ね」
「おー怖い怖い。じゃあ行ってきまーす」

そのやり取りの意味を理解出来ていない私を余所に、少し困ったような顔をしながら部屋を出ていく光己さんを、勝己は盛大な舌打ちで見送った。







「可愛かったなぁ。小さい頃の勝己」

まだ記憶に新しいその姿を思い出しながらそう呟くと、彼は心底面倒臭そうな顔をした。

「記憶から消せ。今すぐ」
「えー、何でよ。可愛かったのに」
「可愛くねぇわ。つーか、男に可愛いとか言ってんじゃねぇ」
「だって本当のことだもん。ちょっと泣きそうになってた顔の写真とか特にかわ」
「黙れ」

私の言葉を最後まで待たず、彼は少し強引に私の顔を自分の方に向けさせてから、そのまま唇を私のそれに押し付けた。少し驚きつつもその行為を受け入れると、勝己もそれを察したのか、角度を変えて何度も私にキスをくれた。

「かつ、ん…っ」

愛しいその名前を最後まで呼ぶことは出来ず、今度は彼の舌が口内に入ってくる。勝己の部屋で、大好きな彼の匂いが充満する中、互いの舌と唾液が交わる音が響いて、身体の力が入らなくなる。

「誰が、可愛いって?もういっぺん言ってみろ。なまえちゃんよ」

耳元で聞こえるその声に、心臓がどくっと跳ねて、顔が一気に熱くなった。その言葉に反撃できるほどの余裕は、とてもじゃないけどまだ持てない。だってこうして大人のキスをするだけで、頭の中は勝己でいっぱいで、他のことなんて考えられなくなってしまうのだ。

「まぁ、その様子じゃ無理そうだけどな」

少しだけ間を置いたあと、勝己は力の入らなくなった私の身体を軽々と抱えた。されるがままに彼に身体を預けていると、勝己はかつての彼が毎日使っていたであろうベッドの上に、私をそっと下ろした。思考回路が上手く働かない中、彼を見上げてじっとしていると、ギシ、というスプリングが軋む音が鳴るのと同時に、勝己は私に覆い被さった。

「あ…」

もしかして私、ついに大人の階段を登っちゃうのかな。

心臓はまるでそれ自体が意志を持つ生き物かのように荒々しく音を立てていて、自分のそれではないかのような錯覚に陥る。少しずつ近づく彼の視線から逃げるように、ぎゅっと力いっぱい目を瞑り、未知なるものへの不安と期待に唇を硬く結ぶと、次の瞬間、身体の上に感じていた重みがふっと軽くなるのを感じた。

「え…?」

恐る恐る目を開け、ベッドからゆっくりと身体を起こすと、勝己はもう既に私の上にはいなかった。ベッドに座ったまま、いつもと変わらぬ仏頂面で、彼は私の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

「あ、あの…勝己…?」
「んだよ」
「その、えっと…」

適切な言葉が思い浮かばない。エッチしないの?なんて、聞くのはあまりに露骨だし、はしたない女だと思われたらと思うと、そんなダイレクトなワードはさすがに口に出せない。
かといって、どんな言葉を選んだところで、頭のいい彼は結局その意図に気づいてしまうだろうし、どうやったって私が墓穴を掘る未来しか見えない。

「飲み物、取ってくる」

私の頭に軽くもう一度手を置いて、彼は小さくそう呟いてから、その場にすっと立ち上がり、私を残して部屋を出て行った。部屋に残された私の心音は、彼がいなくなった後もなかなか静まることはなく、真っ直ぐ見下ろす彼の視線が脳裏に過ぎるたびに、この場から走り去りたい衝動に駆られた。
しばらくして宣言通り飲み物を持って部屋に戻って来た勝己は、まるで何事もなかったかのようにいつも通りで、その様子に安心しながらも、どこかがっかりしたような、そんな複雑な気持ちが私の中には渦巻いていた。







「で、大人の階段を登り損ねた、と」

あっけらかんとそう言う友人をじろりと睨みつけると、彼女はまるでアメリカのコメディドラマのようなわざとらしい困り顔をしてみせた。今日はせっかくずっと前から来たかったケーキ屋さんにやって来たというのに、昨日の一件があったせいで、ちっともケーキの味がわからない。

「自分はもうすでに登ってるからって、そんな他人事みたいに…」
「だって他人事だもん。けど意外だったなぁ」
「何が?」
「爆豪くんってそういうとこ意外と真面目っていうか、なんていうか」
「勝己はもともと真面目だよ。口が悪いだけで」
「ふーん。で?」
「『で』って、何が?」
「話を聞く限り、ちゃんと大事にされてて順調に見えるけど、何に悩んでるの?わざわざ約束前倒しまでして」

そう。本来であればケーキ屋さんに行くのは来週のはずで、今日ここに彼女とこうしてやって来たのは、私がどうしても相談したことがあるからと、急遽予定をずらしてもらったからなのだ。

「私ってさ、スタイルが、というか、胸、ないじゃない…?」

私がそう言うと、友人は先ほどまで私の顔を見ていたその視線を二十センチほど下へずらした。

「まぁ、慎ましくはあるね」
「だからなのかなって」
「何が?」
「私の胸が小さいから、勝己はエッチする気にならないのかなって」
「ぶふっ...!!」

至って大真面目に悩みを打ち明けたはずなのだが、目の前でアイスティーを飲んでいた彼女は、口に含んでいたであろうそれを思い切り吹き出してから、お腹に手を当てて盛大に笑い始めた。

「あ、ははっ、何を言い出すかと思えば…っ、そんな、真顔で…っ」
「ちょ、真剣に悩んでるのに!」
「あー…笑った…」
「もう、笑わないでよ」
「つまり、爆豪くんが昨日手を出してこなかったのは、自分の胸が小さいせいではないか、と」
「はい」
「そんな訳あるかい」
「だ、だってほら、エッチしなかったってことは、ムラムラしなかったってことになるでしょ?」
「……とりあえず最後まで話は聞いてやろう」
「それすなわち、私に色気が無いってことで」
「ほほう」
「さらに、なぜ色気がないかというと、それはこの貧相な胸のせいなんじゃないかと、思って」
「前から薄々思ってたけど、あんた馬鹿なの?」

どう思い返しても、昨日はそういう雰囲気だった。にも関わらず手を出してこなかった勝己と、手を出されなかった私。ベッドで私を見下ろす勝己の目は、確かにそういう欲を孕んでいるように見えたのに、それでも彼は私にそれ以上触れてくることはなかった。その理由を、お世辞にも優秀とは言えない頭でしばらく考えた結果、長年のコンプレックスにもなっている、自分の胸のせいなのではないかという結論にたどり着いたのだ。
しかしそれを聞いた目の前の友人は、とてつもなく残念そうな顔で深いため息をひとつ吐き、残り少なくなっていたアイスティーを一気に飲み干した。

「そもそも爆豪くんが胸の大きさを重要視してたら、あんたと付き合わないでしょうが」
「で、でも、男の人って本当にしたいと思ったら、普通我慢できなくなるもんじゃないの...?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「……やっぱり、私が貧乳で色気がないせいで、勝己はエッチする気にならないんだ…」
「要は、あんたは彼としたいわけね?」
「まぁ…そうだね」
「じゃあ直接言ってみれば?しようって」
「で、出来るわけないじゃん!そもそもそんなこと言って、引かれたら立ち直れないし…」

テーブルに頬をぺたりとつけながらそう言うと、友人はうーん、と考えるような声を出してから、何かを思いついたように小さく声をあげた。

「あ」
「どうしたの?」
「じゃあ、"したい"っていうサイン出してあげればいいんじゃない?」
「サイン?」
「これあげるからさ」

彼女はそう言うと、鞄の中から何かを取り出し、それをテーブルにあったペーパーナプキンで包んでこちらに差し出した。ナプキンで隠された中身をゆっくりと覗き込むと、中には小さな正方形がひとつ見えた。その存在はもちろん知ってはいるが、本物をこの目で見たのは始めてだ。

「ちょ、これって…」
「さりげなく向こうに持ってることを分からせれば、近い将来ほぼ確実にそういう展開になる」
「こ、小悪魔だ…!」
「それくらいの悪知恵働かせなきゃ、あの爆豪くんは出し抜けないからね」
「いや、別に出し抜きたいわけじゃ…」
「いい報告待ってる。頑張って、なまえ」

相変わらず他人事のように軽くそう口にした彼女を再び睨みつけてから、手の中にあるペーパーナプキンを見つめた。その中身は目に見えないはずなのに、これをこうして手にしていること自体、なんだか後ろめたさを感じてしまう。
彼女が企てた小悪魔的作戦が彼に通用するかは微妙なところだが、今の悩みを払拭する解決策として、それ以上のものが思いつく予感も自信もなく、私は依然として後ろめたさを感じたまま、それを自分の鞄の一番奥へとしまいこんだ。







「だから、ここはこの公式使えばいいんだよ。てめぇの頭は鶏か」
「す、すみません…」

相変わらず数学は苦手だ。そもそも四則演算以外が人生において何の役に立つのか皆目見当もつかない上、数を学ぶはずが次第に文字が増えていくこの学問はいったい何なのだ。
そんな数学への文句はさておき、今日の私には数学の課題以上に頭を悩ませるものがある。友人と例の話をしてから一週間、その間にこうして何度も部屋で二人きりになっているのに、私たちの間にはやはりキス以上の進展はない。
ついに覚悟を決めた私は、今日に至るまで鞄の中に閉まったままにしていた"例のもの"をポケットに忍ばせてはきたものの、ここからどうやってさりげなく気づかせるかが、最も重要な課題なわけで。




「おい」

低いその声にハッとして、その声の方向へ顔を向けると、勝己は怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んだ。

「な、何?」
「なんか、あったんか」
「え、どうして…」
「ずっとごちゃごちゃなんか考えてんだろ」
「そ、そんなことないよ?」
彼の言葉を否定すると、勝己は眉間のシワを深めながら、さらに怪訝な顔をした。

「てめぇなんぞに俺が騙されると思っとんのか」
「騙すなんて、そんなつもりは」
「じゃあ言ってみろ」
「な、何にもないってば!」
「往生際が悪ぃんだよ。さっさと吐けや」

そう言いながらじわじわと追い詰めるように近づいてくる彼に、思わず勢いよくその場に立ち上がると、パサ、という少し乾いた音が彼の自室に響いた。

「あ?」

音のした方へ視線を送ると、既にそこには勝己のがっしりとした腕が伸ばされていて、彼が指先で拾い上げたそれは、先ほどまで間違いなく私のポケットの中にあったものだった。全くもってさりげなくない上、どう考えてもこのタイミングではないその存在の出現に、嫌な汗が手のひらに滲むのが分かった。

「んでこんなもん持ってんだてめぇは」
「あ、いや、その……」

答えに詰まる私を一瞥すると、彼はとてもイライラした様子で、手の中にあるそれを睨みつけた。

「どうせあのアホ面あたりに唆されたんだろ」
「ち、違うよ」
「じゃあ醤油か。まぁどっちでもいいけどよ」

勝己はさらにイラついた表情で、それをぐしゃりと潰すと、いつも以上に盛大な舌打ちをひとつ放った。

「くっだらねぇことしやがって。ぶっ飛ばす」

その一言が、胸に突き刺さってとても痛い。もちろん彼にそんなつもりはないだろうけど、私が勝己と今より先の関係になりたいと、そう考えていたこと自体をくだらないと否定されたような、そんな気持ちになる。
勝己がくだらないと言ったのは、私がこれを持っているのが上鳴くんや瀬呂くんのお節介によるものだと思っているからで、彼らに余計なことをするなという意味でその言葉を使ったことは、ちゃんと頭では分かっていた。だけど。

「……勝己のばか」
「あ?」

くだらなくなんか、ないもん。




「勝己のばーか!!ヘタレ!!おっぱい星人!!」
「あ!?なんだ急にその言い草は!!」
「これは私が、自分で持ってたやつだもん!!……友達に、もらったやつ、だけど」
「……なんでそれを、今持ってんだよ」
「それ、は」

取り繕う言葉を一瞬考えそうになったところで、考えることを放棄した。もういいや。もともと周りくどいことは苦手なのだ。そういう性分なのだ。私は。

「勝己と、したくて」

はっきりそう口にすると、勝己はその鋭い目を見開いて、珍しくとても驚いたような顔をしてみせた。初めて見る彼のそんな表情に、今さらすぎる羞恥心がこみ上げてきた。

「でも勝己が、全然、手を出してこないから」
「……だから、なんだよ」

少しの間を置いて、勝己はそう聞き返した。いつもよりどことなく覇気がなく、どことなく優しげにも聞こえる、そんな不思議な声色で。

「こっちからそういう…サイン?出せば変わるかもって、友達がアドバイスくれて」
「とりあえず、一両日中にそいつを俺んとこに連れて来い。ぶっ飛ばす」
「いや、女の子だから、さすがにそれはちょっと」

私がそう言うと、勝己はその人物に見当がついたようで、あいつか、と言いながら、小さく舌打ちをしてみせた。後で彼女には念のため気をつけるように言っておかなくては。

「じゃあ、ひとまずそれは置いておいてやる。ヘタレも聞き捨てならねぇが、さらに聞き捨てならねぇ言葉がもう一個聞こえたんだが、アレはなんだ」
「おっぱい星人?」
「仮にも女がそういうことを、何度も口にすんじゃねぇよ!!」
「す、すみません…」
「で。あれは俺のどこを見て出てきたワードチョイスなんだよ?」
「勝己は、私の胸が貧相で色気がないからそういう気分にならないのかなぁって思って…それ故の、ワードチョイスです…」

徐々に声を小さくしながら私がそう主張すると、勝己は心底呆れたような深いため息をついた。

「最初から分かっちゃいたが、やっぱ馬鹿なんだな」

とりあえず座れと彼に促され、私は情けなくその場にストンと腰を下ろした。

「必死に目ぇつぶって震えてる奴に、手なんか出せるわけねぇだろ」

意外なその言葉に、彼の顔をまじまじと見ると、勝己は少し気まずそうに顔を背けた。確かにあの時心臓の音は凄かったけど、震えていた自覚は全くなかった。

「……私、そんな感じだった?」
「今はどうだか知らねぇが、少なくともこの間はな」
「じゃあ、私がもしそうじゃなかったら…?」
「分かりきったこと聞くんじゃねぇよ」
「その、勝己は私と…エッチしたいって、思ってくれてるって…そう思ってていいの…?」
「……てめぇはやっぱ、ガチの馬鹿だな」
「そ、そんな何度も言わなくても…」

呆れたように再びため息をつくと、勝己は私の両頬を思い切り抓ってみせた。

「い、いひゃいよ」
「俺はな、抱きたくもねぇ女となんざ付き合わねぇんだよ。ばーか」

少し拗ねたようにそう口にする彼に、自然と口角が上がっていくのが分かる。我ながら、なんて単純な女なのだろう。

「へへ…よかった…」
「予想と少し違う展開にはなったが、言質取れたし、まぁ結果オーライだな」
「え?ぅ、わ…っ!!」

拗ねたような表情から一変、彼は少し意地悪く笑うと、座っていた私をあの日のように軽々と持ち上げて、いつも彼が使っている自室のベッドに下ろすと、すぐさまその上に覆いかぶさってきた。

「これで晴れて、俺は好き勝手できるってわけだな」
「ちょ、ちょっと待って...!」
「あ?」
「その、私の胸については、結局意見を聞けていないんですが、そこのところは…」
「まだそんなくだらねぇこと言ってんのかてめぇは」
「くだらなくないよ!乙女のセンシティブな悩みなんだから!」
「うるせぇ黙れ」

勝己は一言そう吐き捨てると、私の口を彼自身のそれで勢いよく塞いだ。いつもなら徐々に深くなっていくはずのそれは、今日はいつもと少し違う。重なり合ったその瞬間、すぐに彼の舌が私の口内に浸食して、息もつけないほどにその場所を犯してくる。
わずかな対抗心から、辿々しく舌を絡めようとすると、勝己の舌はさらにその動きを激しくさせて、私の思考を奪い取っていく。ほんの少しでも彼に対抗しようとしたことを、心の片隅で深く後悔した。

「ん、は、かつ…」

余裕たっぷりの微笑みで、私を見下ろす顔はとても意地悪なのに、その表情にとてもドキドキする。つくづく思う。厄介な相手を好きになってしまったと。

「そんなに知りたきゃ、今からじっくり教えてやるよ」

その唇から紡がれた、いつもより低く甘いその声に、身体が熱くなるのが分かった。聞きたいけれど、聞きたくない。そんな矛盾が脳裏に駆け巡る。

だってそれを聞いてしまったら、きっと私は───


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轟くんのコンプレックス・ガールを爆豪くんで読みたい!というお声をTwitterの方でだいぶ前にいただきまして、ようやく実現しました。
女の子のいい塩梅のバカっぷりが個人的にすごく気に入っています。

2021.08.01

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