まさに難攻不落


「切島くん、一緒に帰ろ!」
「おう、いいぜ!な!爆豪!」

何の疑問も持つことなく、私の誘いを彼は受け入れ、隣にいる友人にも声を掛ける。

「......俺は今日行くとこあんだよ」

切島くんの隣にいた爆豪くんは、一瞬私を見た後、切島くんに向かって呆れたような顔をしてそう言う。

「お、そうなのか!じゃあ付き合うぜ!」
「来んな。ぞろぞろいると落ち着かねぇんだよ」
「切島くん、無理についていくのもあれだし...」
「そうだな!じゃあ今日は二人で帰るか!」
「うん!」
「あ。その前に1回職員室行くから、みょうじ、ちょっと待っててもらってもいいか?すぐ戻っから」
「大丈夫!ごゆっくり!」

すぐ戻ってくるな!と笑顔で切島くんは教室を出ていき、私と爆豪くんがその場に残される。

「あの」
「ンだよ」
「あ、ありがとね...?」
「...はっきり言わねぇと、あの馬鹿は一生気づかねぇぞ」
「うっ...」

爆豪くんの言葉に返す言葉が見つからない。彼が"あの馬鹿"と呼ぶその人は、先ほどまでここにいた人で、それは私が片思いをしている相手だ。確かにはっきりと"好き"と言葉にしたことはないが、周りのみんなからはバレバレだし、予定がなければこうして一緒に帰ろうと度々誘っている。女子にそうやって誘われたら、多少は"そういう意味"があると思ってもいいと思うのだが、私が片思いを続けているその相手は、全くそれに気づく気配がない。爆豪くんの言う通り、私がはっきり告白しない限り、この恋の決着は永遠につかないのではないかと、最近思い始めてきた。
とは言ったものの、誰にでも優しく、人当たりのいい彼から、悪印象は持たれていなくとも、好印象をもたれているかというと、正直謎だ。あの性格ゆえに、彼が私のことをどう思っているのか想像も付かず、何度も告白を考えたものの、結局今日まで踏み切ることはできないでいるのである。

「悪ぃみょうじ!待たせたな!...って爆豪、まだいたのか」
「てめぇは俺のことより自分のことどうにかしろや...」
「は?何だよそれ?」
「何でもねぇわ。じゃあな」

ちら、と私を見た後、爆豪くんは教室を後にする。

「んじゃ帰るか!」
「う、うん!そうだね!帰ろっか...」

自分の中の下心が何だか申し訳なく思えてくる程に、曇りのない笑顔でそういう切島くんに、私は見えないよう小さなため息をひとつ吐いた。







「じゃあさじゃあさ、休日のお出かけに誘ってみるっていうのはどう?」

放課後の寮の共有スペースでは、女子メンバーによる、私のための作戦会議が実施されていた。

「おー!それいい!それなら特別感ちょっとあるもんね!」
「要はデートだもんね、さすがにそれなら気づくかも...」
「ってか、何であんなに鈍いかね...あの馬鹿は」
「もはやあの鈍さは才能と呼べるレベルね」
「でも私、切島くんの好きなものとかあんまり知らないし...どこに行けばいいんだろ...」
「切島くんかぁ...なんか男っぽいものとか好きそうだよね」
「となると...あ。スポーツ観戦とかは?みょうじも結構観るの好きって言ってたじゃん?」
「でしたら!ちょうどいいものがありますわ!」

そう言うとヤオモモが持っていた財布の中から細長い紙を2枚取り出した。

「ヤオモモ、それ何?」
「来週の日曜日の野球観戦のチケットですわ!父がスポンサーをしておりまして...頂いたものですが、宜しければお二人で使って下さい。もし切島さんのご都合が悪いようでしたら、私がお付き合いしますわ!」

どうぞ!と笑顔でチケットを渡してくれるヤオモモの後ろに、何故だかそこにはないはずの神々しい光が見える。

「予定聞いてみないとわからないけど...うん!誘ってみる!」
「なまえちゃん、頑張れ〜」
「ファイト!」
「いい報告待ってる」

手渡されたチケットを片手に、今度こそは告白しようと決意を固め、本日の作戦会議はお開きとなった。







部屋に戻ってベッドに正座して、スマホを見つめる。画面には切島くんの連絡先が表示されていて、発信ボタンをタップすれば彼にすぐにかけられる状態だ。

「...ではいざ、勝負!」

いやなんの勝負だ。とツッコミを自分で入れたくもなったが、その気持ちは後回しにして発信ボタンをタップする。3、4回ほどコール音が鳴ると、プツっという音と共に明るく快活な声が聴こえてきた。

"どしたー?"
「急にごめんね、今大丈夫かな...?」
"おう、大丈夫だぞ!"
「切島くん、来週の日曜日って予定あるかな?」
"特にねぇけど、どした?"
「野球観戦のチケット、2人分貰って...女子の誰かと行こうかと思ったんだけど、みんな都合悪い(ということにしておけと響香ちゃんに言われた)みたいで...その、良かったら一緒にどうかな、と思って...」
"マジか!いいのか!?"
「う、うん...!」
"行く行く!やっベー、テンション上がってきた!"

二人で行くことに何の躊躇いもなくOKを出す切島くんにホッとしつつも、テンションが上がった理由は、野球観戦に行けるからであって、私と二人で出かけることに対してではないのだろうということが容易に想像出来て、少し凹む。

「じゃ、じゃあ日曜日の夕方の試合だから、14時くらいに共有スペースでいいかな?」
"おう!楽しみにしてる!!"
「うん、それじゃあ...」
"あぁ、お休み!"

予想通りの反応ではあったがひとまずデートの約束は取り付けた。
二人で一緒に並んで歩くのを想像してベッドで足をバタバタさせる私は客観的に見るとすごく愉快な状態なのだろうが、今は浮かれさせて欲しい。
彼に異性として意識してもらうためにはどんな服を着たらいいだろうか。ひとまず進捗を報告して、もう何度目かもわからない作戦会議を開くことを決めた。







「いやー、晴れてよかったな!」
「そうだね!今日行く球場は屋根ないから、良かった」
「ってかあれだな、休みの日にみょうじと二人でどっか出かけるのとか初めてだよな!」
「そ、そうだね!何か新鮮だよね...!」
「そうか?」
「え?」
「いつも一緒にいるから、何かみょうじは大丈夫っつーか...他の奴だと時々相手がちゃんと楽しめるかとか考えちまうからさ」
「そう、なの?」
「なんつーか...うまい言葉が出てこねぇけど」

"いつも一緒にいる"というその言葉に顔が熱くなるのがわかった。確かに彼のそばに居たいという理由で、事ある毎に話しかけたり、一緒にいたりはしているが、切島くんはそんなこと一切気にも記憶にも留めていないと思っていた。頑張って選んできた服に一切ノーコメントなのには少し落ち込んだが、それを帳消しにしてしまえる程の嬉しさがある。
向こうに全くその気はないんだろうと思っていたけれど、唐突にカミングアウトされた特別感に、きっと他意はないと地震が傷つかないための予防線を張りつつも、ほんの少しだけ期待してもいいのかな、なんて思ってしまった。我ながら単純だ。

もしかしたら、も有り得る...のかな...。

球技場は電車で1時間程度のところにあり、日曜日ということもあってか既に多くの人が最寄駅周辺を歩いていた。応援するチームのユニフォームや応援用のグッズを持ったいかにもなファン達や家族づれ、デートのカップルなど、様々な人が球場にむかう道を歩いていた。
球場に入りチケットに書かれた座席を探すが記載されている座席が見当たらず、球場のスタッフの人に尋ねると、急にスタッフの人が顔色を変えて、その場で少し待たされた後、しばらくするとスーツを着たちょっと偉い感じの男の人がやってきた。どうやら話を聞くと私たちが持っていたチケットはなんと通常販売のものではない、VIP専用の座席だった。一般の人とは違う入り口を入って案内された席は、通常の球場の席とは違い、映画館のようなフカフカとした椅子で、しかも飲み物と軽食も無料で提供してもらえるという至れり尽くせりの座席だった。




「何ていうか、すごい見通しがいいというか...選手があんな近くに...」
「だな...っていうか、みょうじは知らなかったのか?こういう席だって」
「う、うん...くれた人は何も言ってなかったから」

誰に貰ったのかを切島君には教えていないので口には出せないが、さすがはヤオモモから渡されたチケットだ。

「まぁ予想外の展開だけどよ、こんなラッキー滅多にないし、せっかくだから楽しもうぜ!」
「それもそうだね!」

彼のこういう前向きなところがヒーローっぽくてとても好きだ。何かあるとつい悪いことばかりを想像してしまう私とは対照的に、彼はいつも自ら気持ちを奮い立たせることで、良い結果を引き寄せているような、そんな感じがする。
一緒にいると気持ちが晴れやかになり、自然と笑顔になれる。私もこんな人になりたいと思うし、そんな彼だからこそ一緒にいたいと思うのだ。







飲み物と食べ物を適当に選んで席に運び、一緒にそれらを食べながら試合を観戦した。試合中はイメージ通りと言うか、切島くんは子供のようにはしゃいでいて、好きな選手の話をしてくれたり、投球フォームの真似をしてみたりしながら、夢中になって試合を見ている彼を横目に見ていると、当初の目的なんてどうでもいいと思えるほどに気持ちは満たされていた。
試合が終わり、

「いやー、めっちゃ面白かったな!!」
「選手もだけど、切島くんの応援も負けないくらい熱かったよね」
「あれは熱くなるだろ!」
「ふふ、そうだね」
「にしても、みょうじが野球のチームに詳しかったの、なんか意外だわ」
「そうかな?」
「まぁ勝手なイメージだけどよ。そういうのは興味ねぇかと思ってた」
「お父さんとお兄ちゃんがスポーツ観戦好きで、それで結構一緒に行ったりしてたから」
「なるほどな、それでか。こういう話で盛り上がれるのはいいよな」

それは一般論なのか、それとも彼自身の感覚なのか。後者としてなら、それは友達としての話なのか、それとも違う意味なのか。好きな人の言葉をいつも複雑に考えてしまうのは私の悪い癖だ。
彼はどんな人が好きなのだろう。どんな女の子なら、一緒にいたいとそう思うのだろう。今日告白するために誘ったのに、伝えたいこと以上に知りたいことが沢山あって、それがまた決心を鈍らせる。

「ってかみょうじって妹なんだな」
「そうだけど...見えない?」
「いや、見える。妹って感じ、何かわかる気するわ」
「そうかな」
「俺にとってもなんかいつも一緒にいる妹っつーか、なんかちょっと放っとけねぇ感じとかも、まさに妹のそれって感じだもんなぁ」

"妹"。
その言葉を出された瞬間、私の中で先程の期待やもしかしたら、という自惚れはガラガラと音を立てて崩れ去る。
それってつまり私は恋愛対象には永遠にならないということでは無いのだろうか。私がお兄ちゃんのことを決して恋愛対象として見ないように、切島くんが私を恋愛対象として見ることも、これからもずっと無いんじゃないだろうか。頑張ったって頑張ったって、"妹"が彼女になれる日なんて、来ないんじゃないだろうか。
そんなことを思ってしまった。

「みょうじ、どした?」
「切島くんってさ...」

残酷だよね。

「ん?」
「ううん、何でもない...あっ、そういえば切島くん、グッズ買いたいって言ってたよね?ちょうどそこだし、買ってきたら?」
「いいのか?みょうじも何か買うか?」
「私はお手洗行ったらそっちに合流するよ!」
「了解。じゃあ後でな」

切島くんと一旦別れて、彼に伝えた通り一度化粧室にむかう。食事をして取れてしまった色つきのリップを直した後、そういえばずっと見ていなかったスマホを取り出す。スマホの画面を見ると、女子のみんなからの応援メッセージがいくつも届いていた。いつもならそれが私を勇気づけてくれるのだが、先程の切島くんからの妹宣言によって、かえって辛さを助長させた。

みんなごめん、もう無理かもしんない。

もうこのまま帰ってしまおうか。そしたら少しは気にしてもらえたりするのだろうか。
そんな意地の悪いことを考えてしまう自分が嫌だ。
いやいや、何を考えているんだ。彼が"そういうつもり"がないと分かっていて誘ったのは私だし、好きな人と一緒にいられることに変わりはないのだから、楽しまなければ損だ。彼ならきっとそう思うだろう。

一先ず切島くんの所に戻ろう。

そう思った時だった。




「ねぇ、君一人?」
「はい?」

後ろから声をかけられて振り向くと、見知らぬ男の人が立っていた。

「私ですか?」
「そう。もしこの後暇ならお茶でもどう?」

これは、所謂ナンパというやつなのだろうか。今まで何度も球場にスポーツ観戦に来たことがあるが、いつもはお父さんかお兄ちゃんがいるからか、こんなことは初めてだ。

「すみません、私一緒に来てる人がいるので」
「彼氏?」
「いえ、違いますけど」
「じゃあ連絡先だけ教えてよ。今度遊ぼう?」

どうしてなんだろう。
見ず知らずのこの人には、私はちゃんと"女の子"に見えているのに、どうして彼には見てもらえないのだろう。気合を入れて選んだ服も、いつもはしない色つきのリップも、全部全部あの人に見て欲しいからで、こんな知らない人のためじゃないのに。そんなことを思ったって仕方ないのに、改めて自分の不毛な恋に涙が出てくる。




「え、ちょ、どうしたの...?」

声をかけてきた人は、"何が何だかわからない"、という顔をしている。無理もない。この人は別に私を傷つけるようなことは何一つ言っていないのだから。出来心で声をかけただけの女が急に泣きだしたら、誰だって困惑する。

「すみません、タイミングの問題で...」
「よくわかんないけど、大丈夫?」
「はい...すみませ...」

申し訳ないことをしてしまった。そう思って改めて謝ろうとしたが、私の言葉は目の前に急に現れた人物に阻まれることになった。




「何してんすか?」

目の前に急に現れたのは、この道をずっとむこうに歩いていったグッズショップにいるはずの人だった。いつもの声より数段低い声で、切島くんの表情は見えないが相手の男性の引きつった表情から、なかなかの威圧感を出していることが窺える。

「よくわかんねぇすけど、こいつ泣かすなら俺も容赦しないっすけど」
「き、切島くん...!ちょっと待って!ストップ!違うの!」
「え、違うって...」
「えっと...コンタクト!今ちょうどコンタクトがズレちゃって、それで急に涙が出てきたところを、心配してくれただけで...」
「そ、そうだったんすか!す、すんません!!俺...」
「い、いや...こっちこそ何か、お邪魔してごめんね...」

切島くんは深々と頭を下げて謝ったものの、先程の彼の威圧がかなり効いたのだろうか、私に声をかけてきたその人はすぐに逃げるようにその場をあとにした。







「ご、ごめんね...紛らわしいことを...」
「いや...勝手に勘違いしたのは俺だからよ...」

残された私たち二人の間にはなんとも言えない空気が漂っている。

「で、でもビックリしたよ、切島くんあんな風に怒ったりするんだね」

熱くなる彼はよく見るが、静かに怒った彼は初めて見たから驚いた。

「あれは...その、何か俺もよくわかんねぇ」
「そうなの?」
「遅せぇなと思って店出たら、遠くにみょうじが他の奴と居るの見えて、何かすげぇモヤモヤしたっつーか...」

この人は、自分が何を言っているか分かっているのだろうか。それはどう受け取ってもいわゆる"嫉妬"というやつだと思うのだけど。

「男らしくねぇなって思ったけどよ...勝手に足も動いてて、そんで近づいたらお前泣いてたから、カッとなっちまって...悪ぃ...」
「切島くん」
「何だ?」
「それ、意味わかって言ってるの?」
「どういうことだ?」

なんてこったい。この人無自覚だ。鈍い鈍いとは思っていたけど、まさかここまでとは流石に予想していなかった。

「...切島くんってさ」
「ん?どした?」
「鈍いよね。色々と...」
「そ、そうか?なんか悪ぃな...迷惑かけてたら言ってくれよ!」

困ったような笑顔で両手を顔の前で合わせてそういう彼。どっちかと言わなくても困っているのは私の方なのだけど。
さっきの言葉も行動も、その本質を彼はまるで理解していない。彼は私を妹だと言ったが、私はお兄ちゃんが知らない女の人にこてんぱんにされる現場に遭遇しても、きっとそんな風にはならないんだけど。いや絶対ならない。

「あはは、でもそういう所も好きだよ」
「......はっ!?す、好きって...お前...」

まぁいいや。今はそれでも。
どうやってあなたに"その気持ち"を気づかせるか。それを悩む毎日も、何だか楽しそうだしね。


−−−−−−−−−−

彼はヒロアカ男子の中で一番自分へ向けられる好意に鈍いのではと思っています。

2020.10.18

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