未来で待ってる


「相澤先生、お誕生日おめでとうございます!プレゼントは私です!!どうぞ煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ!!」

私がそう言うと、先生は右手で目頭を押さえながら、呆れたように俯いた。私と先生以外の誰もいない、放課後の職員室に、先生の大きなため息が響いた。

「...よっぽど補習を受けたいらしいな、お前は」
「え、何でですか!?超レア物のプレゼントなのに!」
「補習の日程だが」
「ちょっ...!スルースキル高すぎませんか!?」
「...お前のその提案に対して、ここで俺が何と返答しても、俺にはデメリットしかないだろ」
「いやいや、何言ってるんですか。ピチピチの女子高生とキャッキャウフフできるんですよ?」
「お前それ、自分で言ってて恥ずかしくないのか」

担任の先生に対して申し訳ないけれど、第一印象は最悪だった。
暗そうだし、髪の毛はボサボサだし、無精髭だし、顔色悪いし。名門と謳われる雄英の教師を任されるくらいだから、実力は確かなのだろうけど、見た目的には全然ヒーローっぽくないし。オールマイトのような、これぞヒーロー!みたいな人が担任の先生になってくれるのだろうと期待していた私は、正直がっかりした。
しかし、そんな最悪の第一印象から一転、今では猛アタックするほどまでに私の心境が変化したのは、入学早々のUSJでの出来事がきっかけだった。敵に襲われかけた私を、相澤先生は満身創痍の状態で庇ってくれたのだ。もちろんそこには教師としての責務以外の他意は一切なく、相澤先生からすれば、やるべきことをやっただけなのだが、私に与えた影響は凄かった。
助けられたその瞬間、冗談抜きで先生は最高にかっこいいヒーローだったのだ。

それからと言うもの、私は隠すことなく、先生に好意を伝え続けている。生徒と教師、ドラマだったらきっと密かに逢瀬を重ねながら惹かれ合っていくものなのだろうが、現実問題、密かに二人きりを狙って接触するなんてほぼ不可能だ。
周りの先生やクラスのみんなも、あぁまたやってるよ、くらいの感覚で、私が本当に、心の底から先生を好きだと言うことに気づいている人は、もしかしたら先生自身も含め、誰もいないのかもしれない。

「私結構一途ですよ?それに、1,2回...いや、3回までなら浮気も許しましょう!」
「何のプレゼンをしてるんだお前は」
「そりゃあ、相澤先生に私のプレゼントを受け取ってもらうための、プレゼンです!」
「何を言われても受け取らないからな。俺は」

心底面倒くさそうな顔をして、相澤先生はテーブルに置かれたコーヒーを一口飲んだ。

「じゃあ先生、逆に聞きますが、お誕生日に欲しいもの、何かありませんか?」
「お前の満点の答案用紙」
「うわ...これぞ先生、って感じの答えですね」
「お前こないだ英語の小テスト赤点ギリギリだっただろう。マイクが言ってたぞ」
「めっちゃ痛いところ突いてくるし...。じゃなくて、他に!何かないですか?」
「...睡眠時間」
「それは校長先生にでも頼んで下さいよ...」
「そもそも、俺はもう誕生日なんて喜べる歳じゃないぞ」
「私は嬉しいですよ。先生が生まれてきてくれた日ですから」

私がそう言うと、先生はまた大きくため息をついた後、少し怪訝な顔をした。

「お前な...」
「はい?」
「さっきの台詞もそうだが、そういう誤解を受けるような言い方はやめろ」
「何を誤解するんですか?」
「お前が俺を"そういう対象"して見ていると、周りの奴らに誤解されるぞ」
「見ていますって言ったら、先生どうしますか?」
「どうもしない。俺のやることは、お前たち卵を卒業までに使い物にすることだけだ」
「じゃあ例えばですけど、私が卒業して、卵じゃなくなってから、先生のことを好きですって言ったら、どうしますか?」
「ひとまず、正気かどうか病院に連れていくだろうな」
「ふふ、ひどいですね」

誤解でもなければ、身体のどこかがおかしいわけでもない。
ただあの時から、ずっとあなたのことを好きなだけで。それは綺麗な憧れでもなければ、まして尊敬でもない。抱きしめられたいとか、キスされたいとか、そういうことを求める、私の中の、女としての感情だ。
だけどこの制服を着ている限り、この人が私を女として扱うことは絶対にない。それは確信であり、ある意味、先生に対する絶対的な信頼だ。

「そういうところ、嫌いじゃないですよ」

どうせこの人が私に何かしてくることがないのなら、いっそ開き直ってしまえばいい。先生の心にほんのわずかでも、私の存在を残しておけるのなら、無鉄砲で馬鹿な女子生徒を演じ続けてもいい。可愛い女子生徒の憧れなんかじゃない。したたかで身勝手で、独善的な気持ち。
それが私の恋なのだ。

「ところで先生、今日は誰かと過ごしたりしないんですか?せっかくのお誕生日なのに」
「そんな奴が居たら、お前とお喋りなんかしてるわけないだろ」
「じゃあ、誕生日に二人っきりになった女は、私だけってことですね!」
「生徒は女にカウントしない」
「あのー、生物学上、これでも一応女なんですけど...」
「...そこを否定した覚えはない」

僅かな間を開けてから、先生はそう言った。精一杯、彼なりに言葉を選んで言ってくれたのだろう。私よりずっと年上なのに、少し気まずそうに下を向くその姿は、何だか妙に可愛く思えてしまった。そんな顔もするんだな、と、またこの気持ちが大きくなっていくのを感じて、胸が締め付けられた。

「ねぇ、先生」
「何だ」
「もしですよ?さっきの例え話が本当になって、病院に行っても何にも異常がなかったら」

私が何を言おうとしているか理解した先生は、特段驚く様子もなく、私の顔を見る。

「私のこと、女として見てくれます?」

"先のことなど確約できない"。先生の答えはいつもこれだ。それを分かっていても、1%にも満たない可能性のイレギュラーを期待して、私はいつも先生にこの質問をする。文脈は違えど、必ず聞く。私のことを女として見てくれる日は来るのか、来ないのかと。それは揺さぶりでもあり、本当に純砂な疑問でもある。

この制服に袖を通している限り、先生が私に期待を持たせるようなことは絶対に言わないだろう。だけどこうして言葉に出し続けていないと、私自身がいつか本当にダメになってしまう予感がある。
例えば、この叶わない恋心に蓋をすることを決めたとして、その蓋をずっと開けないでいられる自信は全くない。抑え込めば抑え込むほど、きっと気持ちは大きくなって、私をきっと蝕んでいく。そんな予感が、私にはある。だからこうして言葉にして、少しでも気持ちを散りばめておくのだ。

「...先のことは確約出来ないからな。今の俺には答えられない」
「ですよね。わかってました」

予想通りすぎる答えで、逆に笑ってしまいそうになる。毎回同じことを質問してしまって、先生には申し訳ないけれど、これでまた、しばらくはこの恋心を制御しながら生活できそうだ。

「じゃあ私は帰ります。お誕生日あと少しですが、いい1日を過ごしてくださいね〜」

相澤先生に背をむけて、職員室の入り口へと歩き出す。今先生が何を考えているのか、知りたいようで知りたくなかった。こんなことをあと何回繰り返せば、私はこの恋に決着をつけられるのだろう。そんなことを考えながら、職員室の扉に手をかけた。

「みょうじ」

ドアを開けようとした瞬間、名前を呼ばれて先生の方を振り返る。彼は机の上に置かれたPCの方を見ていて、私からは先生の背中しか見えない。

「...なんですか?」
「毎度の質問についてだが」
「はい」
「卒業した後に聞きに来い。......お前の気持ちが変わらなければな」

その言葉に、持っていた鞄が肩から床へと落ちた。先生は今何を言っているのだろう。期待していたはずの1%のイレギュラーが、いざこうして起こってしまうと、どうしていいかわからない。

「え、あの...」

だけど、先生は確かに今、"聞きに来い"と言った。それはつまり、その質問に答える気があるということで。それがどういうことなのか、大人の先生には分かっているはずだ。

「...あの、それは...っ、好きでいても、いいって、こと...ですか」
「今の俺には答えられない。だから期待はするな」
「...はい」
「でも未来の俺に聞いてくれたら、その時はちゃんと答える。だから、」

そこまで言うと、先生は私の方に身体をむけた。その表情はいつもと変わらない相澤先生だ。屈強そうでもなければ、自信に満ちた様子でもないのに、そこに居てくれるだけで感じる安心感。私にとってのヒーローは、やっぱりこの人だと、そう思った。

「ここまで来い。俺のいるところまで」
「......なかなか遠い道のりですね」
「...それと」

先生は何かを言いかけたが、言うかどうか迷っているのか、少し考え込んでいる。

「あの...相澤先生?」

私が困って先生の名前を呼ぶと、先生は今日3度目の大きなため息をついた。

「...間違っても"女"が、自分をプレゼントにするなんて、男に言うんじゃない」

頭を掻きながらそう言う先生の顔は、少し赤く染まって見えた。
それは夕陽のせいなのか。それとも。


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先生お誕生日にTwitterにあげたものを修正してこちらに。(タイトル変えてます)
いつもより短めですが、個人的にこのお話すごく気に入っていて、
続きをどこかで書きたいなと思っています。

2020.11.28

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