Trick and Treat


※短編「あの子が欲しい」の続編です。
(未読でも特に問題はありません)


「ハロウィンパーティ?」

10月。ギラギラとした夏の暑さがまるで夢だったかのように、外はすっかりと肌寒くなり、制服のブレザーに久しぶりに袖を通す季節になった。

「そう!女子と砂藤くんでそれぞれハロウィンのお菓子を作って、土曜日にクラスの皆でパーティしようって話になったの!」
「お飲み物は私が用意しますわ!」
「もうそんな季節か〜」

確かに言われてみれば、昨日もテレビでハロウィンのスイーツ特集をやっていたことをふと思い出す。

「みょうじも参加するでしょ?」
「お菓子作りはあんま自信ないけど...みんなのは食べたいから参加する!」
「それわかるー!あたしも全然自信ないけど食べたいから参加!」
「なまえちゃんが参加ってことは、"あの二人"も参加やね!」
「......黙ってる訳には...」
「それは無理じゃないかしら」
「ですよねー...」

あの二人、とお茶子ちゃんがそう呼ぶ"彼ら"の顔を思い浮かべると、少し頭が痛くなったのはきっと気のせいじゃない。

「バトルするなら外でやるように言っときなね。寮でやられると色々壊れるし、ウチら巻き込まれたくないし」
「勝手にバトルしてるのはあの二人なんですけど...」
「原因はあんたでしょうが」
「......それはそうかもしれませんが」
「かもじゃなくて、そうじゃん!ひゅー!」
「モテる女は辛いねぇ」

芦戸と耳郎ちゃんがニヤニヤしながら私の肩をポン、と軽く叩く。

「という訳で、あの二人にはあんたから言っといて」
「.........まぁ、声はかけとくよ...」

実に面倒くさいことを押し付けられてしまった。どう転んでも彼らが言い合いをするビジョンしか見えず、私はさらに頭が痛くなった。







「二人とも、土曜日って何か予定ある?」

私がそう尋ねると、二人とも食事を摂る手を止めて、一人は不機嫌そうに、一人は無表情でこちらを見る。
うちのクラスのツートップと言われ、他学科からもその名をよく知られている二人、爆豪勝己と轟焦凍。あまり仲がいいとは言えないこの二人は、特に何を話すわけでもなく、私と同じデーブルで彼らはそれぞれに、激辛麻婆豆腐とざるそばを食べていた。

「急にどうした?」
「えっと...実は女子のみんなで土曜日にハロウィンパーティやろうって話してて、どうかなって思って...」
「まためんどくせぇこと考えやがって」
「みょうじも参加すんのか?」
「あ、うん。というか、女子は全員お菓子作ることになってるから...あ。例外で男子だけど砂藤くんも」

女子がお菓子を作ることを話すかどうかは迷っていたものの、後から発覚する方が(爆豪くんが)怖いので、始めに言っておくことにした。

「お前も作るってことか?」
「まぁ、そうなるね...」
「行く」
「...ったく、しょうがねぇな」
「じゃあ二人とも参加ってことで伝えとくね」
「つーか、何でこいつも誘ってんだよ」

爆豪くんの言葉に、轟くんが不機嫌そうに視線だけ送る。あぁ、また始まった。

「クラスのイベントだし...轟くんも同じクラスだし...」
「別に"仕方なく"なら来なくてもいいぞ、爆豪」
「てめぇこそ来なくていいわ」
「俺は仕方なく行くわけじゃねぇ。みょうじが作ったもんが食いてぇんだ」
「お前プライドないんか!」
「そんなところで発揮されるプライドはねぇ」
「ハッ、おめでたいのは髪の毛だけにしろや」

どういう訳かは私が知りたいくらいだが、この二人は何故か私に好意を寄せているらしく、いつもこうして下らない事で子供のように張り合う。それこそ、どっちが私と帰るかとか、どっちがバスで隣になるかとか、そんな些細なことでもとにかく張り合って、彼らは私の頭を悩ませるのだ。
さて、そろそろ周りの人達の視線も痛いし、止めないと。

「...今すぐ言い合いやめないなら、二人とも絶対お菓子あげないからね」







手作りするとは言ったものの、砂藤くんのようにお菓子作りに詳しい訳でもなく、今までバレンタインなども一切作ってこなかったので、自分で作れそうなお菓子のレシピを探すところからのスタートだ。

「で、なんで二人は作るわけじゃないのに、図書室でお菓子のレシピを一緒に見てるわけ?」

男子高校生が図書室でお菓子のレシピ本をパラパラと見ているのはなかなか不思議な光景だ。

「あ?選んでやってんだろ。わざわざ来てやってんだからありがたく思えや。俺はあんま甘すぎんの食えねぇからな」
「さり気に注文入れないでください」
「俺はこれがいい」
「轟くんのは普通にリクエストだよね...ってきんつばは無理でしょ...」
「じゃあ俺のはこれにしろや」
「スコーンか...美味しそう...じゃなくて。だからね?あなた達にじゃなくて、"皆に"あげるやつだからね?」
「どらやき食いてぇ」
「うん。きんつばといい、どっちも"らしい"チョイスだけど、ハロウィンに和菓子はあれかもよ...?」

もはや完全に邪魔をしにきている。普通にひとりで図書室に来ればよかったと、安易に二人が来ることを了承した一時間前の私を殴りたい。

「ごちゃごちゃうるせぇな...てめぇは何なら作れんだよ」
「んー...レシピを見れば多分大体作れると思うけど...」
「菓子以外も作れんのか?」
「むしろお菓子以外の方が作れるかも。お菓子は分量とかちゃんとやらないといけないから...」
「じゃあ、今度弁当作ってくれ」
「え...」
「ダメか?」
「いや、まぁ...ダメではないけど...」
「おい、てめぇ何勝手なことぬかしてんだ半分野郎」
「何だ、お前もみょうじに作って欲しいなら自分で言えよ」
「......そいつにだけ作ったら殺す」
「それ、お願いじゃなくて脅迫だよ?」
「うるせぇ。いいから誓え」
「俺とも約束な」

じっ、と私の目を見てそう言う二人。この人達は本当に15歳と16歳なのだろうか。5歳と6歳の間違いではないだろうか。

「はぁ...。ちゃんと作る時は二人に作りますよ...これでいいですか」
「でも勿体なくて食えねぇかもしれねぇ」
「なら俺がお前の分も全部食ってやらぁ」
「嫌だ。食う」
「てめぇどっちなんだよ!!」
「二人とも...図書室だから静かにね...」

まぁ予想はしていたが、案の定その数分後に二人が図書室で喧嘩を始めてしまい、周囲の人たちの冷ややかな視線に耐えきれずに二人を連れて寮に戻った。
結局その後、ほかの女子メンバーや砂藤くんに何を作るか相談して、みんなと被らない、かつ切り分けてみんなで食べやすいという理由で、カボチャのシフォンケーキを作ることにした。







「甘すぎだわ。やり直せ」
「そうか?普通に美味いぞ」

みんなに食べてもらうのだから、せっかくならば美味しいものをと思って、夕食後に寮のキッチンで試作を作ってみることにしたのだが。

「いや、だからね...何であなた達がここにいるのかな...」
「あ?毒味だ、毒味」
「毒味って...」
「エプロン姿写真撮っていいか」
「...嫌です」

嫌だと言ったのに、既に轟くんは私にスマホを向けていて、その数秒後には何度もシャッター音が鳴っていた。

「てめぇ何勝手なことしてんだ、この舐めプ」
「転送するか?」
「...おう」

不機嫌そうに文句を垂れていたのに、轟くんの提案に爆豪くんはあっさりと寝返った。こういう時だけ結託するところがこの二人の厄介なところで、本当に仲が悪いのか最近は疑わしくなってきた。(まぁ多分、轟くんはむしろ仲が良いと解釈している可能性が高いけど)

「そこ。肖像権侵害で訴えますよ」
「んだよ、馬鹿のくせに一丁前にそんなことは知ってんだな」
「...どうせあなた達より成績悪いですよ。悪かったわね」
「こないだの期末も俺が居なかったら赤点だったもんな」
「爆豪くん、正解しないと怒鳴るんだもん...嫌でも覚えるよ...」
「1回やりゃ覚えんだろあんなもん」
「みょうじ、俺も英語教えた」
「あ、うん。ちゃんと覚えてるよ。ありがとうね」
「俺は役に立てたか?」
「も、もちろん!」

そうか、と嬉しそうにする轟くん。轟くんは爆豪くんのように怒鳴ったりはしないけど、教え方が大雑把で、ちょっと私の頭では理解が追いつかなかったのは黙っておこう。







「おぉ...これがコスプレってやつですね...」

ハロウィン当日。女子は全員でお揃いの魔女の仮装をすることになり、衣装を用意してくれたヤオモモの部屋で、今まさにその袖に腕を通したところだ。普段なかなかしないことをする時は、やはりドキドキするし、ワクワクもする。

「にしても、まさか仮免補講が入っちゃうとはねぇ...あの二人」

用意してもらった衣装に着替えていると、私の隣で着替えていた耳郎さんが苦笑いする。

「何か、急遽スケジュール変更ってなったらしくて...」
「ふーん、寂しい?」
「いない方がむしろ平和なのは間違い無いけど...まぁ、気の毒ではあるよね」
「はい、ツンデレの貴重なデレ、頂きましたー」
「誰がツンデレよ、誰が」

寮でパーティ用のシフォンケーキの試作を作っていた翌日、相澤先生に呼び出された二人が至極不機嫌そうに寮に戻ってきたので、どうしたのかと尋ねると、本来31日は休日のはずだったのだが、公安委員会の仮免補講の担当者がどうしてもずらせない仕事が入ってしまったとのことで、補講の日程が変更となり、パーティ当日の31日に見事バッティングしてしまったというわけだ。


「爆豪はずっとイライラして上鳴に八つ当たりするし、轟はしょぼくれて必死に緑谷が慰めてるし、あれは笑ったわ」
「まぁ、爆豪くんは割と通常運転だったような気もするけどね...」

そんな会話をしながら着替えを終え、寮のキッチンから共有スペースにお菓子を運び、クラスのハロウィンパーティが開催されたのだった。







やっぱ砂藤くんのお菓子は段違いに美味しかったなぁ...。

ハロウィンパーティはつつがなく終わり、用意していたお菓子は全てみんなのお腹の中に収まった。砂藤くんが作ってきてくれたパンプキンパイが絶品で、レシピを教えてもらったけれど、見た目も味もあのクオリティになるには、きっと私なんかじゃ100回作っても無理なのだろうなと思うほどに美味しかった。
片付けを終え、みんなそれぞれの自室に戻る中、私はひとり共有スペースのソファでテレビでアクション映画を観ながら、ヤオモモが分けてくれた紅茶を堪能していた。大きな画面を独り占めして観るアクション映画は、何だかちょっと特別感がある。

「今日もそこそこハードだったな」
「気安く話しかけんじゃねぇ!あと俺の前を歩くんじゃねぇこの半分野郎が!」
「毎回言ってて疲れねぇか、それ」
「喧嘩売ってんのかてめぇはよ...言い値で買ってやんぞ」

温かい紅茶を飲みながらまったりしていると、近頃は結構な距離があっても聞き取れるようになった声が二つ、寮のエントランスの方から聞こえてきた。仮免補講の日が来る度に、同じようなやり取りを耳にしている気がするのは、きっと気のせいじゃない。

「二人ともおかえり」
「お」
「あ?」

私がそこに居たことに驚いたのか、二人は言い合いをやめて、私の方を呆けた顔で見ている。

「みょうじ、待っててくれたのか?」

真っ先に私のところに足早にやって来て、嬉しそうにそう言う轟くん。見た目は猫っぽいのに、何だかちょっと犬みたいだなと思ってしまった。ごめんね轟くん、失礼なことを思ってしまった。

「まぁ...一応。なんか仲間外れみたいになっちゃったし。あ、この映画面白いよ、おすすめ」
「すげぇ嬉しい」
「ハッ、単純だなてめぇは」
「にしても二人とも、今日もすごい擦り傷だらけ...」
「こんなん傷のうちに入んねーわ」
「パーティ楽しかったか?」
「楽しかったよ〜。お菓子は砂藤くんのがやっぱり一番凄くて、男子のみんなで取り合いしてた」
「野郎の作ったモンを野郎が取り合ってるとか、なんの地獄絵図だそりゃ」
「ははっ、まぁそこだけ聞けばそうかもね」

爆豪くんのツッコミに思わず笑ってしまう。確かにそれもそうだ。男子の作ったものを男子同士で取り合っているというのはなかなかシュールだ。

「...俺も、食いたかった」
「砂藤くん、二人の分も今度別の日に作ってくれるって言ってたよ」
「そうじゃねぇわ、アホが」
「何で今の流れで爆豪くんに責められるのよ、私が」
「砂藤のじゃなくて、みょうじの作ったもん食いたかった」
「あー...あっという間にみんなで食べちゃったからね...」

結構たくさん作ったつもりだったのだが、さすが男子高校生と言ったところか。女子と砂藤くんで用意したハロウィン用のお菓子はパーティ開始からわずか30分という早さで無くなったのだ。

「少しは残しとこうとか、そういう配慮がねぇのかあのバカ共はよ」
「仕方ねぇな...今回は」
「まぁ、だからシフォンケーキは無いけど」

毎日それなりに困らされているし、頭痛の種ではあるけれど。私のような素人が作るものを楽しみにしていてくれたのは、ちょっとだけ嬉しかったから。

「えっとね...あ、こっちが轟くんで、こっちが爆豪くんね」
「...何だこれ」
「爆豪くんのはかぼちゃのスコーンで、轟くんのはかぼちゃあんのどら焼き」
「わざわざ作ったのか?」
「余った材料で作ったから量は少ないし、まがい物感は否めないけどね...でも砂藤くんに聞いてやったし、味見もしたから食べられるはず...」
「爆豪」
「...んだよ」
「......今初めて、もうこのまま死んでもいいと思った」
「願ったり叶ったりだわ。勝手に死ねや」

周りにお花が飛んでいるのが見える轟くんと、悪態を吐きつつも珍しく少し穏やかな笑顔の爆豪くん。明らかに嬉しそうな二人を見て、逆に余った材料で作ったことが少し申し訳なくなる。

「えと、まぁ...仮免補講を頑張ったご褒美ということで...じゃあ私は部屋に帰りますので」




「待てコラ」

そのまま部屋に戻ろうと、テレビのリモコンを手に取ろうとしたがそれは叶わず、その手は爆豪くんに掴まれた。

「そこ座れや」

あ、これは逆らったらいけないパターンのやつだ。そう思って爆豪くんが"そこ"と指を差したソファの真ん中に座る。すると私の右隣に爆豪くんがどかっと座り、それを見ていた轟くんも左隣にそっと腰を下ろした。

「そんな急いで部屋戻んなくてもいいだろ、明日は日曜だし」
「てめぇおすすめの映画はまだ序盤だしなぁ?」
「まぁそれはそうですけど...なんでしょうか...」

私がそう言うと、爆豪くんは乱暴にお菓子のラッピングを破ってスコーンを食べた後、私の肩に全体重をかけて寄りかかり、彼はそのまま目を瞑ってしまった。

「ちょ、っと...重いんですけど」
「あ?疲れてんだよ、こっちは」
「そりゃ補講の後だからそうだろうけど...」
「"仮免補講のご褒美"つったじゃねぇか」
「そう言ったけどさ...」
「だったらつべこべ言うなや、うるせぇ枕だな」

爆豪くんと私のやり取りを見ていた轟くんは、不機嫌そうな顔をしてから、同じようにトスッと私の方にもたれかかってきた。彼の場合はまだ配慮があるというか、頭だけ乗せる感じなのでそんなに重くはないが。

「あのー...轟くん?」
「なぁみょうじ、これ食わせてくれ。もう疲れて自分じゃ食えねぇ」
「...さっきまで普通に立って歩いてたよね?」
「"仮免補講のご褒美"なんだろ?」
「いや確かにね?そうは言いましたけども...!」
「だったら良いだろ。あーんってしてくれ」

ちょっと優しくするとすぐこれだ。普通はお菓子を貰ったのならそれで終わりじゃないんですか。お菓子も食べます、悪戯(というか、ただのワガママ)もします、なんてちょっと質が悪すぎやしませんかお二人さん。

「みょうじ、早くくれ。腹減った」
「ちょっと待って開けるから...っていうか爆豪くん、寝ないで!」

それは10月最後の日。彼らを文字通り"甘やかしてしまった"ことを、ものすごく後悔した夜だった。


−−−−−−−−−−

短編「あの子が欲しい」の続編。
ツートップにツッコむ女の子を書くのがとても楽しかったです。
Happy Halloween♡♡

2020.10.31

BACKTOP