彼氏の条件 緑谷出久の場合


「ねぇ、バカなの?正真正銘のバカなの?」
「そ、そんな言い方しなくても...」
「毎回毎回、なんでそう無茶な戦い方しか出来ないのよ」
「それは...返す言葉も...ないや。ごめん」
「もういいから、さっさと傷見せて」
「はい......」

幼い頃から家が近くて、幼稚園から高校までずっと一緒だった出久と勝己。高校では2人はヒーロー科、私は普通科を卒業して、彼らはプロヒーローに、私は治癒の個性を活かしてヒーロー事務所と連携し、負傷したヒーローを治療する専門医になった。

「勝己も大概だけど、昔から本当に変わんないよね。別に出久が無茶しなくても、他にもヒーローは現場に居たでしょうに」
「君も変わらないね。いつも僕らのこと心配してくれるところとか、昔のまんまだ」
「私が無茶するなって言ってるのは、あんた達が無茶すると、私の仕事が増えるからよ」
「はは、そうだね。いつもありがとう」

朗らかに笑うところも、昔からずっと変わらない。出久はいつもそうだ。怪我を見る限りなかなかの現場だっただろうに、私の前ではいつもこうして笑って、弱音なんて絶対に吐かない。

「あんた達の奥さんになる人は大変そうよね」
「なっ、何!?急に...っ」
「だって仕事の度にこんな生傷増やして帰って来られたらさ、引子さんも言ってたけど、心臓もたないわ」
「あ、あぁ...そういうこと...」
「そうよ。私は絶対ヒーローの奥さんなんてお断りだわ」
「......じゃあ、なまえはどんな人なら結婚したいと思うの?」
「んー、まず健康な人」
「はは...君らしいや」
「あとは、そうね。少なくとも、無茶して周りに迷惑や心配をかけない人がいいわね」
「す、すみません...」
「誰もあんたの事だなんて言ってないわよ」
「...そっか」
「はい。治療は終わり」
「相変わらず早いなぁ...ありがとう」
「仕事だからね」
「......あのさ、なまえ」
「何?」
「いや、何でもない。また、来るね」
「来たらダメでしょ。怪我しないようにしなよ」

"はは、それもそうだね"、と言って出久は診察室を出ていく。次に来るのは明日か、それとも1年後か。次に会う時も誰かのために戦って、傷だらけになってやって来るのだろうか。

「はぁ、やってらんないわ...」

どんな人なら結婚したいと思うのか。出久に言った一つ目の答えは本当だが、二つ目のそれは嘘だ。本当は、小さい頃から結婚したい人は決まっている。先程まで私の目の前にいた当の本人は、ちっとも気づきはしないけれど。

「ほんと、鈍いんだから」

小さい頃は、勝己に殴られては傷ついて泣いていた出久の怪我を治して、励ますのが私の役目だった。(ついでにその後で光己さんに報告するまで)それでもひたむきにヒーローを目指して、誰かを助けるためにいつも一生懸命な出久のことをずっと支えていたいと思っていたし、それが出来るのは私だけだと思っていた。
しかし高校に入学し、突如出久に個性が発現してから、彼を取り巻く世界は変わった。中学までは俯いてばかりだったのに、共にヒーローを志す多くの仲間が出来たことで、元々ある優しさや謙虚さはそのままに、実力と経験を身につけていき、いつの間にか俯く姿を見ることはなくなった。
憧れのヒーローに認められ、そしてついに、彼は夢を叶えて多くの人から必要とされる本物のヒーロー"デク"になった。そんな彼を誇らしく思うし、応援したいと心から思う。そう思っていたのに。







「はい、次の方...って、今度はあんたかーい」
「あ?んだよ、てめぇかよ」
「あらご挨拶ね。先生と呼びなさいよ」
「誰が呼ぶか」

出久の傷の手当をした1週間後、今度は勝己が傷の手当を受けにやってきた。2人とも何度かここで傷の治療をしたことがあるが、こんなに短期間で2人を診たのは初めてだ。

「......先週、クソデク来たろ」
「え、あぁ、うん。来てたけど...それがどうかした?」
「何もねぇよ」
「......嘘ね。何か隠してるでしょ?」
「んでてめぇにそんなこと分かんだよ」
「どんだけ付き合い長いと思ってんの」
「.........チッ」
「舌打ちしない。で、一体出久がどうし...」




バタンッ


私の言葉をかき消すように、診察室のドアが看護師によって乱雑に開けられた。

「ちょ、どうしたの?今一応処置中...」
「先生、デクさんが...敵との戦闘で負傷されて、今こちらに向かっているとの事なんですが...」
「...それで?」
「それが、かなり酷い状態のようで、こちらに運ぶより、医師を現場に転移した方が、ということで...」
「...勝己、さっきのって、このこと?」
「あぁ」
「......隠してた罰としてあんたら後で私に高級パフェ奢りね」
「さっさと行けや」
「約束ね」







出久の事務所に所属する転移系の個性を持つサイドキッカーと途中で合流したおかげで、現場近くまでは割とすぐに到着した。
"こちらです、先生"、と言われるままに救護テントまで行くと、1週間前にちゃんと傷を治したはずの出久の身体は文字通りボロボロの状態だったが、出久の手を取ると、僅かに瞼が開き、弱々しくも私の手を握り返そうとしているのがわかった。

「出久、聞こえる?」
「......う、ん」
「死なないでよ。死なない限りは絶対助けるから。気を抜くんじゃないわよ」
「...はは...ほん、と、かっこいい、なぁ...なまえ...」

こんな時まで笑う出久。絶対に痛いはずなのに、それを出さないようにしているのが余計に苦しい。

「そういうあんたは本当に学習しないわね」
「ごめ…ん」
「いいから、もう。あとは任せて」
「...なまえ...あり、がとう......」
「一週間前に診た患者に死なれたら、夢見心地が悪いのよ」

私がそう言うと、また笑ってゆっくり瞼を閉じる出久。我ながら可愛くない言い方をしたけれど、言ったことは本心だ。だから何度でも、何十回でも、何百回でも、私は彼を治すのだ。




「まだ好きだって言ってないから、生きててくれなきゃ困るのよ」

いつか引子さんは言っていた。出久にはずっと幸せでいて欲しい、と。
私だってそうだ。頑張って頑張って頑張ってきた彼を、誰よりも長く、近くでずっと見てきたのだから。だからこそ、彼の夢を終わらせないために、どんな傷でも治せるようになろうと思ったのだから。









「その...本当に、ごめん」
「ほんとにね!個性の使いすぎでしばらく現場に出られないわよ」
「ごめん...」
「60時間もかかったんだからね」
「すみません...」
「......他にも謝ること、あるでしょ」
「......黙ってて、ごめん」

あの時の移動中に聞いた話によると、数ヶ月前から出久や勝己はある敵組織の調査をしていたらしく、その組織が近々大きく動くという情報を掴んでいた出久は、近隣への被害を最小限にすべく、文字どおり身を呈して敵組織と戦ったのだという。
一週間前、診察室を出る時に何か言いかけていたのはこのことだったのだろうと、それを聞いた時にすぐに察した。もうすぐもっと酷い戦闘になることを、私に伝えようとしていたのだ。

「死んでたかもしれないのよ」
「そうかもしれない...」
「二度と、会えなくなってたかもしれない」

もう出久に会えない。そう思うだけで胸が張り裂けそうになる。涙が出そうになる。好きな人に会えなくなってしまったらどうしよう。あの時は必死で助けることばかり考えていたけど、今思い出すとすごく怖い。

「ごめん。本当に」
「そんなんじゃ、いつまで経っても結婚できないわよ」
「......その事だけど」
「え?何、結婚するの?」
「そうじゃなくて...えっと、」

久しぶりに"ごめん"以外の言葉を口にしたと思ったら、今度は何やら言うのを躊躇っている様子だ。

「何よ、ハッキリ言いなさいよ」
「う、うん...じゃあ言うね」




すぅ、と深呼吸をして、こちらを真っ直ぐに見てくる。緊張しているらしい。こちらにもそれが伝わってくる。

「僕、なまえのことが好きなんだ」
「......は?」
「小さい頃から、今も。こうして支えてくれてるなまえが、僕には絶対必要なんだ。だから、僕は君がずっと一緒にいたいって.....結婚したい、って思える、しっかりした人に、なりたい...って思ってる」

ちょっと待って。今、出久が私にプロポーズ的な話をしているような感じになっているのだが、これは私の夢なのだろうか。
何も答えない私に、出久は追い打ちをかけるように続けて喋り出す。

「小さい頃から、結婚したいって思う人はずっと変わらない。他に居ないし、考えられないんだ」

やはり夢ではないかと思い、試しに見えないように足を抓ってみると、とても痛い。どうやら夢では無さそうだ。足の痛みで少し頭が冷静になってきた。

「......そんなことないでしょ...ヒーロー"デク"は人気者なんだから」
「僕がヒーローになれてるのは、なまえがいるからだ。君が支えてくれるから、僕はヒーローになれる。僕は貰ってばかりだから、かっこ悪くて今まで言えなかったけど、やっぱり僕はなまえしか考えられない」

そう言うと、出久は傷だらけの両手に視線を落とす。




「ずっとヒーローになりたかったんだ」
「...知ってる」
「でも僕は未熟だから、無茶なことして、色んな人に心配かけてる...君にも」
「そうね」
「でも、いつかは、君の言う通り、無茶なんてしなくても沢山の人を救けられるヒーローになりたいって思う。君が結婚してやってもいいって思えるような男になってみせる。だから、」
「...だから?」
「それまで、待っててくれないかな...」

躊躇ったように私の手を取り、不安そうな瞳だけど、真っ直ぐと私を見据える出久。

「待っててって言われたって、どうなるかわかんないわよ、そんなの...」
「...救護テントで、言ってくれたよね。僕のこと好きだって」
「は!?......あんた、あれ聞こえてたの!?」
「うん。だから言えたっていうのもあるんだけど」
「......前から思ってたけど、あんた意外とそういうところあるわよね」
「すごく嬉しかった。だから絶対死ぬもんかって思ったんだ」
「............そう」
「僕は生きて戻ってきたよ。だから君の口からもう一度、言って欲しい」
「き、聞いてたならいいじゃない!」
「ダメだよ」

逃げようとする私の腕を、出久が掴む。昔は簡単に振り解けたのに、今は少しも腕を動かせない。




「なまえ、言って?」

どうしちゃったの。あんたこんなにカッコよかったっけ。

「...............す、き」
「うん。僕もだよ。ずっと、小さい頃からなまえが好きだ」

朗らかに笑うその顔は、小さい頃からずっと変わらない。優しくて暖かくて、 意地っ張りで可愛くない私の心をいつも溶かしてしまうのだ。

「.....でも待たないから」
「えっ!?どうして...」
「だってあんなの嘘だもの」

どんな人かなんて重要じゃない。あんたか、そうじゃないかそれだけ。

「出久なら、いいよ」

あんたじゃなきゃ、だめなのよ。




「え、そ、それってつまり...」
「あ。でもその前にパフェ奢ってね」
「え、なんの話なの...?それ」
「詳しいことは勝己に聞いて」
「何でかっちゃん...?」


−−−−−−−−−−

ずっと両片思いの2人を書いてみたかったのです。
ツンデレというより、男前な女性になってしまいました。

2020.10.8

BACKTOP