彼氏の条件 爆豪勝己の場合


いつか恋人を作るなら、お互いを大切にし合える優しい恋がしたい。私を一番に想ってくれる人と。そう思っていた。

「んでてめぇはそんな問題もわかんねぇんだよ!」
「すみません...数学はどうにも苦手で...」
「こんなもん、授業受けてりゃ解けんだろが!」
「授業の話がもう何言ってるか分かんないんだもんっ」
「そもそもてめぇは数学の時間起きてた試しねぇじゃねぇか、アホがっ!!」

いつか恋人を作るなら、お互いを大切にし合える優しい恋がしたい。そう思っていたのに、やはり理想と現実は違う。私が好きになった相手は、粗野で口が悪くてプライドの高い人。あと今知ったことだが、彼のデコピンは容赦なく痛い。

「痛いよ勝己くん!」
「うっせぇわ!!さっさとやれや愚図が!!」

第一印象は最悪で、極力関わりたくないタイプだと思っていたのに、戦闘訓練の際に彼の爆破に巻き込まれかけた所を助けてもらったことがきっかけで(我ながら単純すぎる)、気になる存在に変わっていった。それが恋愛感情だと気づくまでさほど時間はかからず、ダメもとで告白してまさかのOKの返事を貰ってから約2ヶ月。
恋人らしい進展は一切ないのに、本日初めてのデコピンを経験してしまった。まだ額がジンジンする。

「ったく...そこまで出来てんなら、あとはこの公式使うだけだろうがよ」
「あ、あぁ!ホントだ!これで解けそう!」
「そりゃ良かったな。解けたんならさっさと部屋帰れや」

まただ。心がズキン、と痛む。また今日もこの時間は終わる。
付き合って2ヶ月、私たちは1度も外に出かけたことがない。お互いに日々の授業や課題はもちろん、わたしはインターン、彼は仮免の補講でそれなりに忙しい。だからこうやって口実を作って会いに来るのだ。なるべく彼の負担にならないように、補講やハードな演習がない日を選んで。だけど口実のために作った用事が終われば、その後恋人らしいことをすることも無く、部屋に帰るように促されてしまうのだ。

「...勝己くんは、さ」
「あ?」
「なんでもない!じゃあまたねー!」

"どうして私と付き合ってくれてるの?"そう聞こうとして、いつも怖くなってやめる。ここしばらくはずっとその繰り返し。
頭のいい彼のことだから、ひょっとすると気づいているかもしれない。それでも聞いてこないと言うことは、私からそれを言い出すのを待っているのではないか。終わりにするきっかけを私が作り出すことを。でもそんな女々しいことをわざわざするだろうか、あの勝己くんが。そんな可能性も捨てきれなくて、結局その質問はいつまで経っても出来ないでいるのだ。

「私の意気地なしめ...」

思わず漏れたその言葉は、誰にも聞こえることなく宙を舞って消え、ふと壁にかけられた時計を見ると、部屋に戻ってから1時間近く経っていた。一人でいてもろくなことを考えないので、とりあえず共有スペースにでも行って、誰かと他愛もない話をしよう。





「そういや爆豪、今日の放課後みょうじがお前の部屋に来るっぽいことさっき話してなかったっけ?部屋に居なくていーの?」

お裾分け用のお菓子を持って、共有スペースのある1階に降りると、先程まで私の脳内を占有していた人物が、いつものメンバーで話している声が聞こえてきて、私の話題が出されていることに何となく気まずくて隠れてしまう。

「盗み聞きしてんじゃねぇよ気色悪ぃ」
「ひでぇな!聞こえてきただけなのに!ってか、やっぱそうなら部屋にいた方がいいんじゃねーの?」
「...さっきまで来てたわ」
「何だよ、イチャつき済みかよ」
「してねぇわ!!」
「は!?何で!?」
「うっせぇな!耳元で叫ぶんじゃねぇよ!!」
「いやいやいや叫ぶでしょ!事案ですよ!彼女と2人で部屋にいるのに、イチャつかねぇとか!お前絶対おかし...って爆破準備やめて!?」
「ってかさぁ、真面目な話、爆豪あいつのことちゃんと好きなの?」
「そうそう!向こうが惚れてるのはわかるけどさ、お前わかんねぇんだよなぁ〜」
「うっせぇな!!どうでもいいわ!!」

持っていたお菓子の箱が手から滑り落ちる。パコ、と間抜けな音を立て、それと同時に何かがぷつん、と切れる音が聞こえた気がした。
気づくと走って階段を駆け上がっていた。自分の部屋のある廊下で、誰かに声をかけられた気もするが、そのまま部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。
どうでもいい。どうでも良かったのだ。最初から。
私を好きじゃないんじゃないか。何度もそう感じて、けどもしかしたら勘違いかもと、必死に心をつなぎ止めていた淡い期待の糸は、一瞬にして切れた。





その日の夕食にはとても顔を出せなかった。皆の、というか彼のいる場所にどんな顔をして行けばいいのか分からなかった。皆が心配するだろうに"体調が悪いから"と嘘までついて。

「何をやってるんだろう...私は...」

元々告白もダメ元だったじゃないか。OKを貰えたことだって奇跡みたいなものだったのに。それなのに。
“どうでもいい”。彼の言葉をまた思い出し、もう身体が枯れてしまいそうなくらい沢山流れたはずの涙がまた溢れてくる。




ヴヴヴ...

振動音がしてふと視線だけ音の方へ向けるとスマホの画面に今一番見たくない名前が表示されていた。どうしよう。出て普通に話せる自信は正直あまりないが、出なければ変に思われるだろうか。

迷った末に何度か振動音が繰り返した後、通話ボタンを押した。

「...はい」
"はい、じゃねぇわ。何で言わねぇんだよ"
「え?」
"体調悪いのに一丁前に元気な振りしてんじゃねぇぞ"
「......勝己くん」
"...んだよ"
「付き合ってるからって、無理に電話くれなくても大丈夫」
"俺が何でんなことしなきゃなんねぇんだよ"
「上鳴くんか、瀬呂くんでしょ。かけろって言ったの」
"何言ってんだてめぇは"
「らしくないからやめなよ。もう。どうでも良い奴のために、時間使うなんて」
"......お前、さっきの"
「別れよう」
"は?てめぇふざけん"

もうそれ以上爆豪くんの声を聞いていられなくて、彼の言葉を待たずに電話を切った。ごめんなさい、本当はちゃんと会ってしなくてはいけない話だったのに。でもきっと顔を見たら、やっぱり好きで手離したくないって思ってしまうに決まっている。
だからーーー




ドンドンドン!

失恋直後の傷心に浸る間もなく、部屋のドアが乱雑に叩かれる音がする。こんな叩き方をする人物を私は1人しか知らない。

「てめぇこのアマ!今すぐ開けねぇとドア爆破すっからな!!」

いや待って。電話切ってからまだ2分も経ってないんですけど。
恐る恐るドアをチェーン付きで開けると、ドアをガッっと掴む手が見え、そして隙間からあの鋭い眼光がこちらを睨みつけている。

「か、帰って...!」
「却下に決まってんだろうが。大サービスで10秒待ってやるからその間に腹括れや」

右手から火花がバチバチと散るのが見える。彼は本気だ。私が開けなければおそらく本当にこのドアを破壊するつもりだ。

「わ、わかった...!わかったから...!火花散らさないで!」

一度ドアを閉め、キーチェーンを外し、深呼吸をしてから再びゆっくりとドアを開けると、これでもかと言うくらい眉間に皺を寄せた爆豪勝己が立っていた。何も言わずにそのまま私の部屋に入り、ドカッと床に座る。今までも怖いと思ったことはあったが、これまでの比ではない威圧感がある。

「あ、あの...」
「ほんっとにアホだな、てめぇは!!」
「そ、そんな怒鳴らなくても...傷口に塩塗るみたいに...」
「...てめぇが勝手に決めつけて、てめぇで勝手に作った傷なんざ俺が知るかよ」

その通り過ぎて何も言い返せないでいると、彼の短いため息の音が部屋に響く。

「聞いてたんだろ、さっきの話」
「......ごめんなさい、盗み聞きみたいなことして...」
「...いいからさっきの取り消せや」
「さっきのって...別れるって言ったこと...?」
「他にあるかよ」
「......やだ」
「あ!?」
「...だって!だって勝己くん、は...私のこと好きじゃない、でしょ...?」
「下らねぇこと言ってんじゃ」
「下らなくない!!付き合ってるのに全然変わらないし、どこにも行かないし、部屋で二人でいてもすぐ帰れって言うし...それに、」
「...んだよ」
「私1回も"好き"って言われてない」

自分で口にしたその事実に、心臓が抉られたように苦しくて痛い。

「私は、私が好きで、私のこと好きな人とじゃなきゃやだ...私だけ好きなのは辛いのっ、だから」
「めんどくせぇっ!!」

私の言葉を遮って、テーブルにバンッと手をつく勝己くん。今面倒くさいと仰いましたか。一応まだ彼女の私が号泣しながら思いの丈を伝えているのですが。

「......は!?」
「めんどくせぇんだよてめぇは!!つーか、盗み聞きすんなら最後まで聞けや!!」
「な、何、急に...」
「......俺は惚れてねぇ女に時間割いてやるほど暇じゃねぇんだよ」

心底面倒くさそうに、彼はそう吐き捨てて、未だにポロポロと涙がこぼれる瞼を服の袖で乱暴に擦る。

「.........え...」
「間抜け面してんじゃねぇよ。ブスかよ」
「そ、そ、それってつまり、私の事、好きってこと...?」
「今のでわかんねぇなら、てめぇの頭は鶏以下だ」
「...いつから...」
「こっちは少なくともてめぇが俺を気にし出すより前からだわ」
「う、嘘だぁ...だって、」
「うるせぇ」

刹那、視界が急激に変化する。気づいた時には目の前に薄らと開かれた赤い瞳と、視界の端にベージュ色が映り、唇には柔らかくも少しカサっとした不思議な感触がある。驚いて見開いた目が彼の目と合っているのが恥ずかしくて、ぎゅっと目をつぶると、一旦唇に当たる感触が消える。
恐る恐る目を開くと、今度はゆっくりとまた彼の顔が近づいてくる。もう一度を期待するように目をつぶると、今度はすごく優しく、ゆっくりと唇が重なるのを感じた。

「か、つきく...」
「鶏以下の頭でもわかるように解説してやるわ」
「は、はい...?」
「こっちは毎回毎回呆れるほど警戒心がねぇてめぇ相手に色々抑えてやってたんだぞ」
「い、色々って...」
「まぁもう過去形だけどな」

そう言うと、勝己くんは私の両肩を掴んで私を床に押し付けると、そのまま私の方へ倒れ込み、耳に唇を当てる。戸惑いと恥ずかしさでおかしくなりそうだ。

「ちょっ、!?」
「...取り消せや」
「............はい」

耳元でそう言われると逆らえない。いや、元々逆らえた試しは無いのだが。

「ちゃんと聞いてろ」
「......うん」
「なまえ」
「......はい」
「...好きだわ、アホが」

欲しかったのは、その言葉だ。ずっとずっとあなたから、その2文字を待ってた。

「あ、アホは...っ、要らなくないですか...っ」
「はっ、事実だから仕方ねぇな」

ぶっきらぼうに言いながら、髪を撫でてくれるその手はとても優しくて。あぁ大事に思われているってちゃんと今なら感じ取れる。

「...それはそうと、あの、」
「あ?」
「そ、そろそろどいて貰えると...」
「...空気読めねぇのかてめぇは」

彼は呆れたようにため息を吐き、嬉し泣きで濡れた私の目を指でなぞる。

「い、いや、あの...でも」
「往生際が悪ぃわ。もう未来は決まってんだよ」


−−−−−−−−−−

おまけ
(女の子が盗み聞きそびれたお話)

「うっせぇな!!どうでもいいわ!!」
「こらかっちゃん!なんてこと言うのっ」
「...てめぇらからどう見えようが、どうでもいいんだよ」
「ってことはやっぱ好きなんだな」
「そうなるよな」
「てめぇら殺すぞ」
「ははーん?さてはあれですか、本命には手ぇ出せないってやつですか?」
「あぁ...そういう、あれなの?」
「黙れカスが」
「否定しねぇのな」
「あらやだかっちゃん!意外と紳士なのね!」
「殺す!!ぜってー殺す!!」
「「待った待った!爆破待った!!」」

彼らはこんな会話をしていました。お幸せに。

2020.10.07

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