彼氏の条件 上鳴電気の場合


「なまえおはよー!おっ!今日髪型違うじゃん!超可愛い〜!」
「...またそうやって軽口ばっか叩いて」
「軽口じゃないですー!ちゃんと相手選んでますー!」
「...あっそ」
「まぁそんなわけだから。なぁなまえ、付き合って?」
「お断りします。それと、名前で呼ぶのやめて下さい」
「瀬呂ぉー!またフラれたー!慰めて!」
「よしよし、瀬呂くんの胸でたんとお泣き...」
「瀬呂ぉーーー!!」

朝の学校の昇降口。
ここ数週間、毎朝嵐のように私のところへ現れては、こんなやり取りをしている。

「よし、立ち直った!」
「さすがだな上鳴、驚きの速さだぜ」
「洗剤みたいな表現やめてくんない!?」
「惜しい。漂白剤でした〜」
「どっちでも良くね!?」
「はいはい。あー、すいませんね、みょうじさん。いつもうるさくて」
「そう思うならもう少しテンションを抑えるように言って貰えませんかね、彼に」
「あー悪ぃ、それは無理だわ...」

彼の友人の瀬呂くんが申し訳なさそうに頭をかく。そして上鳴くんは同じクラスのはずの瀬呂くんに、じゃあ後でな!と言って、私の後ろを今日も歩く。その間ひたすらに私に話しかけながら。





「じゃあ!どんな奴ならいいんだよ!」

そうして足を踏み入れた朝の教室内に、上鳴くんの声が響く。周囲の視線が痛いのでやめていただきたい。というか、ここは普通科の教室ですが何故あなたはここにいるんですか。

「...…ちゃんと私を見てくれる人」
「いや、めちゃめちゃ見てるわ!!」
「色んな女の子に声かけてるじゃない」
「お前に惚れてからはかけてねぇよ!潔白だ!俺こう見えて、惚れたら結構一途よ?」
「別にどっちでもいいけど、それはたぶん潔白とは言わないし、自分で言ってる時点で信用ならない」
「じゃあ付き合って!証明する!!」
「じゃあって何。文脈おかしいし。馬鹿なの?」
「ひでぇなおい!!」

涙目になりながら叫ぶ。こんな事で涙目になっている人が何故ヒーローを目指しているのだろう。その原因を作っているのは私だけど。自分で言うのもなんだけど、確かに相当ひどい態度だと思う。 でも私がこんなに冷たくしているのに、毎日飽きもせず私の元へやって来る彼も、相当変わっている。私の言葉に涙目になるくせに、それでも私の所へ来る彼は強いのか弱いのかよく分からない人だ。

「あのさ、質問してもいい?」
「えっ、何、もしかして俺に興味持ってくれた!?」
「......何で毎日私なんかのところに来るの」
「え?だから、好きだって言ってんじゃん!」
「結構はっきり断ってるつもりなんだけど」
「まぁね〜」
「まぁねって...」
「でもほら、明日はどうなるかわかんねぇよ?」

キラキラした笑顔でピースサインをする。そんな顔で同意を求められても、どう答えればいいかわからない。
確かに明日自分がどうなっているかなんて、誰にもわからないことだけど、少なくとも一晩寝て急に誰かを好きになる確率なんて、ものすごく低いと思うけど。

「......ほらもうすぐ予鈴鳴るよ。早くクラスに戻りなよ」
「何だよー、そこには触れねぇのかよー。あっ!そうだ、明日昼飯!一緒に食おうぜ!今日は午後移動だからよ!」
「食べません」
「じゃあ昼休み迎えに来っから!ちゃんと教室にいろよな!」
「人の話を聞きなさいよ」
「じゃあな!明日ちゃんと待ってろよ!!」
「待たないからね」
「約束なー!!」

満面の笑みで手を振りながら、教室を出ていく彼。彼が姿を消すと、背中に視線を感じる。そろそろ始まるだろうか。

「なにあの態度」
「何であんな子が好かれてんだろうね」
「上鳴くんかわいそー」

周囲の女子が私に聞こえるように言う。ある人は馬鹿にしたように、ある人は嫌悪感を顔に滲ませて。先程までの陽気な空気が一変し、現実へと引き戻されていく。

彼の言う通りだ。明日はどうなるか分からない。今は痛いこの胸も、明日には痛まなくなったりするのかもしれない。
彼女たちの言葉にも、傷つかなくなったり出来るのかもしれない。
明日はどうなるか分からないと、祈るような気持ちで毎日そう思っているのは、きっと私の方なのだ。







「よ!今日は髪下ろしてんね!」
「...毎日毎日、飽きないの?」
「全然!」
「暇なの?」
「ひでぇな!!俺こう見えてもヒーロー科よ?結構多忙よ?」
「そう...」
「あっ!昨日の約束!忘れんなよ!」
「だから...昨日断ったでしょ?」
「そんなこと言ってさー、何だかんだいつもちゃんと教室に居てくれるじゃん」
「他に行くとこないだけだから」
「またまたぁ〜照れちゃって!可愛いねぇ〜」
「もう、さっさと行きなよ!A組は今日朝から移動でしょ」
「え、何。俺の時間割も把握してんの!?俺って愛されてる...!!」
「いい加減にしないと殴るわよ...」
「怒んなって!冗談だって!じゃあ行くわ!また後でな〜」

今日もキラキラした笑顔で颯爽と廊下を走り、先生に怒られている彼を見送り、教室へと歩き出す。
いつもは何故か教室までついて来るが、水曜日はA組が朝からグラウンドで授業をする日なので、彼はいない。
教室の扉を開けると、一部の女子が私をじっと見ている視線を感じるが、無視して自分の席に着く。
席に座り、ふと窓の外を見ると、グラウンドに向かうA組のメンバーがいて、明るい金髪の彼の姿も見える。クラスの友達と楽しそうに何かを話しながら歩いている。
その中には女の子も居て、彼の性格上誰とでも仲がいいことは想像出来ることなのに、何故か心がザワつく。
付き合っているわけでも、好きな相手でもないのに。モヤモヤする気持ちをかき消すように目を逸らし、鞄の中に入っていた文庫本を開く。水曜日はいつもこのパターン。
こんなふうにかき乱される水曜日が、私は一番嫌いだ。







「はい、じゃあ今日はここまでな。課題忘れんなよ」

相澤先生が気だるそうに教室を出ていき、周囲は学食へ急ぐ人、席でお弁当を食べようと準備をする人、皆それぞれに昼休みに入る。しかし、どうしたことか、なかなか彼が現れない。
いつもならチャイムと同時くらいに現れて、昼前の授業はうちのクラスの担当で、彼にとっては担任である相澤先生に捕縛されて、いつも怒られているのに。ヒーロー科はその特性上怪我も多いし、午前の授業で何かあったのだろうか。

「みょうじさん」

そんなことを考えていると、珍しく一人の女子に話しかけられる。いつも後ろでじっと見ている子達のひとりだ。

「......何?」
「知ってる?上鳴くんって同じクラスの耳郎さんって子といい感じらしいよ?いいの?取られちゃうかもよ?」

急に彼と、彼のクラスメイトの女の子の名前が聞こえて、身体が無意識にビクッとする。

「別に私に口出す権利なんてないし…そもそも同じクラスなんだから、仲が良いのは良いことでしょ」
「...何それ、余裕ってやつ?」
「そんなんじゃ...」
「ほんと、すましててムカつくわー、あんた」

イライラしたようにそう言うと、私の机に手を置いて、彼女は私の耳元で喋り始めた。

「ホントはさ、みょうじ、上鳴のこと好きでしょ」

他の人には聞こえない、でも私にははっきりと聞こえる声で彼女はそう言う。

「...な、に...言って...」
「めっちゃ動揺してんじゃん。でもあいつは全然気づいてくれないねー?」
「......なんの話」
「あんたがあしらってるように見えるけど、実際はあんたが依存してる。あいつに助けて欲しいんでしょ?この状況から」

そんなことない、そう言おうとした時だった。




「なぁ、今のそれどういう意味?」

少し離れた場所で、いつもより険しい顔の彼の姿を見て、私の中で何かが切れてしまった。聞こえていたことに動揺する彼女の肩を両手で押して、その場から離れようと歩き出す。

「ちょ...えっ、なまえ!待って!」

そう言って私の腕を掴んだ彼の手を、精一杯の力で振りほどいて、逃げるように教室を後にした。


"あいつに助けて欲しいんでしょ?"

図星だった。その通りだった。私は困ったフリをして、彼に諦めろと言いながら、私を好きだと言ってくれるなら、気づいて助けてくれるんじゃないかって、そんな自分勝手なことを、期待していた。
本当は、嬉しかった。ひとりぼっちの私のそばで、笑ってくれる彼に救われて、彼のことは何も知ろうとしないのに、気持ちに応えてもいないのに、でも手放すことが出来なくて。わかっている。歪んでいる。
いつも笑って、何も知らないで私に話しかけてくれる彼を、都合よく利用して、私は最低だ。彼女の言う通りだ。私が依存しているのだ。

ちゃんと待ってろと言われたのに。でももうダメだ。もう合わせる顔がない。







どのくらい時間が経っただろう。
とにかく人に見られたくなくて、無我夢中で走ってきたので、ここまでどうやって来たのかはわからない。

「どうしよう...」

どうやらここは使われていない古いグラウンドのようだが、周囲に時間がわかるものはなく、スマホも教室のカバンに置いてきてしまったため、今の時間も分からない上、元の校舎に帰る道もわからず、私は途方に暮れていた。

「しかも、初めて授業をサボってしまった...」

真面目だけが取り柄みたいなものだったんだけどな、と自虐的な笑みがこぼれる。

「マジかーー!超真面目だななまえ!!」

誰にも聞かれていないはずの呟きに、よく知るテンションの高い声がする。

「.........は!?」
「あ、悪ぃ...ついツッこんじゃったわー。めんご!」

全然悪びれる様子もなく、両手を合わせてウインクをしてみせる上鳴くん。いつも通りの彼に少し安心したものの、さっきの出来事を思い出して罪悪感に駆られる。

「な、んでここが…!?というか、上鳴くん授業は...」
「クラスの奴でモンスター出せる奴がいんだけどさ、そいつのモンスターに上から探してもらって。そんで今はもう放課後だから、俺は授業サボってませーん」
「モンスターが出せる個性って…あ、常闇くんか」
「正解!」
「そうだったの…」

気まずそうに目をそらす私をよそに、こんなとこあんの知らなかったわー、と言いながら、彼は私の隣に腰を下ろし、少し黙ったあと、はぁ、と一息ついてまた口を開く。

「ごめん」
「え?」
「お前がそっとしておいて欲しいのかなって思ってたから、なんも言わなかったんだけどさ」

その言葉に瞬時に理解した。彼は知っていたのだ。私がクラスで”どうなっているか”を。

「......気づいてたの...?」
「...うん、まぁ」
「......何で...上鳴くんが謝るの...」
「え、ちょっ、逆に聞くけどなんで泣くの!?」
「私...上鳴くんのことを...」
「あー、あの女子が言ってたヤツ?利用してるとか、何とか」
「付き合えないって...言ったのにっ...私は...」
「別に良くね?俺だってするよ?人のこと利用したり」
「でもっ...」

上鳴くんのそれと、私のそれは違う。きっと彼は結果的にそうなってしまったというだけで、そんなつもりで誰かと一緒に居るようなことはしない。私とは違うのだ。

「それにさ、俺は結構嬉しかったりして」
「...意味不明なんですけど」
「お前こんな時でもひでぇな!...まぁそれは置いといて...だってさぁ、つまりはなまえは俺の事必要としてくれたわけじゃん?」
「......まぁ、そうかもしれないけど」
「好きな奴に必要とされて、嫌な奴はいねぇって!」

隣に座っていた上鳴くんは、”でも、”とひとつ言葉を置いて、今度は真面目な顔をして私の前に立つ。

「さっき、そっとしておいて欲しいのかなって言ったけど、でも、結局ビビってただけだったかもって今は思う。余計なことして、もっと状況が悪くなって、お前に嫌われたくなくて。女子って結構そういうの、えぐいじゃん?けどそれって言い訳で結局お前はこうして泣いちゃったわけだから…ヒーロー目指してるくせに、マジでかっこ悪いわ俺…。さっきの"ごめん"はそういう意味な」

そんなことあるものか。ちゃんと私のことを考えてしてくれたことを、かっこ悪いなんて思うわけない。

「そんでさぁ、やっぱ思ったんだけど、俺たち付き合った方がいいと思うわけ!」
「.........いや待って。何でそうなるの?」
「え、だって俺はなまえが好き。なまえは俺が必要。じゃあ一緒に居ればいい。それで万事解決じゃね?って」
「...ちょっと何言ってるか分からない」

この人は、本当に空気が読めるのか読めないのかよくわからない人だ。今さっきの言葉で結構、いや随分見直してたのに台無しだよ。

「あのねぇ…」
「俺の事、ホントに1ミリもそう見れない?」

先ほどまでおちゃらけていたはずの上鳴くんが、急に私の手を取る。彼の表情はいつも私が見ているそれじゃなくて、とても真剣で。目をそらすことを許してくれない、ギラギラした、男の人の顔をしている。
彼と毎日のように話をしているはずなのに、こんな顔もあったのかと、妙にドキドキしてしまう。

「そんな...ことは...ない、けど」
「見てるよ、いつも。お前のこと」
「え...」
「彼氏の条件。ちゃんと見てくれる人って言ってたじゃん」

何で頭悪そうなのに、そんなことはちゃんと覚えてるんだろう。

「そんで、これは約束。この先何があっても、お前のこと助ける。見てるだけじゃなくて、ちゃんと守るから。ヒーローとしてじゃなくて、彼氏として。だからさ...」
「だから...?」
「俺と!付き合ってください!」

あのキラキラした笑顔で、手を真っ直ぐに差し出す彼の手を見つめると、少しだけ震えているのがわかる。あの笑顔の裏に、これまでも押し殺してきたものがあったりするのだろうか。私がずっと抱えてきたものがあるように、彼の中にもそういうものがあるのかもしれない。彼の気持ちに今こそきちんと向き合うべきだ。ずっと私を救ってくれていた、この人に。

恐る恐る彼の手を取ると、バッと顔を上げた彼と目が合う。そのまま私が黙って頷くと、握った手は引かれて彼の腕の中へ閉じ込められる。

「ちょ...何!?」
「いいからいいから」
「何も良くないよっ!」
「だってもうそういう関係だもん♪俺たち」

だから、いいだろ?
そう耳元でつぶやかれると、顔に熱が溜まる。今日1日でどれだけ新しい一面を覗かせれば気が済むだろう。当の本人はきっと自覚はないのだろう、自覚がないところがなおのことタチが悪い。

「いいから、離れて!」
「お断り♪」

彼に翻弄される日々は、これからまだまだ続きそうだ。


−−−−−−−−−−

電気君×いじめられっ子でした。
彼は一緒に騒ぐ子も似合いそうですが、こういう心に影のある子も上手に救ってくれそうです。

2020.10.07

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