01 こうして物語は始まる


「では今年の文化祭は"シンデレラ"の演劇に決まりだな!!」

飯田くんの言葉にクラスのみんながわーっと声を上げる。

「いやー、今年はベタなのになったなー!」
「青春っぽくていいじゃん!配役楽しみだなー!」

楽しそうに話す切島くんと上鳴くんの姿を見て、私もなんだかワクワクしてくる。

秋。今年もこの季節がやってきた。
昨年の文化祭では耳郎さんを中心に歌とダンスを披露したが、今年は演劇をやることになった。演目は色々と候補が上がったが、同じように劇をやる他クラスが割と奇を衒った演目をチョイスしていて、ここはむしろ王道なやつで客席の度肝を抜いてやろう!という話が上がり、その結果、文化祭の劇としては王道なシンデレラをやることになった。

「ねぇ、配役なんだけどさ〜、投票で決めるってどうー?役自体は数少ないから、役に当たらなかった人は演出とか、装飾とかの担当!」

芦戸さんがウキウキした様子で提案する。キラキラした目でどう?みんなどう!?と言う姿が可愛い。

「面白そーだな!いいんじゃねぇ?」
「爆豪がシンデレラとかになったら意地悪な姉とか爆破しそうだよな」
「そもそも男がやる役じゃねぇだろうが!!俺に票入れやがった奴はぶっ殺すからな!!」
「文化祭で人殺すなよ!!」
「意地悪な姉も面白そうだなぁ…爆豪。ぷっ」
「アホ面てめぇマジで死にてぇらしいな…?」
「かっちゃん待って!ここ教室!爆破待って!」
「その呼び方やめろって言ってんだろーが!!」

何やら物騒な言葉も聞こえるが、みんなとても楽しそうにしている。やっぱりこういうイベント事の雰囲気は楽しい。

「みょうじ、なんか楽しそうだな」

隣の席から低い声が聞こえてドキッとする。声がした方を向くと、色違いの綺麗な目と視線が合う。頬杖をついてこちらを見ているその人に話しかけられると、いつも心臓が煩くなってしまう。あぁ、今日もかっこいいなぁ。

「文化祭とかイベントの雰囲気好きなんだ〜」
「騒がしいのそんな好きじゃねぇかと思ってたが」
「そんなことないよ?去年のもすごく楽しかったし。みんなで何かやるのって楽しいから好き」
「そうか、俺も好きだ」

ふ、と笑って、”好きだ”と言う轟くんに心臓が跳ねる。いや、好きと言っているのはあくまでイベントごとが、ということで、断じて私を好きと言ったわけではないけれど。でも前後の文脈に関係なく、片思いしている人から”好き”という言葉が出てくれば、誰だってときめいてしまうものだと思う。

「投票制に不満のある人はいなさそうだな!」
「では、早速投票用紙を作成しますわ!」







しばらくすると劇の役が書かれた紙が配られた。投票制にしようと決まってから10分も経っていないはずなのに、さすが委員長と副委員長だ。仕事が早い。

「こちらの用紙に役名が書かれていますので、右隣にその配役に相応しいと思う方を書いてください」

八百万さんがそう言うと、先程までガヤガヤしていた教室が少し静かになる。
ペンケースからペンを取り出して投票用紙を見つめる。シンデレラ、母、姉、魔法使い…と順番にキャストが並ぶ。
その中にある“王子”と言う文字を見て、ちらっと隣の席に目線だけ送る。轟くん、似合いそうだなぁ...王子様。少し悩んで紙にペンを走らせる。ちょっと恥ずかしいけど、王子様は彼しかいない。だってかっこいいもん。

記入を終えた投票用紙を4つ折りにして、黒板前の投票箱(八百万さんが個性でわざわざ作った)に入れる。
何とか書けたと安堵して席に戻ると、左側から視線を感じ、視線の方へ顔を向けると、何故か轟くんが私を見ている。

「轟くん?どうしたの…?」
「...いや、何でもねぇ」

なぜ見られていたかはわからないが、彼も書き終えたようで、紙を折って前の方へ歩いていく。

誰がどの役になるか、楽しみだなぁ。

「では公平な投票に基づき、キャスティングを発表するぞ!」
「せっかくですから、シンデレラと王子は最後にして、その他のキャストを順番に発表しますわね。まずは魔法使いが…まぁ、私ですわね!」
「あー、確かにヤオモモ、魔法使いっぽい!」
「マジで何でも出せるしな〜」
「選ばれたからには頑張りますわ!」
「次は継母と意地悪な姉だな!」

八百万さんと飯田くんがキャスティングを順番に表示させていく。母、姉、お城の召使い、異国の姫たちなど、なるほど納得、というものもあれば、明らかに面白半分で仕組まれていそうなものもあるが、とても私たちのクラスらしいキャスティングだ。シンデレラは魔法使いのシーンもあるし、役に選ばれなかったとしても演出を考えたりするのもすごく楽しそうだ。残すは王子とシンデレラだ。

「では、最後。シンデレラと王子は同時に発表しますわね」

ピッ、と電子音がなって、最後の配役が表示されると同時に、血の気が引いた。




「............はい!?」

思わず席を立ち上がってしまう。
主人公であるシンデレラの文字、その横にあるのは間違いなく私の名前だった。

「ちょ、何で、シンデレラ、私なの!?」
「うむ、女子票は満場一致で君だったぞ!」
「なまえちゃん頑張れー!」
「なまえちゃん、きっとすごく可愛いシンデレラになるわね」
「いや、でも…私なんかじゃ…っていうか女子表満場一致ってどういう…」
「みょうじファイト〜」
「衣装はお任せくださいまし!」
「ドレス何色がいいかな〜?やっぱ白?でも水色とかも似合いそう!」
「待って待って!私まだやるとは言ってな…」
「みんなで投票でやろーって言ったんだから、だーめ!」
「うっ…」

別に役が嫌なわけではないのだ。ドレスを着てみることにだって、興味がないわけじゃない。恥ずかしいけどシンデレラをやるのはまだ良いのだ。問題なのはそこじゃない。

「王子は圧倒的票数で轟さんでしたわね」
「2人とも頑張ってくれたまえ!」

シンデレラの相手役、つまり王子様が轟くん、ということだ。
確かに似合いそうだなぁと思ったし、私も彼に入れたけど!まさか自分が相手になるとは思わない。隣にいる轟くんを見ると、それがどうしたんだと言わんばかりのいつもの顔で前を向いているし、クラスのみんなもわーっとなり、色んなところから”頑張れ”、”頼んだぞ!”という応援の声が聞こえる。もうこれはやっぱやめますとかそういうことが言える雰囲気ではない。

「大丈夫か?」

私が困っているように見えたのだろうか。轟くんがボソッと私に話しかけてくれる。

「大丈夫だけど大丈夫じゃないというか…なんと言うか…」
「嫌なら俺が言ってやろうか?」
「嫌ってわけじゃなくて、ちょっとびっくりしたっていうか…まさか自分がこんなことになると思っていなくて」
「そうなのか」
「だってほら、私そういう感じじゃないし、主役とか…」
「そうか?」
「で、でもみんな頑張れって言ってくれたし、うん。頑張る…!」
「そうか、よろしく頼む」
「う、うん…轟くんの足を引っ張らないように...頑張るね…」

“あぁ”、と短い返事をして、また何事も無かったかのように轟くんは前を向く。私が動揺していたその間に、みんなはもう劇の演出をどう工夫するかの話で盛り上がり始めていた。
文化祭まで、あと1ヶ月。

私の物語はこうして始まったのだ。


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2020.10.7

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