10 見えない触れないその心とは


「カーーーーット!!はい、そこシンデレラ!もっと王子のこと愛おしそうに見て!!」
「か、上鳴くん...そんな抽象的に言われても...」
「監督と呼びなさい監督と!」

文化祭まであと1週間。台詞も殆ど忘れなくなってきたし、ダンスもそれなりに出来るようになってきた。始めはすごく抵抗があった演技も少しずつ慣れてきたと自分では思っているが、上鳴くん、もとい監督の演技指導によると、私の演技はまだまだハートが足りないらしい。

「か、監督さん、あの、指示が抽象的で...どうすればいいかよくわからないんだけど...」
「お前は、王子に恋してんの!わかる?お前は!こいつに!惚れてんの!ドゥーユーアンダースタン!?」

"こいつ"と言って私の目の前に立つ轟くんを勢いよく指さす上鳴くん。間違っていないけど、色々誤解を招きそうな表現でハラハラする。

「もっとこう、さ!ぶわー!って感じ出そうぜ!」
「ぶ、ぶわ...?」
「そう!溢れるばかりに好きですって感じ!」
「えっと...と、とりあえず次は頑張ります」
「おう!期待してるぜ!みょうじ!」
「おい上鳴。あんまみょうじを困らせんなよ」

期待してると言ってグーサインをする上鳴くんと私の間にすっと轟くんが入ってくる。

「みょうじも、こいつの言うこと馬鹿正直に聞かなくていいからな」
「おいコラ、俺監督だぞ!?」
「監督だったらもっと演じてる奴がわかりやすい指示を出してやれ」
「あらやだ!このイケメン生意気っ!!」
「休憩するか?疲れただろ。お前出ずっぱだし」
「俺を無視すんなよっ!でもそうだな!みょうじは出番多いし、一旦休憩にするか〜」
「あ、ありがとう2人とも...」
「主役に倒れられたら監督の責任問題だかんね〜」

はいじゃあまた15分後に〜という上鳴くんの言葉で一旦それぞれに休憩に入る。
それなりの時間喋り続けているので、持ってきていた水筒の蓋を開けて、喉を潤す。




「ふぅ...」
「大丈夫か?」

体育館の壁によりかかって座っていると、頭上から轟くんに話しかけられる。

「あ、うん!大丈夫だよ!」
「本当か?」
「本当に平気だよ!」
「お前の大丈夫はたまに信用出来ねぇからな。熱があっても気づかねぇで演習出たり」
「そ、その節は大変ご迷惑を...」
「ふっ、悪ぃ。謝らせるつもりはなかったんだが」
「...笑わないでよ、もう」
「平気ならいい。ちゃんと言えよ、辛い時は」
「うん」

自主練を2人で進めていくにつれて、轟くんとこうして普通に話をしていても、以前よりはまだ緊張しないでスムーズに会話できるようにもなっていた。口数はそれほど多くないけど、私のことを気遣っていつも声をかけてくれる彼の優しさに、私の気持ちは益々膨れ上がっていく。上鳴くんには絶対に言えないけど、既に私は轟くんのことが"溢れるばかりに好き"な状態に出来上がっていると思う。




「あのさー、誰か私物でガムテープとか持ってねぇ?」

体育館のフロアで大道具担当の切島くんが手を挙げてこちらに向かって言う。

ガムテープなら、確か...。

「あ、ガムテープなら、多分教室の机に入ってるから...取ってこようか?」
「みょうじサンキュー!わざわざすまねぇな!」
「うん。じゃあすぐ取ってくるね!上鳴くん、ちょっと休憩時間すぎちゃいそうなんだけど...行ってきていいかな?」
「全然大丈夫!いってらー!」







体育館から少し早足で歩いて教室に行き、自分の机からガムテープを取り出し、教室の時計を見る。先程と同じペースで戻れば何とか休憩時間終わりギリギリで体育館に戻れそうだ。

「みょうじさん」

誰も居ないはずの教室に、知らない人の声がして、ゆっくりと振り返ると、知らない男の子がそこに立っていた。茶髪でいかにも優しそうな感じの男の子だ。

「えっと...私...ですか?」
「俺、普通科の鈴原って言うんだ。同じ2年」
「あ...そうなんだ...ごめんね、普通科の人はあまり知らなくて...」
「まぁ、そうだよね」
「...私に何か用かな?」
「急にごめんね。みょうじさんってさ、轟と付き合ってんの?」
「......えっ!?」
「何だ、違うんだ。良かった」
「良かったって...?」
「みょうじさんのこと、ずっといいなって思ってて。付き合ってる奴居ないなら俺と付き合ってくれない?」

どうやら初めて話しかけられた人に、告白されているらしい。相手の彼、鈴原くんは先ほどから笑顔を崩すことはないが、目は真剣そのもので、ふざけて言っているという訳ではなさそうだが、優しげなのに挑戦的な目というか、そういうところが少し苦手なタイプだな、と直感的に感じた。

「あの、ごめんなさい...気持ちは嬉しいんだけど...私好きな人がいるから」
「やっぱり、君の方は轟が好きなんだね」
「...は...?」

さっきといい、今といい、やけに轟くんを気にしている感じがするが、どうして轟くんの名前が出てくるのだろうか。

「さっきから、どうして轟くんの名前が出てくるの...?」
「ちょっと前に2人で休みの日、出かけてたでしょ?」
「何で...知って...」
「たまたま見かけて」
「そう、なの...」
「手を繋いで歩いてたよね?彼も君にはすごく優しくしてるように見えたけど...でもさっき君は付き合ってないって言った」
「そ、それは...」
「ひょっとしてさ、遊ばれてるんじゃないの?君。彼格好良いからモテそうだし」
「...そ、そんなこと、轟くんはしないよ!」
「絶対に?100%そうだって言いきれる?」

1年の時からずっと、ずっとずっと見てきたんだ。この人よりも私の方がずっと彼を知っている。轟くんはそんなことが出来る人じゃない。不器用で、言葉足らずで、ちょっと強引だけど、でも優しい人だ。そんなことはしない。

「言いきれる!轟くんはそんなことしない!!」
「じゃあ何で君達は付き合ってないの?」
「何でって...」
「優しくしたり、手を繋いだり、やってることはまさしく恋人のそれなのに、何で君は轟の彼女じゃないの?」

さっきまでと変わらず優しげに笑っているが、発する言葉はとても鋭い。まくし立てるように言われて、どう返答していいかわからず、泣きたくないのに涙が出てくる。
どうしてそんなこと聞くんだろう。あの時繋いでくれた手、保健室で抱きしめられたこと、いつも私に優しくしてくれること。その理由をいちばん知りたいのは、誰でもない私だと言うのに。

「...っ、」
「あぁ、ごめんね。泣かすつもりじゃなかったんだけど。でもさ、そんな人を好きでいるのって辛くない?」
「...そ、んなの...」

言葉足らずな彼の、その行動の真意はいつもわからなくて、不安でぐるぐる悩む日もある。それは事実だ。だけどーーー




「何してんだ」

教室のドアの方から、よく知っている"あの声”がする。好きで、大好きで、どうしようもない、あの声だ。だけどその声色はいつもとは違う。さっき私に話しかけてくれた、優しいものとは違う、静かだけど、冷たい威圧感のあるものだ。

「と、どろきく...」
「誰だお前。そいつに何した」
「怖いなぁ...俺はただ告白してただけなのに」
「...何でそれで泣かせるようなことになるんだよ」
「お前が言えた台詞?それ。そもそもお前関係ないよな?」
「あ?」
「ちょ、ちょっと...!」
「なぁ、その気がないなら、そうやって彼氏面するのやめたら?俺が泣かせちゃったのは間違い無いけど、半分はお前のせいみたいなものだよ?」
「俺のせい...?」
「ち、違くて!そうじゃなくて...!」
「轟ってさ、みょうじさんと付き合ってないんだよね?」
「.........あぁ」
「それならさ、譲ってよ」
「物みたいに言うんじゃねぇよ。それに......それは俺が決めることじゃねぇだろ」
「まぁそうだね。じゃあさ、みょうじさん」

轟くんと向き合っていた鈴原くんが私の方に向き直す。

「泣かせちゃったのはごめんね。でもさっきの話、考えてみて?すぐ返事しなくてもいいから」

じゃあまたね、と言って鈴原くんは教室を出ていった。嫌な沈黙だけが教室に残る。

「何言われたんだ」
「えっと...それは、何て言うか...」

言えるわけがない。それを言ってしまったら、もう今みたいにはいられない。

「言えねぇのか」
「...ごめんなさい、あの…」
「謝るな。別にいい。聞いた俺が悪かった」
「え...」
「...そうだよな、よく考えれば俺は関係ねぇよな。あいつの言う通り」

さっき鈴原くんに言われた言葉よりずっと痛くて、胸に突き刺さる。轟くんの言うことは間違っていない。鈴原くんと付き合うかを決めるのは、告白された私だ。今私と付き合っていない轟くんには関係ない。
全部、正しい。でも、

「轟くんは...もし、私があの人と付き合ったら...どう思う...?」

嫌だって言って。付き合うなって言って。




「......お前がそうしたいなら、いいんじゃねぇか」

予感していた言葉なのに、どうしようもなく胸が痛くて、そこに立っていられなくて、彼の言葉をもう聞けなくて。突然走り出した私を引き止める轟くんの声が微かに聞こえたけど、もう止まらなかった。逃げ出したい。
今すぐに、どこでもいいから、彼が見えない場所に。

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2020.10.12

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