13 二律背反


「OK、お姫様メイク完成!」

いつもほとんどメイクをしないが、今日は下地からフルでメイクをしているので、肌にほんの少しの違和感がある。でもそれは不快なものでなく、むしろ魔法にかかったような、そんな感覚だ。

「葉隠さん、ありがと!えと...ど、どうでしょうか...?」
「うん、控えめに言って、最高!」
「とっても可愛らしいですわ!」

八百万さんが選んでくれた衣装は、ペールブルーのふわっとしたプリンセスラインで、所々にシルバーの刺繍が施され、光の当たり方でキラキラを輝くデザインのドレスと、個性でわざわざ作ってくれた、シンデレラでおなじみのガラスの靴。髪は全体的に髪をコテでき、編み込みが入ったハーフアップにしてもらった。

「ふふ、この方法なら同じ人物が急に変身した演出はバッチリですわね!」
「シンデレラの衣装変えるの、さすがに舞台じゃ出来ないからね〜」
「色んな個性の子がいる雄英ならではだよね」

今はちょうど場面が変わり、シンデレラが舞踏会に置いて行かれた後、お城で召使い達が舞踏会の準備をするシーンだ。
シンデレラと魔法使いが出会うシーンは、人物をコピー出来る個性を持った他クラスの子に、私の姿になって少しだけ出演してもらい、魔法使いがシンデレラに魔法をかけた直後にスモッグで舞台を隠し、着替えを終えた私と入れ替わるという流れになっている。

「移動する前に、お手洗いに行ってきますわ」
「あ、私もー!なまえちゃんは?」
「大丈夫。それに、ドレス汚れちゃったら大変だし」
「では少しお待ちくださいね。一緒に参りましょう」
「うん。わかった」


二人が部屋を出た後、改めて鏡で自分を見る。いつもの自分とのギャップがすごくて照れくさいが、こんなに綺麗にドレスアップしてもらったのは初めてで、自然と心が弾む。図々しいかもしれないけど、何だか、本当にお姫様になった気分だ。

轟くんは、この姿を見たら、どう思うのかな...。




「可愛いわね」
「ほんと...こんな綺麗にしてもらって、って梅雨ちゃん!?いつの間に!?」
「ふふ、今ちょうど来たところよ」

いつの間にか部屋のドアが開いていて、梅雨ちゃんがそこに立っていた。

「お疲れ様。梅雨ちゃん、ナレーション上手でびっくりしちゃったよ」
「ありがとう。なまえちゃんも、とっても綺麗で驚いたわ」
「そんなこと...」
「轟ちゃんもイチコロね」
「いや、それは...ってあれ...そういえば梅雨ちゃん、どうしてこんなところに...」
「なまえちゃんと少しお話しようと思って」
「え...」
「...ねぇ、なまえちゃん」
「な、何?」
「今だから言うけど、私、見たの」

梅雨ちゃんがいつものように淡々と話す。

「えっと...何を?」
「この劇の役を決める投票の時に、私、彼のすぐ後に投票用紙を入れたのよ」
「彼って...」
「見るつもりはなかったんだけれど、箱に入れるときに少し見えてしまって」
「そうなんだ...」
「轟ちゃん、あなたの名前を書いていたわ」
「え?」
「シンデレラの役。なまえちゃんの名前を書いていたの」

思わぬことを聞かされて戸惑っていると、梅雨ちゃんがにっこりと笑って続ける。

「私思うの。なまえちゃんにとって轟ちゃんが王子様に見えるように、彼にとってもなまえちゃんはそういう、特別な存在なんじゃないかしら」
「...そんなわけ、ないよ...」

私は轟くんの特別なんかじゃない。
たまたま同じクラスの、隣の席の、文化祭の劇で相手役をするだけの、ただそれだけの存在だ。勝手に期待して、その期待はもうとっくに裏切られて、答えは出ているのだから。

「勝手なことを言うわね。私、なまえちゃんに諦めて欲しくないわ」

そう言って微笑む梅雨ちゃんに、私は何も返すことが出来なかった。







「絶対的お姫様だー!!」
「圧倒的お姫様やー!!」
「ちょ、本番中だから…静かにっ!」

体育館そばの着替え用の簡易的なスペースから舞台裏に戻ると、芦戸さんと麗日さんが駆け寄ってきた。

「素晴らしい...素晴らしいよ!葉隠!ヤオモモ!」
「へへん、どーだ!」
「私達の最高傑作ですわ...!」
「おー、すげぇ、シンデレラだ!」
「みょうじ似合ってんな!!」
「あんたら、本人が恥ずか死にそうだからそろそろ止めてやんな」

耳郎さんがみんなと私の間に入ってそう言ってくれる。さっきまでは葉隠さんと八百万さんしか居なかったので"こんなに綺麗にしてもらって嬉しい"、という気持ちの方が大きかったが、この姿をこれから色んな人に見られると思うとすごく恥ずかしいし、私なんかがシンデレラでいいのだろうか、と今更な不安が込み上げてくる。




ガチャ、


「あ、居た!わぁ...みょうじさん、すごく綺麗だね!」

後ろのドアが開き、緑谷くんが私たちを見つけると駆け足でこちらに寄ってくる。

「お城のシーン終わるから、シンデレラと魔法使いはそろそろ舞台袖にお願いします!」
「りょ、了解です...!」
「わかりましたわ」







「暗いですから、足下、お気をつけくださいね」
「ありがとう。なんか八百万さんにエスコートされてるみたいで、なんか照れちゃうね」
「まぁ...ふふ。こんな綺麗なみょうじさんをエスコートできるなんて、光栄ですわ」

ドレスで足元が見えないので、やや薄暗い舞台袖までの道のりで、八百万さんが手を引いてくれる。
舞台袖に向かう通路では、前のシーンを終えたみんながすれ違いざまに声を掛けてくれた。

「では私は少し先の出番ですから、行きますわね」
「うん!頑張ろうね!」
「はい!では...あら、轟さん、お疲れ様です」
「...あぁ」

八百万さんが呼ぶその名前、そしてそれに応える声に今日一番に緊張感が走る。

「お、お疲れ様です...」
「...あぁ」
「あの、さっきありがとね。始まる前に...」
「あぁ...」
「お陰で台詞一回も間違えなかったよ」
「あぁ」
「......ふふ」
「...何だ」
「ご、ごめんっ、轟くん、"あぁ"しか言わないから...ちょっと笑っちゃって...」
「...それは、」




「ちょ、轟くん!ヘアメイク直すらしいから早く戻って...!」

緑谷くんの控えめな声が、轟くんの言葉を遮って届く。

「......悪ぃ...じゃあ、後でな」
「...うん。また後で」

次に会うのは舞台の上だ。

「みょうじ」

後ろから急に名前を呼ばれて、振り向こうとしたけれど、両肩を彼に掴まれてそれは叶わない。その直後、あの時の、舞台の幕が上がる直前と同じ、耳元に何かが近く感覚。薄暗い舞台裏の通路で、後ろにいる彼の顔は見えない。

「な、何?」
「すげぇ綺麗だぞ」

私が昨日言ったことを、彼は聞いていなかったのだろうか。またそうやって期待させるようなこと言って、かき乱して、心の中に入ってきて、自分の存在を刻み付けていく。
そうやって私の中に熱を残していく轟くんは、ずるい。何度も何度も。
私を好きで溢れさせる彼は、ずるい。

「轟くんの、バカ」

誰にも聞こえぬ小さな声で、絞り出すようにそう呟いた。

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2020.10.14

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